……今日も紅い風が逝く……
この景色は嫌いでは無いが、空っぽだ。この空洞に重なる。我が内の。そして、既に破滅の残照といえるこの景色でさえ、徐々に崩れていくのだ。
嗚呼、ならば私も自らの空洞とともに消え去ってしまえないだろうか。
……否。
私は滅びる事さえ許されない。全てを得た筈が、同時に自由を失った。ヒトに許された最後の自由――死。それすらも。
ということは、つまり私はヒトでさえないのかもしれない。
いや…それは私の望んだものだった。私はヒトを超えたかった。なりたかったのだ…神に。
結果、私は神の力を手にした。それは破壊の力だった。
私によって壊される世界…その破壊の瞬間だけ、私には緩やかな恍惚が訪れた。
後は…紅い風と、より一層の虚無が残っただけだ。
虚無、虚無……それは常に私と共にあり、そして私を追っていた。
昔、私は自分の手の平を見るのが嫌だった。
私の手。それは、何も掴めない手。何も拾えない手。この檻を崩せない手。
やがて私は、魔力を手にした。この手は、力の宿った手となった。
その時、私は同じように温い空気に包まれたような恍惚を得た。が、やはりその瞬間だけだ。そして、私は私の手の平を『嫌う』ことを失った。
ある日、私と同じ‘処’に、一人の少女がやってきた。強がった目の奥に怯えたような瞳を持っていた。
彼女は、私と同じ方法で魔力を得ていた。
私は彼女が嫉ましかった。何故なら、彼女は『怯える』ことが出来るから。この私に対してさえも。巨大な虚無と僅かの恍惚の刹那しか持たない、私に対してさえも。
やがて、彼女は、私には到底敵わない程度の原始的な魔力しか持たないことを、私は知った。
それは、私に粘質の液体に取り込まれたような恍惚を与えた。が、同時に私は彼女への『嫉み』を失った。
またある日、別の少女と出会った。
彼女は、その存在自体が、私に恍惚感を与えた。何故なら、その少女はその瞳に何も持たなかったから。感情を持たない、人形だったから。持つのは魔力のみである。
彼女は私の玩具だった。彼女を操り、炎の景を生み出す…私は暫し、その景色に酔った。
だが、やがて私は、意のままになるこの少女が、恍惚以外の何も与えてくれないのを知った。そういう意味では、まだ前の少女の方がマシだった。
それを知覚するのと同時に、私は彼女の作る景色に恍惚をも感じなくなった。
そして私は、彼女を塵のような兵と共に辺境へと送った。彼女がもう手元に戻らないであろうことをぼんやりと感じながら。
………?
私は今、代わり映えのしないこの風と共にあるだけだが、あの時の玩具をずっと持っていれば、今、もっと愉悦するようなことがあったのではないだろうか?
いや……それは在り得ない。
私の悦楽は常に刹那だった。あの玩具は、いつか必ず捨てた筈だ。
そう、あの程度の玩具なんて、暇潰しにしかならない。
あの極上の玩具に比べれば………。
「死ね、死ね、死ねーー!!」 これほどの憎悪! これほどの殺意!
あの男は、この身体にそれをハッキリと覚えさせてくれた。
いつも五月蝿いことばかり言う。いつもチョロチョロ邪魔をする。
その度に私は、この身が震えるほど奴を嫌悪した。
直ぐにでも殺したかった。だが、それが出来ない立場。
煩わしかった。苛立ちが募った。切り刻んでやりたかった。
あの男…レオは、私が生まれて以来最も憎んだ相手だった。
それ故、奴を殺した時は…今までにない、絶頂的な恍惚を感じた。
が……それでお終いだった。レオを殺したとき、私はその一瞬の悦楽と引き換えに、『憎しみ』を失った。膨大かつ、最初で最後の憎しみを。
それからは、もうただの破壊でしかなかった。あの愚かで矮小な爺は世界を支配することに拘ったが、それが大した遊びにも思えなかった。
極上の玩具と甘美な憎しみを失った今、私に残された悦びは一瞬の悦楽のみ…それを味あわせてくれるのは、もはや神の力のみ。
私は己の身体から流れ出る紅い血と共に、ヒトであることを捨てた。
古代の闘神の力を得た私は、まるで虫でも捻り潰すように、世界に破滅の光を放った。それは、私が感じる事のできる最後の悦楽のシンフォニーだった。
そして、後は…紅い風と、より一層の虚無が残っただけだ。
虚無、虚無……それは常に私と共にあり、そして私を追ってきたのだ。
これ以上の悦楽を感じる術を失った今、私は追ってくる虚無から永遠に逃れることが出来なくなった。そう、ヒトでない私には、死が訪れない。永遠に、虚無。
後はゆっくりと滅びゆくこの景色を眺めるのみだ。そこには、何も無い。
それが終ってしまえば、更に何も無い世界となるのだ。
私は……何が欲しかったのだろう?
得ては失い、失っては得て…その繰り返しだった。
では、本当に欲しかったものはなんだったのだろうか。
神の力を得てさえ、私は充足しない。まるで、この手の皮の下には、何もない暗闇の空間だけのような気がしてくる。
暇つぶしに破壊の光を放つのにも飽きた。
嗚呼、こんなくだらない…ツマラナイ時間が、永遠に刻まれていくのだろうか…
Duoooooooooooooom……
?…なんだ、この揺れるような魔力の響きは?
闘神のざわめき……三闘神達の化身が消滅した?
……そうか…ヒヒ、そうかそうか!
よもやと思っていたが、彼らは生きていたのか。カスのような存在と思いながら、何度もしつこく追い縋ってきた奴等が!
じきに此処まで辿り着くだろう。そして私はこの圧倒的な力を持って、奴等をカスと罵るのだ。そこに感じる久方ぶりの恍惚…ヒッヒッヒ、少しは楽しめそうだ。
私はこの時を待ち侘びていたのかもしれない。神に逆らおうとする、愚か者が現れるこの時を!