腹踊りの真実

 

天上国家ソラリスでは、夕日は昇るものである。

地上生まれのシグルドにとって、それはとても奇妙な光景であり、何年たっても慣れないものであった。

ソラリス人は『天から地上を見下ろしている』と言い優越感に浸っているが、

頭上にでっかい地上があって窮屈なだけじゃないか、など

とシグルドがぼんやり考えていた時だった。

「あ〜あ、今日も一日よく働いたぜ」

ジェサイアが不意に大声を出した。

それを聞いてシグルドの顔が歪む。

ふと見ると、ヒュウガも不安そうな顔をしている。

緊迫した雰囲気の中、最初に声を発したのはラムサスだった。

「俺はこの後予定がある。じゃあな」

電光石火のごとく去って行く。

してやられたという顔をしながら、残された2人は最悪の事態を回避すべく口を開きかけた瞬間だった。

「なんだぁ?付き合い悪ぃな」

見る見るうちに不機嫌な顔になるジェシー。

そんな彼をなんとかなだめようと、ヒュウガが口を開いた。

「ほら、きっと例の彼女でしょう」

「あいつも手ぇ早えな」

「先輩ほどではないでしょう」

ジェサイアは学生時代に同級生を妊娠させ、そのまま結婚している。

「ヒュウガ。今夜はお前に口の利き方というものをじぃ〜っくりと教えてやろう。酒付きでな」

シグルドはヒュウガの一言多い性格を呪った。

ヒュウガも自分が墓穴を掘ったことに気付いた。

「せ、先輩は奥さん放っといていいんですか?」

「なら、俺の家で飲めばいい!」

シグルドはため息をついた。

彼はジェサイア家に居候しているのでこの事態を避けようがない。

せめて道連れにと、なおも何か言いたげなヒュウガのえり首をしっかりつかんだ。

「おー、シグも賛成みたいだな!よっしゃ決まりだ!今夜は騒ぐぞ〜!!」

「小さいお子…んぐっ、ちょっとシグルド、何するんですか!」

シグルドがこの後に及んでなお往生際の悪いヒュウガの襟首をひっぱったのだ。

横ではジェシーが笑っている。

シグルドはおもいっきり顔を歪めると、ヒュウガの襟首を持ったまま歩き出した…。

 

「こいつ、あいかわらず酒ダメだなぁ」

「知ってて飲ませたのでしょう」

「量をこなせば飲めるようになると思うんだがなあ」

※飲めない体質の人はいくら頑張っても飲めません!!

「それは無茶ですよ…。顔色が悪いですね。大丈夫ですか?シグ?」

「見たらわかるな。爆死だ」

実際には良く寝ているだけである。

ちなみにシグルドの顔色が悪いのは生まれつきである。

「ったく…酒も飲めねぇやつなんかエレメンツに要らねえ!まあいい。お前はいけるよな?」

「…エレメンツとお酒とどのような関係があるのでしょう?」

「あ〜?なにうだうだ言ってやがる。

いいか、エレメンツたるもの、どんな状況にも適応出来なきゃあならん!」

さっさと逃げたカールや、あっさり寝たシグルドの方がよっぽどこの状況に

うまく対処しているような気がしないでもないヒュウガで

あったが、1人大騒ぎモードのジェサイアにその考えを言うのはさすがにやめておいたのであった。

 

「しかし、よく寝てますね」

「あーあ、ハラ出して…風邪引いても知らんぞ」

「何かかけたほうが良いでしょうね」

「ったく、世話の焼ける…」

ぶつぶつ言いながらもかけるものを探しにいくジェサイア。

しかしすぐに戻ってきた彼が手にしていたのは、

布団ではなく何故か「?」マークの油性マジックであった。

「ヒュウガ。いいこと教えてやろう」

「………」

何を言っても無駄だとヒュウガは第六感で悟った。

「こうやってだな、目と口とハナを書いてっと…、ほら、動くんだぜ!すごいだろ〜!」

シグルドの寝息と共に書かれた口が動く。

ジェシーは必死に笑いをこらえている。

「う〜む…。これは…いやなんとも…」

「ぶわっ!何だよそのリアクション!冷めてんな〜。いや、俺もびっちりばっちり醒めてるぜ!」

「同音異義語のギャグは口頭では伝わりませんよ」

しっかり伝わっている。

「ん…うわぁっ」

シグが突如寝言を発した。

「す、すみませんごめんなさい!!私には先輩を止めることはできませんでした!!!」

謝り出すヒュウガ。

「な、なんだなんだ急に!」

「傍観者にも罪はあり…おや?」

「お前、誰にしゃべってるんだ」

「いやあの…シグルドに謝ろうかと…」

「死人に耳無し、って言葉、知ってっか?」

「それを言うなら『口無し』でしょう」

おいおい、シグルドは生きてるぞ。

「そうだったっけな。…と・こ・ろ・で」

「はい、何でしょう…?」

ヒュウガは嫌な予感がした。…が逃げることは出来なかった。

「奇才天才ヒュウガ君。君には罪の意識があるようだね。」

「貴方には無さそうですね」

ヒュウガ必死の抵抗はあっさり流されてしまった。

「俺は優しいからな。罪深いお前を見てられん。よって、お前の罪を消してやろう」

ジェサイアはヒュウガの腹にも顔を描き始めた。

教科書の顔写真にされた落書きの如くびっしりと書き込む。

「これでお前は傍観者では無くなった!良かったなぁヒュウガ。お前はもはや罪人ではない」

さすがのヒュウガも涙目になる。

「シケた顔すんじゃねぇ!まるで俺がすっげー悪いことしたみたいじゃねえか」

やっぱりこの人、ただ者ではないとヒュウガは思った。

「お前もやってみろって。絶対楽しいから」

ジェシーが服をまくりあげて腹を突き出す。

無理矢理マジックを持たされたヒュウガは、側にあった酒をあおると、意を決して描いた。

『へ・の・へ・の・も・へ・じ』

「がはは、こりゃいいや!お前、大したセンスじゃねえか!」

描いたヒュウガでなく描かれたジェシーが笑っている。

「(何かむずかしい格言)」

ヒュウガはやけになって酒を飲んでいた。

その横ではすっかり出来上がったジェサイアが1人陽気に踊っていた…。

 

シグルドは追っかけられていた。

武器をもった見張り兵に、異形の生命体らしきものに、そして自分自身に。

どこに逃げても無駄だと知っていた。それでも彼は必死に逃げた。

しかしそこは閉じた世界。遂にシグルドは追いつめられる。

全てが自分のなかに入ってくる!

「ぐぁ――!」

自分の叫び声でシグルドは目を覚ました。

「夢、か…」

シグルドはあたりを見回す。

腹に異形の顔を持つ人間が2人マグロになっている。

ふと自分の腹を見てみると、そこにも得体の知れない顔があった。

シグルドはこの時、夢よりも恐ろしい現実があるって事を知ったのであった…。

Fin

 

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