Birthday

 

エドガーが仕事を終え、執務室を出る頃には月が西に傾き始めていた。日付が変わり、8 月16日。
 エドガーは久々にマッシュの部屋の扉を叩いた。
 返事がない。
 ドアを開けてみると整頓された部屋の灯りはぼんやりと木の調度品を輝かせていた。マ ッシュは城を出る前、王子だった頃に使っていた部屋をそのまま使っていた。
「レネー」
 エドガーの穏やかな声は黄色い灯りと部屋の静けさに溶け込んだ。
「いないのか?」
「兄貴、こっちだよ!」
 マッシュの声が寝室の方から聞えてきた。
 エドガーは寝室の扉の前で「入っていいのか?」と問う。
「あぁ、散らかってるけど」
 エドガーが扉を開くとマッシュの言うように寝室は少々散らかっていた。少し古びた箱 やシルクのリボンが床に散乱している。
「レネー?」
「あ、ごめん。ほら、これ見てよ!」
 マッシュは満面の笑顔でチェストを差した。マホガニーの美麗なチェストには、いろん なクマのぬいぐるみが座っている。損傷の激しいものまであった。
 エドガーはそれらを見てくすっと笑う。
「俺、この城で誕生日迎えるの、すっごい久し振りだろ? 昨年はケフカもまだ殺ってな かったし、誕生日祝ってなんていられなかったしさ」
「それで、父上から頂いたプレゼントを全て並べてみたのか?」
「あぁ。俺がいない10年間、兄貴が片付けてくれたんだろ? おかげで俺が城を出る前 のままさ!」
 エドガーはおもむろにチェストに寄ると、そのぬいぐるみの一つにそっと触れた。
「これらは、俺が一人で片付けたんだよ」
「えっ! 兄貴が?」
「お前の大事なもの…女官にも触らせたくなかっただけさ」
 エドガーは苦笑した。
「わりぃ」
 マッシュは頭をかく。
 エドガーはかなり手垢のついた少し大きめのぬいぐるみを手にとった。
「これは懐かしいな」
「うん…」
 二人は壁にある大きな肖像画に視線をやる。
 幼い王子二人が無邪気に笑っている。エドガーよりほんの少し小柄なマッシュの傍らに は、エドガーが手に取った当時は真っ白だったクマのぬいぐるみがあった。
「父上からこれを頂いた時の、お前の顔ったら!」
 エドガーはぷっと吹き出した。
「言うなよぉ〜」
「お前が見上げる程、大きなプレゼントの箱だったんだもんな」
「そういう兄貴こそ、自分の胸よりでっかいプレゼントの箱を必死で抱えてたじゃねぇか よ」
 二人は当時のことを思い出し二人して笑った。
「父上に貰った時はあんなに真っ白だったこいつが、こんなに古ぼけてしまうなんてな。 俺の寝室に来る時でさえ、片時も離さずに小さい体でだっこしてさ」
「兄貴のベッドで、兄貴と俺とこいつと3人で寝たな…。兄貴も親父から貰った分厚い機 械の本に手垢がつくまで、ベッドで読んでたじゃねぇか」
 エドガーは小さく頷いて微笑した。
「お前がいなくなって、長かったけど…。久し振りにこうして同じ日に生まれた事を一緒 に祝う事ができて嬉しい……」
 マッシュは深く頷いた。バルコニー前に立つエドガーに降り注ぐ月の光。まるで月読み のように美しい。マッシュが城を出る前夜、最後に会った兄は今もあの時と変わらない美 しさである。
「俺は……毎年この日、国中で国王の生誕を祝っているのを聞いていると、修行も何もか も投げて、ここへ帰りたい衝動を抑えるのに必死だったぜ」
「毎年お前の帰りを待っていた。お前が何処にいるのか調べようと思えばいとも簡単だっ たが、あえてそれをしなかったのは、レネーが自分の意志で帰って来てのを待っていたか らだ。家族水入らずの祝いに、寂しくばあやと二人で祝ってた、お前の分のケーキも用意 してな」
 エドガーの優しい笑みは天使のようだ。
「兄貴……」
「お前に見せたいものがあるんだ…たいしたものじゃないけど」
 エドガーはそう言うと双子が描かれた肖像画に触れた。絵画は回転してその向こうに薄 暗い廊下が見える。エドガーが即位するまで使っていた寝室へと続く隠し通路である。二 人は久しく使っていなかった薄暗い廊下に懐かしさを抱きながら先へと進んだ。
 マッシュの記憶のまま、エドガーの寝室は落ちついた白で統一されている。だが微妙に ベッドのカーテンやバルコニーのカーテン、調度品が変わっているのにも気付いた。
 その様子からエドガーがたまにここの寝室も使っている事を知る。  エドガーは硝子張りの飾り棚を差した。
 マッシュはそれに近づいてみる。
 珍しい異国の陶器のティーセットや、硝子の瓶に入った数々の異国の茶葉、柔らかい麻 やシルクの素材でつくられた修行に適した衣服、品の良い宝石が柄の部分に見事に施され た短剣等、それらがまるで宝石のように飾り棚にきちんと並べられていた。
 マッシュはエドガーを呼ぶ声が喉に詰まる。この硝子の箱にはマッシュが好きなものば かり詰っていた。
「毎年、お前が帰ってくるんじゃないかって思って…。何時の間にか…こんなに溜まって しまったよ」
 エドガーは少しはにかんだ笑いを見せた。
「兄貴……」
 マッシュは言葉を亡くして立ち尽くす。言いたい事はたくさんある。何度も何度も城が ある方の空を見て帰りたい心を抑えた。修行が思い通りにならず焦った。強くなってから じゃないと城へは戻らない。その誓いを破るわけにはいかない。強くならなければ兄の助 けになれない。城を出てからのいろんな思いがマッシュの中を駆け巡った。
「やっと帰って来たのはいいけど…お前はそのクマより何十倍も大きくなって。ティナに は野生のクマと勘違いされるしな」
「参ったな…俺…」
 マッシュは苦笑しながら返す言葉がみつからない。
「今日はお前の嫌いな儀式があるぞ…」
「あぁ…国の儀式だから仕方ねぇな……久々に俺も参賀するか」
「さっさと終わらせようぜ!」
「兄貴!」
 エドガーは軽くウインクする。
「あの頃のように退屈な宴の途中で抜け出そうぜ!」
「でも、そうはいかないだろう…あの頃と違って、兄貴はもうフィガロの王なんだし」
 マッシュが懸念するのをエドガーは軽く笑い飛ばす。
「ばあやがね、うまく取り計らってくれるらしい」
「ばあやがぁ!!」
「今年は特別に見逃してくれるってさ!」
 そう言うエドガーの晴れやかな顔にマッシュは少年のように笑う。規律正しい神官長の ばあやは双子の教育係でもあった。マッシュが帰って来た事に誰よりも喜んだのは兄とば あやであったのだと改めてマッシュは思う。
「あれ以来…皆に会えるんだぞ!」
「みんな…!?」
 怪訝そうなマッシュの表情が次第に明るくなる。
 嘗て旅した仲間達。あまりにも長い夢のようで短かった旅。悪しきケフカによって世界 が崩壊し、辛うじてその悪化を悔い止める為に戦った仲間。ケフカを倒した後はそれぞれ の居場所へと帰っていった。彼等自身の彼等の失った同胞が望んだ復興へと。
 それぞれ散らばってから、まだ半年にも満たなかったが、どれほど彼等に会いたかった だろう? それはエドガーとマッシュの同じ気持ちであった。その仲間達がフィガロ兄弟 の誕生を祝いに一同が集まると言うのだ。
 既にエドガーとマッシュは儀式的な宴を通り越して、彼等との楽しいひとときを思い浮 かべていた。



仰々しい儀式、国民代表と貴族達から祝いの賛辞を贈られ、エドガーが挨拶を述べると城 中で宴が始まる。庭園などは国民にも開放し、一日中賑やかな城となる。
 予定通りばあやの合図でエドガーとマッシュは、中間達が待つエドガーのプライベート ルームへと急いだ。



 エドガーとマッシュが大きな扉を開くなり「Happy Birthday!」と賑やかな声で彼等が迎 え入れてくれた。
 皆はエドガーが用意させておいた食事やワインを堪能し、いつも以上に陽気である。
「待たせたね、皆!」
エドガーの声の抑揚が上がる。
「お前達のおかげで、久し振りに皆が集まれて感謝してるぜ! ほらよっ! これは俺か らだ」
 ロックはエドガーとマッシュにキャッツアイのピアスを投げた。
「お揃い…ってのもいいだろう? いくら金積んだって手に入らないシロモノだぜ」
「すげぇ、兄貴、俺こんなすげぇキャッツアイ見た事ないぜ!」 マッシュは早速古いピアスを取り、着けかける。
「どこで盗んできたんだ?」
 エドガーは悪戯に微笑む。
「盗むってなぁ…! ったく…。誰も侵入した事のない未開の洞窟を発見したんだよ。す っげぇ強暴なモンスターがいるのを俺はお前達へのプレゼントのために命を危険に晒して 来たんだぜ〜。それはないだろ…」
 ロックは顔を紅潮させて言う。エドガーは彼をからかうのが好きだ。
「冗談だよ…ありがとう」
「全く。何度言っても俺の職業がトレジャーハンターだって認めないんだから…」
 ロックがぶつぶつ言っていると背後からセリスがやって来た。
「このケーキは私が焼いたの!」
 セリスは生クリームといちごがたっぷりのったデコレーションケーキを得意げに二人の 前に差し出した。
「なっ! “俺が”焼いたんだろう!」
 ロックは荒々しい声をたてる。
「お前は、スポンジを何度も失敗して挙句の果て、俺に焼かせたじゃねぇか! セリスが やったのはイチゴを載せただけだろ!」
「な、何よ!! そこまで言わなくってもいいじゃないっ!!」
「だいたい、何度教えても、どうして料理もできねぇんだよ〜」
「うるさい! あなたがやればいい事でしょう!」
 二人の口喧嘩は続く。
「あぁ、ロックは尻に敷かれてんな。俺はセリスを口説かなくて良かったぜ」
 とセッツァー。
「俺からのプレゼントはあれだ!」
 セッツァーが差した方を見ると、それはカジノ台であった。
「全て特注なんだぜ!」
「見事だ」
 エドガーは感嘆する。木目の美しい黒檀で造られたカジノ台の上にはエドガーとマッシ ュの顔が描かれたカードがあった。
「気にいってくれたようだな」
 セッツァーは自慢気に両手を組む。
「まぁ、お二人さんにあげたもんだけどよ、俺もここへ来た時にはギャンブルが楽しめる ってわけよ!」
「そんな事だろうと思ったぜ!」
 とマッシュ。そこへ派手な衣装のゴゴがやって来た。そして無表情で『ものまね』と言 うと、セッツァーがプレゼントしたエドガーとマッシュが描かれたカードを見事にコピー した。
「て、てめぇ! 俺のものまねなんざぁ、100万年早ぇーんだよ!!」
 怒りのセッツァーに流石のゴゴも逃げてしまう。
「逃げんじゃねぇ!」
 追いかけるセッツァー。
「ガウ〜」
 ガウはカイエンの手を引いてマッシュの元へやって来た。
「ガウ、マッシュにこれ、やる。マッシュもぴかぴか、すき」
 ガウが手にしているものは、マッシュにとってもカイエンにとっても懐かしいものであ った。三日月山でガウの宝物から探し当てたもの、ヘルメット。
「懐かしいなぁ…。お前、これたくさん持ってるのか?」
「ガウ、マッシュのため、あたらしく、さがした」
「ありがとよ、ガウ。でも兄貴には何もないのか?」
 マッシュの問いにガウは怪訝そうな表情をつくった。
「兄貴と俺は双子だから、同じ日に生まれて…」
「ふたご…ってなんだ? ガウ知らない…。ござる…ふたご、ってなんだ?」
 どうやらガウには双子の意味が理解できないらしい。だがマッシュの困った顔を見たガ ウはマッシュとエドガーとカイエンの顔を交互に見た。
「ガウ、エドガーにわるいことした。あやまる。あしたエドガーにもぴかぴかもってくる」
 ガウは少々はにかんだ。
 そんなガウを見てエドガーが笑い出す。つられてマッシュとカイエンも。
「ガウ〜。ガウ〜」
 そんな大人達を見てガウも嬉しそうに舞った。
「拙者からは、この正宗をお納めしたいでござる」
 カイエンはドマ国でも高級品の日本刀をエドガーとマッシュに渡した。
「エドガーとマッシュ殿に我が国伝統の剣術も是非とも覚えて頂きたいと」
「ありがとう、カイエン、是非剣術を指南してくれないか?」
 エドガーは以前からカイエンの剣術には興味を持っていた。
「俺は武器なんていらねぇ、この拳で充分。だが、カイエンのこの正宗は部屋に大事に飾 らせてもらうぜ!」
 マッシュはもっぱら拳術以外には興味がないようである。
 突然“コン”という鈍い音がマッシュの頭にあたった。
「いてッ!」
 コトンと音をたてて床に落ちたものをマッシュが広いあげてみると、エドガーとマッシ ュが彫られてある、繊細で見事な骨彫刻であった。
「ふんがぁ〜!」
 こちらを見て叫ぶ? ウーマロの姿に彼が彫ってくれたものだとエドガーとマッシュは 気付く。二人は手を挙げて彼に礼を述べた。ウーマロはそれを確かめると再び、ものすご い勢いで豪華な料理を口に投げ入れていた。
「ロニさん!」
 エドガーは愛くるしい声でミドルネームを呼ばれたのに驚いて、声の主へと顔を向ける。
「ね、じじぃ。エドガー気付いたでしょう? えへぇ〜。エドガーの秘密の名前、マッシ ュ以外に私だけが知ってるんだもんねぇ」
 リルムはストラゴスに自慢気に語った。
「リルムやすごいぞ!」
 ストラゴスはリルムの頭を撫でる。
「二人だけの秘密だって言っただろう?」
 エドガーはリルムに視線を合わせて彼女のでこをちょんと突ついた。
「わしからのプレゼントはこれじゃ…。わしが手作りでつくったんじゃぞ」
 ストラゴスは嬉しそうにそれを広げる。マッシュはそれを見て、複雑な表情をつくった。
「お揃いの、パジャマじゃ。ど〜れ、可愛いじゃろう?」
 ストラゴスに返答の困るマッシュ。エドガーは大笑いする。
「これは愉快だ! マッシュ、お前の苦手なナッツイーターだぜ!」
「勘弁してくれよ、兄貴〜」
 マッシュは顔を真赤にして後頭部をかいた。 「じじぃは趣味が悪いんだよ! いい大人のエドガーとマッシュに向って着ぐるみのパジ ャマはないんじゃない? それにマッシュの苦手なものを…センスないね」
 リルムは口を尖らせて言った。
「その点、私はちゃんとエドガーの喜ぶもの、用意したもんね!」
 リルムがポケットから出したものは、丁寧に折りたたんだリボン。それは濃い蒼で上品 な光沢のあるシルクのリボンであった。
「私のコレクションの中でも最高のものだよ。色男にぴったりだよ。マッシュもたまには その汚いヒモで髪、縛んのやめて、こんなシルクのリボンを結びなよ!」
「ありがとう、小さなレディ。明日からは、この綺麗なリボンを使わせてもらうよ」
「俺はシルクのリボンって柄じゃねないけど、たまには使わせてもらうぜ!」
 リルムは二人に気に入ってもらえて嬉しいそうであった。
「それと、記念に二人の絵を描いてあげる!」
 筆を取るリルムに「そ、それだけは!!」とエドガーとマッシュは蒼白する。
「リルムや、ほれ、シャドウの…忘れてるだろう?」
「あぁ、そうだった」
 ストラゴスに辛うじてリルムの似顔絵攻撃から免れたエドガーとマッシュはほっと胸を なでおろした。
「そうそう。忘れるとこだった。シャドウがね、こういう集まりは苦手だからって、来な かったんだけど、エドガーとマッシュに渡してくれって、私頼まれたんだ。はい、これ」
 リルムは飾り気のない木の箱をエドガーに渡した。
 エドガーがそれを開けてみると、白い卵が規則正しく並んでいる。
「シャドウの卵はね、どこで手に入れるのか知らないけど、きっと今まで食べた事のない くらい美味しいんだよ」
「兄貴、早速食べようぜ!」
 マッシュは喉を鳴らす。
「そうだな。皆にも食べてもらおう。早速調理させよう」
「あ、エドガー、調理法は“かたゆで玉子”だからね!」
 リルムはそう付け加えた。 「ねぇ、食べ物のお話もいいけど、綺麗なお花はいかが?」
 ティナの鈴のような声がした。彼女は体一杯に太陽の花を抱えてやって来た。モグはテ ィナが持ちきれなかった花束を手伝って一緒にやって来た。
「花よりだんご、とは言うが、これは素晴らしい、だんごより花…だな、マッシュ?」
 エドガーはティナから大きな向日葵の花束を受け取った。
 マッシュもモグから受け取り、匂いをかいだ
「太陽の香だ! 俺、花なんて貰うの始めてだなぁ」
 マッシュは喜んだ。大柄な彼は意外とこういった花も好きなのである。
「それと、モグ! 二人もたまにはモグでふかふかしたら気持ち良いよ!」
 ティナはモグの背中を押してエドガーとマッシュの前に差し出した。
「クポー! 二人にふかふかされたら、潰れるクポー!」
 顔を赤らめて動揺するモグ。
「冗談よ。それより、モグ! 二人にお祝いの新しい踊りを見せてあげれば?」
 ティナはモーグリの柔らかい頭を撫でる。
「二人のために踊るクポ! “ひかりのシンフォニー”だクポ!」
 モグは美しい声を発しながら踊り始めた。個々に暴れていた仲間達は次第にモグの声に 気付き優しい踊りを見つめた。
 エドガーはモグの声に合わせてピアノを弾き始めた。セリスがそれに合わせてヴァイオ リンを弾き、ティナは流れるようなリズムで木琴を叩く、リルムが乾いた音でフルートを 奏でた。他の皆はそれらに合わせて控えめなコーラスを重ねあった。
 嘗ての仲間が祝ってくれたフィガロ兄弟は、この日の誕生日を決して忘れる事はないで あろう。



 蒼い月が天上に昇ろうとしている。エドガーの私室では大人達がワインに酔い、子供達 ははしゃぎすぎたせいか、疲れ果てて眠りに就いている。
 バルコニーに出たエドガーとマッシュは城中での宴を後にする人々のチョコボが、夜の 砂漠に静かな砂煙をたてて去っていくのを見ていた。
「レネー。俺はお前が城を去っていくのを…ここから同じように見ていたのが、今では昨 日の事のように思える」
 エドガーは前方から視線を外さずにそう言った。
 マッシュはそんなエドガーの横顔を見る。月明かりが兄の背中で波打つ見事な金糸に降 り注いでいる。流麗な横顔には後れ毛が驚くほどに優雅に靡いていた。
「俺も……。あの日、城門を出て何度となく振り返りたい気持ちを抑えた事が、まるで昨 日のようだよ。でも長かった……今日までが。一緒に生まれた日を晴れて祝う事が出来た …今日という日まで」
 そう言ったマッシュへとエドガーは向き直る。そして軽く頷き、まるで天使のような温 かい微笑みを返す。
「これを…お前に……」
 エドガーは後ろ手に持っていた小さな真っ白のクマのぬいぐるみをマッシュに渡す。
「あ、兄貴〜。冗談きついぜ〜」
 マッシュは狼狽した。
 だが小さなクマの首に結ばれているリボンを辿ると、小さな胸に藍く輝くリングが目に 入る。
「兄貴……これは……」
 マッシュは一瞬にして、それが何を意味するか理解した。エドガーの指にあった同じ色 のリングは今、この小さなクマの胸にある。
 そしてマッシュの指にあるそれと同じリング
「くそっ! 同じ事考えてやがる…兄貴!」
 マッシュは既に指から外しておいたエドガーとお揃いのリングをポケットから出すとエ ドガーに渡した。
「お前がいなかった、10年間の俺だ…。そしてこれは…」
 エドガーはマッシュに渡された掌のリングに視線をやる。
「同じく、修行にあけくれた……10年間の俺」
 二人が交換したサファイアのリングは、二人の父からの最期のプレゼントであった。
 マッシュは白いクマの首からそっとリボンを解き、小指にそのリングをつけた。
 エドガーも掌のリングを元々つけてあった薬指にはめる。
「父上に頂いた時は、俺と同じ薬指につけていたのに…」
「今ではでっかくなって、小指にしか入んないぜ」
 マッシュは無邪気に笑った。
 二人はリングをはめた手を月に翳してみた。濃紺の宝石(いし)はたちまち月光を浴び て、美しい青に輝き出す。フィガロでは“青”を砂漠の泉と呼び、尊ぶ事からサファイア は気高い宝石(いし)とされていた。二人の父は、息子達が共に力を合わせてフィガロ王 国を統べる事に、秩序と平和を重んじる国へと導いてくれるであろうという願いを込めて、 双子へ贈った最期のプレゼントであった。
 蒼い耀きにエドガーとマッシュは改めて父の遺志を受け止めた。
「10年間も兄貴だけに国を押し付けてすまなかった。でも、これからは俺もきっとロニ の支えになると思う」
「あぁ…フィガロを俺達二人で、そして世界を仲間達皆と一緒に次の世代の為に、俺達に 出来る限り崩壊前の、いや、それ以上を目指していこう。この先、何十年かかろうともな」
 エドガーの固い思いにマッシュも深く頷き同意する。二人は新たなる再出発のスタート ラインに着いた。ようやく兄弟でフィガロを建て直す時が。
 そして共に戦った仲間達と未来の為の世界復興を。
「さて、俺達もあの“狂宴”に戻るとするか」
 エドガーはいつもの悪戯な微笑みを浮かべて言った。
「だね。俺も今日はセッツァーのように浴びる程ブランデーを飲んでやる!」
「俺もレネーに負けないほど、飲むぜ!」
 二人は苦笑しながら部屋へ戻った。子供達は穏やかな寝顔に静かな寝息をたてていた。 その静けさとは打って変わって大人達は心地よく酒が回り出したのか、素晴らしい笑顔で 各々の思いを熱く語っていた。エドガーとマッシュも彼等のそれに何気なく加わる。
 エドガーとマッシュの誕生を祝う内輪の宴は日付が変更しても、まだ続いていた。彼等 は共に歌い、笑った。これこそが新たなる平和への始まり。
 この日を始まりとし、彼等はフィガロ兄弟の誕生日に毎年集まり楽しい宴を繰り広げる のが約束となったのであった。  新たな出発の日。それが彼等のBirthdayでもあった。


あとがき

陛下達のお誕生日だ!
と俄かに書き下ろしたもの・・・だけど
時間に余裕がなく、何を書いているのか…(^^;)
という感じかもしれません。
マッシュは子供の頃、クマのぬいぐるみとか
とても大事にしていたイメージ。
ティナにクマと言われて内心、ま、いいかぁ…な
あのコルツ山のシーンから、そんな想像が。
最後に二人の指輪交換…結婚じゃないんだから(苦笑)
新たに二人でフィガロを父の遺志を継いで
統べていくという約束の指輪交換…という意味です…。

2001.8.16 Louis

Wallpaper:ひねもす諸島様

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