エイプリル・フール とある町に飛空艇が舞い降りた。
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近々ケフカを倒すために瓦礫の塔へ向かうため、一向は準備を整えるために物資の補給に来たのである。
このとき、物資の調達を任されたのはロック、セリス、ティナ、マッシュの4人だった。
他のメンバーは飛空艇の調整及び警護である。
4人は噴水のある広場に集まって、それぞれの役割を分担する。
「じゃあ一時間後にここの噴水のある広場に集合ね。」
「わかった。」
「オッケー。」
そして4人はそれぞれ散らばっていった。
しかし、その4人の内の一人に、不敵な笑みを浮かべた人物が跡をつけていたとは、誰も知る由もなかった。
ロックはやや漁港に近い市場に来た。
彼の担当は保存食を主とした食料の買出しなのである。
世界が崩壊して一年も経ち、まだ元凶、ケフカこそ倒されてはいないが、
それでもセリスたちの活躍のおかげか、少しだが、かつての活気が戻っていた。
放浪の旅に出ていたときに目にした市場の喧騒より少し静かだが、それでも人は生きていることに必死だという命の灯火のようなものが感じられた。
「えっと、確か…」
ロックは事前にティナから渡された買い物のメモを開く。
改めてそのメモを見ると、リンゴをはじめとした果物が主になっていた。
「…果物が多いな。そういえばここ最近食べてなかったな。…売ってるかな?」
ロックは歩きながら左右に並んでいる品物を物色した。
しかしなかなか目的のものは見つからない。
「ねえなぁ…あっ!」
ロックの進む道の突き当たりのところにある店に、妙に明るい色をした品物―――果物を主としたものが並んでいた。
「あったあった。」
ロックはその店の前へと駆けて行く。
やはりそれはリンゴ、オレンジといった果物であった。
最近口にしていなかったせいか、箱いっぱいの果物に、妙な懐かしさを覚えるロック。
「親父、このリンゴ、いくらだい?」
ロックはリンゴを一つ手にとって、手で転がしながら訊いた。
「3個で10ギルだよ。オレンジは4個で10ギルだ。新鮮な果物にしては安いだろ?」
店の親父は陽気な口調で言った。
とても世界の崩壊で生気を失った人間とは思えない。
恐らくこの果物の新鮮さもその反映なのだろうか、ロックには妙にその果物がおいしそうに見えた。
「そうだな。…じゃあこのリンゴを30個と、オレンジ20個と…」
店の親父はロックの言われたとおりのものを袋に詰めていく。
「…っと、全部で210ギルだが…200ギルに負けてやるよ。」
「おっ、話せるねぇ。」
「なあに、ここ最近果物を買う奴なんてめっきり少なくなっちまったからな。もってけ泥棒!」
『泥棒』といわれて、ロックは乾いた笑いを浮かべながら金を出すしかなかった。
「アハハハハ…どうも。」
言いながら果物がいっぱい入った紙袋を抱えて外へ出ようとすると、すれ違いに買い物籠を持った女性が入ってきた。
すべてを包みこむ深海を思わせる紺碧の瞳。
白く透き通る肌に腰までとどく豊かな柔らかい髪。
純白のスカートの似合う、『聖女』とも形容できる雰囲気の女性だった。
ロックはその女性をよく知っていた。
だから意外だった。
「…―――!」
思いがけずロックの口から、ある少女の名前が漏れる。
その時、ロックは金縛りにあったように動けなくなり、紙袋に入れていたリンゴが一つ落ちた。
女性もまた、ロックの呟きを耳にした瞬間止まった。
そしてお互いゆっくりと振り向き、顔を見合わせた。
「あっ…ロック…?」
「…レ、レイチェル?」
ロックは素っ頓狂な声で言った。
「な、何で…」
ロックは動揺して紙袋を落としそうになった。
ロックがセリスたちと合流し、幻獣フェニックスの魔石でレイチェルを一時的だが蘇らせたのはつい先日のことである。
『心の中にいるその人を大切にしてあげて…』
その言葉を最後に、レイチェルは改めてこの世から姿を消した…はずだった。
ところが肉体も完全に消滅したはずのレイチェルが、生前の姿でロックの前にいるのである。
「も、もしかして、ユーレイ?」
「おいおいバンダナのあんちゃん、真っ昼間からユーレイなんて出てくるかよ。それに今は春になったばかりだぜ。ユーレイが出てくるにはまだ早すぎる。シーズンオフだ。」
店の親父にツッコまれるが、それでもロックはまだ混乱している。
ロックの動揺をよそに、逆に店の親父はレイチェルを見るなり口笛を吹いた。
「それによ、仮にユーレイだとしても、俺だったらこんな美人のユーレイだったらサービスしまくるぜ。」
「あ、あの…私、幽霊じゃないんですけど…」
レイチェルは苦笑いして言った。
「あ、本当だ。足がある。」
「そうじゃなくて…」
店の親父は冗談めかして言ったが、レイチェルはどうやら本気らしかった。
「…本当に…レイチェル…なのか?」
恐る恐る、ロックは訊いた。
「ええ。あなたに逢いに来たの。ちょっとお話がしたくて。」
「およ?…なーんだ知り合いかよ。随分美人の彼女じゃねえか。あんちゃんも人が悪いね。」
「え、でも…」
口篭もるロックをよそに、店の親父はレイチェルの接待に気を回した。
「まあいいや。サービスするぜ。」
「じゃあこれを…ロックはちょっと外で待ってて。」
「あ、ああ。」
ロックは自分でも分からなかったが、落としたリンゴを紙袋に入れて、逃げるように店を出た。
「お待たせ。」
ロックが店を出てから少ししたあと、買い物籠一杯に果物を詰めたレイチェルが店から出てきた。
いつも笑顔を絶やさないのは死んだはずのレイチェルそのものだった。
「なぁ…本当にレイチェルなのか?」
ロックはまだ不思議だった。
「うん…驚いた?」
ちょっと笑ってからかうようにレイチェルは訊く。
「そりゃ驚くよ。だって…」
「…そうよね。フェニックスの力で一時的に蘇って、改めて死んだはずの私がここにいるのも、驚くのも仕方ないわね。」
あの時―――フェニックスの魔石で蘇らせた出来事を二人は回想する。
―――どうやら“そっくりさん”とか、そう言うものではなく、本当にあの時のレイチェルだ…
ロックはそう確信した。
しかし、レイチェル本人がそこにいるとて、疑問はぬぐえない。
「どうして…」
疑問はそのまま言葉としてでる。
レイチェルは少しうつむきながら、ゆっくりと話し出した。
「うん、実はあのあと…神様に逢ったの。
一度死んだ人間がもう一度現世に戻るなんて今までなかったらしいから、私のことをとても不思議がってた…それで神様に事情を説明したのよ。
ロックがフェニックスの力で私のことを蘇らせてくれたこと―――
蘇らせてくれたロックのこと―――
その時ロックとお話したこと―――
全部話した後、神様はそのときの私の気持ちと、ロックの気持ちを汲んでくれたの。
それで一日で良いから、できればロックを見守りたい…って思ったら、
神様が、一日だけこの世界にいることを―――ロックに逢うことを許してくれたのよ。
神様が言うには、今日がその特別な日だからだそうよ。」
「特別な日?」
「うん。本当は見守るだけにしようと思っていたんだけど、たまたまロックが近くにいたから…それで少し驚かしてあげようと思ってあなたの前に現れたのよ。思ったとおり、驚いたみたいね。」
レイチェルは悪戯っぽく、それでいて新雪のような無垢な笑顔をロックに向けた。
事情を理解したロックは一呼吸おいて笑い返した。
それでも、ロックは心底にある不思議な違和感を振り払えなかったのは事実だ。
神が与えた、思いがけないかつての恋人との再会―――
それ自体は何の違和感を感じないはずだが、ロックにはこの妙な違和感が取り付いて離れなかった。
(…なんだ?この違和感は…)
「ところで、ここで何してるの?
またトレジャーハンティングに向けての準備?」
「あ、いや。トレジャーハンティングじゃなくて、ケフカを倒すために瓦礫の塔に乗り込むための準備を整えているんだ。で、俺は食料担当ってわけ。」
「ふーん。じゃあ邪魔しちゃったわね。まだ買い物の途中なんでしょ?」
「いや、これで全部だから…」
二人の会話が途切れると、あたりに気まずい雰囲気が覆う。
その雰囲気を先に断ち切ったのはレイチェルだった。
「…ねぇ。海岸に行かない?海見たくなっちゃった。」
「…いいよ。」
ロックは自然に、レイチェルと一緒に歩き始めた。
いつの間にか、ロックは数年前と変わらない自分がいることに気がついた。
(もしかしてこの違和感は、俺が昔の俺に戻っているからなのかなぁ…)
一方そのころ、セリスは担当していた野菜類の購入を終え、集合場所へ戻ろうとしていた。
その時ばったり、ダンボール箱を抱えたマッシュに出会う。
「あっ、セリス。」
「マッシュ。買えた?」
「ああ。飛空艇外壁予備資材は全部買ったぜ。そっちは?」
「こっちも大丈夫。思った以上に早く済んだわね。」
マッシュは思わず時計を見た。
集合の時間までかなりある。
「一時間って言っても、まだ20分足らずしか経ってねぇなぁ。どうする?」
「そうね…まだ時間あるし…少し町を歩いてで…えっ!?」
セリスは言いながら雑踏に目をやった瞬間、思わず目を奪われた。
「どした、セリス?」
セリスの目を向けてる方へマッシュも視線を向ける。
そこには見覚えのあるバンダナを額に巻いた青年が、輝く青く長い髪の女性と一緒に歩いていた。
「あれ…ロックか?」
まさか、という思いでマッシュは呟くが、
逆にセリスは“信じられない”といった表情で二人の後姿を見ていた。
しかし、見れば見るほど、バンダナを巻いた青年はロックであった。
セリスは思わず、走らずにはいられない衝動に駆られた。
「マッシュ、これお願い!」
「あ、おい!」
マッシュは引きとめようとしたが、セリスの眼光から鋭い“何か”を感じ取ったマッシュは思わずたじろいだ。
セリスは動かなくなったマッシュに持っていた野菜の入った袋を押し付け、雑踏の中へ消えていった。
呆然とセリスの後姿を見送るマッシュ。
(まさかセリス…ロックに…)
マッシュはその次のセリスの行動を想像しようとしたが、
セリスから放たれた鋭い眼光に気圧された影響がまだ残っていたため、
戦慄を覚えて想像できず、身震いした。
「…見なかったことにしよ。」
マッシュはそそくさと、もと来た道を逃げるように戻っていった。
セリスがそんなことになっていることもつゆ知らず、ロックとレイチェルの二人は海岸に着き、腰を下ろしていた。
「…綺麗ね。」
優しく温かい風が海から二人の間を縫うように吹き抜けた。
「…世界が崩壊しても、海の美しさは変わらないんだな。気付かなかった…」
ロックは思わず海の美しさに感動していた。
レイチェルはそんなロックを見て、買い物籠に入れてたリンゴをロックの前に差し出す。
「ねえ、今買った果物食べない?」
「あ、ああ…」
(本当に…昔に戻ったみたいだな…)
話のペースは完全にレイチェルに握られていた。
ロックとレイチェルのこのような関係は昔も今も変わらなかった。
レイチェルと過ごした日々と変わらないロックがそこにいた。
「じゃあちょっと待って。今切るから。」
そう言ってレイチェルは果物ナイフを取り出してリンゴの皮を切り始めた。
「あの人…確かレイチェルさんじゃ…でもなんで?」
二人から少し離れたところでセリスは様子を見ていた。
セリスは一度、眠っているレイチェルを見たことがあったので顔は覚えていた。
その後、レイチェルが一時的に蘇ったとき、ロックと何を話していたかは
ロックが話してくれたことだけしか彼女は知らないが、
その話でもレイチェルは肉体が消滅した、ということはセリスも聞いていた。
しかし、死んだはずのレイチェルがそこにいるという事実に、セリスは戸惑いを隠せなかった。
ましてやロックと一緒に歩いていたりして、『恋人同士』のように見えたのだから当然だろう。
分からない表情で、セリスはレンガの壁の陰に隠れながら二人の様子を伺った。
ジクッ!
突然セリスの胸に、何か刺さるような痛みが走った。
そんなセリスをよそに、もう二人は完全に恋人同士のやりとりに入っていた。
レイチェルは小さく切ったリンゴをロックの口元に差し出す。
「はいロック、口あけて。」
口元に差し出されるレイチェルの手に戸惑うロック。
「え、あ、いいよ…」
レイチェルは今までこんなことをしたことなかったのでロックは少し驚いた。
(…俺といるのが今日で本当に最後だから、少し大胆になっているのか?)
そんなことを思いながらロックは戸惑ったものの、差し出されたレイチェルの手と向けられる視線に勝てず、口を開ける。
リンゴを口の中に入れられると、ロックは真っ赤になった。
そのレイチェルの大胆な行動に驚いたのはロックだけではなかった。
言わずもがな、遠くから見ているセリスもその一人である。
セリスがその行動を見た途端、なぜか言いようのない絶望感に覆われた気がした。
意識しすぎているのか分からないが、レイチェルの行動を挑発的にとったのだろう。
セリスは自分で作り上げた偶像の挑発に、完全に乗せられていた。
バキッ!
セリスは握っていたレンガブロックの角を無意識にだが握り砕く。
もはやセリスには正常に考える意識は存在していなかった。
嫉妬―――その感情一色に染められていた。
「…!!」
セリスの手は拳を作ったまま震えていた。
しかし、セリスは深呼吸し、強引に正常な意識を引き戻す。
何とか平静を保ったものの、心の内では葛藤と拮抗していた。
そのせいか、セリスの足は自然に二人の下へ向かっていった。
「ロック!」
セリス本人にそんな気はなかったが、二人の和やかな雰囲気をぶしつけに踏襲した。
驚いたロックが思わず振り向くと、そこには形容しがたい表情で見下ろしているセリスがいた。
「セリス!」
(…あの人は?)
レイチェルはセリスを見上げるが、セリスが何者であるかを知らない。
レイチェルはロックが自分以外にも“好きな人”がいることを知っていたが、
それが誰かまでは知らないのだ。
改めて二人が逢ったのはこれが最初だった。
「ロック、まさかその人…」
戸惑いと驚愕、それらの入り混じった表情でセリスは恐る恐る呟いた。
「あ、ああ。信じられないかもしれないけど…レイチェルだよ。」
ロックはセリスの気持ちを少なからず感じ取り、彼女に対しての適切な言葉を探しながら言った。
「え?レイチェルさんって…」
「あ、実は…」
言いかけるロックより先にレイチェルがセリスに尋ねる。
「もしかして、あなたがロックの『心の中にある大切な人』?」
『!』
意想外の発言に、ロックとセリスは思わず赤くなった。
「…違うの?」
二人の顔が紅潮しているのはレイチェルにも分かっているはずだが、分かっていないフリをしているのか、確認するように訊いてくる。
「お、おいレイチェル…」
(…本当にレイチェルなのか?妙に…)
意外な行動を連発するレイチェルをロックは思わず訝った。
「わ、私!」
声をあげるセリスに思わずロックとレイチェルは驚いた。
しかし、それ以上先の言葉はセリスの口から出なかった。
波の引く音が海風に流されてあたりに響く。
数秒の沈黙の後、レイチェルはゆっくり確認する。
「…そうなの?」
「私は…その…」
セリスにとって、気持ちの上で肯定するのは簡単だった。
けれど気恥ずかしさが先行してその先の言葉を言い澱む。
しかし、逆にその躊躇いが彼女の心を蝕んだ。
気持ちの悪循環に苦しむセリス。
その葛藤から解放されたい気持ちが心の中で、とうとう爆発した。
セリスの口がゆっくりと開かれる。
そこから出てきた言葉は、セリスの想いそのものだった。
「…うん。そう…私は…ロックのこと…好きだから…」
その言葉を放った瞬間、三人の刻が止まった。
言った途端、セリスは今までの苦悶からウソのように開放される一方で、
告白した恥ずかしさで身が焦がれそうなくらい赤くなる。
一方、意外な告白を告げられたロックは、
セリスになんて声をかけてあげればよいか分からず、口を半開きにしたまま黙っていた。
ロックとセリスは見詰め合いながら、そのまま硬直した。
すると、いきなりレイチェルが口元を押さえて笑い始めた。
「…プッ…フフフフフフフフフフフフフ…」
「ん?」
ロックは思わず振り向く。
「フフフフフフフ…ハハハハハハハ!!」
「え?」
「レイチェル?」
レイチェルの笑い方が突然変わったことにロックは驚いた。
こんなことは今まで経験したことがなかったのだ。
セリスもレイチェルの異常に気がついた。
「アハハハハハハハハ!引っかかった引っかかった!!」
「レ、レイチェル?」
「レイチェルさん?」
突然口調の変わったレイチェルに戸惑う二人。
だがこのとき、二人はその笑い声がもう一方から、同じ笑い方がステレオで流れていることに気がついた。
もう一方の声のするほうを見てみると、そこからお腹を抱えて笑ってもだえているリルムが出てきた。
『り、リルム?』
「アハハハハハ…あーお腹くるし…」
気付けば、レイチェルとリルムは同じ事を同時に喋っていた。
「何でリルムがここに?」
「ロック、まだ気がつかないの〜?えいッ!」
リルムは傍らに置いてあったバケツの中の水を、レイチェルに浴びせた。
するとどうだろう。
水を浴びた瞬間、レイチェルは煙のように消えていった。
後には様々な色で濁った水がそこに残った。
「どういうこと、リルム?」
「もー、いいかげんに気がつきなって。これ、リルムがスケッチしたレイチェルだよー。」
『え?』
驚く二人をみて、リルムは更にからかうように笑う。
「もー。レイチェルさんってどういう人かよく知らないからすぐばれると思ったけど、ロック結局最後まで気がつかないでやんの。おまけにセリスまで騙されるし…しっかし、上品な言葉使いって堅ッ苦しくて難しいね〜。」
どうやらスケッチした相手の話す言葉はリルムが演じることができるらしい。
「何でこんなことを!」
「だってさ〜」
リルムはポケットサイズのカレンダーを二人に見せ、今日の日付を指差した。
「今日は4月1日のエイプリルフールだよ。『4月バカ』ってやつ。だから怒っちゃいけないよ。テヘ♪」
「…」
「リ〜ル〜ム〜…」
ロックはアルテマをかけたい衝動に駆られたが、かろうじてこらえる。
リルムの言う通り、エイプリル・フールじゃ何もいえない。
「アハハハハハハハハハハハハハ!!それじゃあね。」
リルムは笑い声を上げて去っていった。
「まったく…」
だまされたロックは自分に対して呆れながらリルムの後姿を見送った。
一方セリスは、さっきから何も言葉を発さなかった。
「…」
「あ…セリス…」
ロックの呼びかけはセリスの耳にも入っているはずだが、セリスは振り向かず、海を見ていた。
瞳に映る海の青とは対照的に、セリスの顔が紅潮していた。
「え、あ〜…その…」
意外な形で、間接的にせよ告白されたことに思わず赤くなるロック。
ロックは言葉を探しているが、なかなか見つからない。
トレジャーハンターは宝を探すにはプロだが、
恋人に向けて放つ言葉を探すことにかけては素人だった。
「あ、ありがと…」
セリスはまだ振り向かない。
ロックは頬を掻きながら、次の言葉を放つ。
「…その…妬いてくれて…それと…俺も…」
まともに顔を見れなくなったロックは視線を少しそらして言った。
さっきまで黙っていたセリスは、少しうつむいたまま、ロックの方を向く。
セリスの長い金髪で顔が隠されて、ロックには顔が見えなかった。
セリスは黙ったまま、ロックの横を通りすぎようとした。
「セリ…!」
ロックは思わず声を荒げて振り返ろうとしたが、その必要はなかった。
ロックはセリスに後ろから捕まれたのだ。
服越しにセリスの手から伝わる思いをロックは感じ取った。
一呼吸おいて、ロックも言った。
「俺も…好きだよ…」
ロックもまた躊躇いがちに告白した。
セリスはロックの背中に額をつけて、ロックの二の腕を後ろから握り、そのまま小さく呟いた。
「…バカ…」
セリスは今にも泣きそうな瞳で潤んでいたが、それでも満面の笑みを浮かべていた。
傍らにはレイチェルが持っていたはずの果物を入れた買い物籠が残っていた。
潮風が吹くと、そこから醸し出される柑橘類の甘い香りが、二人の周りを包んでいた。
「相変わらずほほえましいよねー、あの二人。」
「そうね…」
セリスがさっきまで隠れていたところから、ティナとリルムは二人の様を見守っていた。
「…ティナはさ、やっぱりちょっと悔しい?一度ロックになんか色々言われたんでしょ?エドガ―から聞いたよ。」
ふとエドガーから聞いた事をリルムは思い出す。
「…うーん、正直言って、分からないな。セリスみたいに気持ちがはっきりしていないからよく分からなくて…ただ…」
「ただ?」
「ああいうのを見ていると、ちょっと羨ましいな、セリスが。」
少し顔を赤くしてティナは自分の気持ちを述べた。
それを聞いたリルムは不敵な笑みを浮かべて、少し声を大きくしてからかった。
「なーんだ。本当は悔しくて妬いてんじゃん。結局ロックのことが好きなんでしょー?」
「…」
何も言えなくなったティナをリルムは不思議そうに呟いた。
「…うーん、それにしてもどうしてこんなにロックに惚れる人が多いのかな…?」
リルムは頬杖を突いてロックの方に視線を向ける。
そういえばエドガーとかも同じ事言ってたな…と、ふと思い返した。
「それは大きくなれば分かるわよ。」
「…ぶぅ。」
子ども扱いされたリルムは少し腹が立って口を尖らせた。
「行きましょ。もう集合時間よ。」
「…あの二人は?」
「ほっといても大丈夫でしょ。」
まだ二人は、ずっと寄り添ったままだった。
海岸を訪れる人たちの視線も気になったが、今はそんなのどうでもよかった。
(…これもエイプリル・フールってオチじゃありませんように…)
と、ふとロックは神に祈った。」
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