出逢い

 

 






 庭や屋敷の造りは見事なものである。若くして帝の近衛府少将ともなれば、この見事な屋敷にも頷ける。
 しかし庭の木や花、廊下や柱、御簾や几帳至るまで風情ある施しは、この屋敷の主の趣味なのであろう。
 だが、大掛かりな祈祷、僧都達の読経がこの美しき屋敷の静を乱している。
 若き陰陽師は庭や屋敷の美しさに目もくれず、主の部屋へと急いだ。
「あ、陰陽師様!」
「主は寝所か? お前達は下がっていろ」
 女房を退けて寝所の御簾内へと若き陰陽師は、不躾な態度で入る。
「そなた無礼であるぞ!」
 臥せっている主の傍らで控えている、若い貴族が言う。
 陰陽師は傍らの貴族に一瞥を置くと、不思議な瞳で自分を見つめる主に目を落とした。
「ほぅ。えらく若造だな。噂に聞く、清明殿の一番弟子…か。その名は…」
 病魔に犯されているとも思えぬ、病床の主は何とも言い難い声色で言う。
「安倍泰明。我が師清明様より遣わされた」
 泰明は端的に述べた。その声は何の感情も映さぬ。
「お前」
 泰明は主の傍らにいる、実直な若い男に声をかける。
「藤原鷹通と申します」
 傲慢な貴族と違い、鷹通の挨拶には些か他と異なるものを感じた。
「では、鷹通。あの僧都の祈祷をやめさせろ! 主は僧都達が追い祓える物の怪に憑依されたのではい」
「と、言いますと?」
 床の主は二人のやりとりを不思議そうに眺めていた。今にも消えそうな命の灯火を燃やしながら。
「詳しいことを述べている暇はない! 見ろ」
 泰明に促され友雅に視線を移した鷹通は心を乱す。
「友雅殿!」
 名を呼ばれた友雅はいつもの笑顔で答える。だがその身体が儚く透けて見えた。
「早く行って、祈祷をやめさせろ! 私の気が鎮まらぬ」
 泰明は少し声を荒立てる。
「は、はい!」
 鷹通は事の重大さに気付き、急ぎ泰明の命令に従うべく、寝所を後にした。
「泰明殿」
 儚き命の灯火が消えようとしている友雅は、とても穏やかな声で陰陽師の名を呼んだ。
 名を呼ばれた泰明は、不思議そうに友雅へと視線を移す。
「私は死ぬのかな?」
「強い邪気を感じる。単なる物の怪ではない。お前は呪詛をかけられたのだ」
「呪詛?」
「予兆はなかったか」
 ぶっきらぼうな泰明の質問に、友雅はふと思いに更ける。
「私とした事が…。朧月夜のひとときの夢」
 友雅は自嘲気味に笑った。
「何だ」
 泰明にはわからない。
「その姫君の背の君に恨まれたのかな? 美しい花に恨まれるのならともかく、私とした事が」
「戯れはそのくらいにしておけ。このままではお前は、もうすぐ死ぬ。呪詛を祓う。暫く待て、すぐ戻る」
 泰明は冷たく言い放つと、部屋を後にした。
 酷い頭痛と暗黒の霧に頭が支配されそうになった友雅は、流麗に整う眉をひそめる。
「友雅殿! お加減が悪いのでは!」
 何時の間にやら、友雅の堅物の友、鷹通の姿が側にあった。
「心配には及ばぬ。あの陰陽師が何とかしてくれそうだ」
「清明殿の愛弟子とはいえ、あの者、少々無礼かと」
 鷹通の真面目な捉え方には、日頃友雅は楽しんでいた。
「そうかい? 私は、あの無表情な男が気に入ったけどね」
「友雅殿!」
 鷹通には理解できぬ。呪詛をかけられ今にでも命が消え失せ、魂が出でようとしているその身の苦しさを棚に上げ、無駄口をきく友雅を。
 陰陽師は先と同じように無粋に御簾内へと入って来た。
「お前はこの寝所から出ていろ」
 泰明は鷹通を咎めているかのように、強く言い放った。
「相解りました。貴方を信じましょう」
 鷹通は早々に退いた。
「さて、私は何をすれば良いのかな? 泰明殿」
「いい加減、その軽口を閉ざせ。死の床に伏せているというのに」
 泰明は微かに眉をひそめた。
「始めるぞ」
 友雅は怪訝な瞳で冷たい瞳を向ける陰陽師を見返した。
「貴方の意のままに」
「兄弟子は私に触るのを嫌がる。気持ち悪いだろが、少しの辛抱だ」
 泰明は病床の友雅の肩を引き寄せ、乱暴に身を起こす。
「声を出すな!」
 深く息を吸い、自身を抱き起こした陰陽師の名を呼ぼうとしたのを、友雅は咎められる。
「気持ち悪いだろうが、我慢しろ」
 泰明は友雅を自身の胸へ抱き寄せた。
「?」
 細身の男に抱き寄せられ、友雅は不思議な感覚を抱き、柄にもなく肩に力を入れた。
「少しの辛抱だ」
 と言った泰明の両腕の力が強まる。
「何だか変な気分だ。こうしていれば終わるのか?」
 泰明に抱きかかえられた友雅は、今正に命が消えうせようとしている者とは思えない程の口調であった。
「無駄口をたたくなと言っただろ」
 泰明の友雅を抱く腕は更に強まり、声を荒立てる。
「これはこれは、陰陽師殿の気を荒らしてしまいましたね。申し訳ございません」
 友雅はようやく口を閉ざした。
「ソレ神ハ万物ニ妙ニシテ変化ニ通ズル者也。天道を立テ、是ヲ陰陽ト曰フ」
 友雅は自身の身体と意識が離れつつあるこの時、不思議な感覚を知った。
 何とか細い、この腕にこれほどの力があるとは!
 そして友雅が理解できない、言の葉。
 陰陽師という特殊な体質に受継がれた、その技。
 だが我を抱きかかえる、このか細き腕は何と力強いのだろう?
 心静まる泰明の言葉を耳にしながら、友雅はふとそう思う。
 羽二重のように肌に心地よい、さらさらとした髪に踊る水滴。庭の滝で身を清めた泰明の細い腕は微かに冷たい。
「ドコダ? スガタヲアラワセヨ!」
 友雅の脳裏に邪悪な影が舞い降りる。
 友雅を抱く泰明の腕が更に強まる。
「神ニアラザレバ知ル事ナシ……」
 泰明の腕の中で邪気と葛藤している友雅は僅かに首を振った。
「スガタヲ、現シタナ」
「んっ」
 友雅は意識を手放しつつ、苦しみの声を発した。最早時間はない。友雅の身体は完全に生霊に乗っ取られようとしている。
 朦朧とした意識の中、友雅は聞きなれない言葉をいくつも聞いた。
 友雅は時折意識を手放しつつあった。それを悟った天才陰陽師、泰明は腕の力を強め、邪気を祓う。
 力強い泰明の濡れた髪の馨(かぐわ)しさに、友雅は完全に意識を失った。
「急々如律令」
 意識を手放した友雅の身体は、泰明の腕の中で力なく四肢が下がった。
 泰明は腕に更なる力を込めて呪文なるものを唱える。
「呪符退魔!」
 友雅はゆっくりと意識を取り戻す。
「放った者の元へ帰るがいい」
 泰明は呪いの形を白い手で追い祓った。
「呪詛をはね返した」
「私に呪詛をかけた者が死ぬというのに、何と冷たいのだね?」
 友雅の問いに泰明は表情一つ変える事なく静かに口を開いた。
「おかしな事を言うな。お前の命が危うかったというのに。陰陽道では呪詛が破られれば己に返ってくる。呪詛を放った者は自業自得だ」
 泰明は冷たいというより、何の感情を表していないのだと友雅は思った。
「なるほど…。泰明殿、今宵はありがとう」
「礼には及ばん。失礼する」
 泰明が寝所を後にすると、変わって鷹通がやってきた。
「友雅殿、お側へ伺っても宜しいでしょうか?」
「入っておいで」
「失礼いたします」
 礼儀正しく御簾内に入って来た鷹通は、心配そうな表情を浮かべて友雅を伺った。
「もう大丈夫だよ、心配をかけたね」
 普段の友雅に戻った事に鷹通は安堵した。
「それは良かった。それにしても、あの陰陽師は何とも不躾な方ですね」
「そうかい?」
 友雅の答えに鷹通は怪訝な瞳を向ける。
「清涼殿の退屈な貴族よりは、なかなか面白い男だと思う。私はあの陰陽師に興味を持ったよ」
「友雅殿!」
 鷹通の困惑した表情に友雅は微笑する。
「退屈な日々に楽しみができたかもね」
「貴方という方は…」
 鷹通はおきまりのように呆れた表情をつくった。
「心配をかけたね。今日はありがとう」
「いえ。どうやらいつもの友雅殿に戻られたようですし、私はこれで失礼いたします」
 鷹通が去ると、友雅は寝所から起き上がり、夜具の上に重ねを羽織った。
 寝所を出てみると、ぼんやりとした月が優しい光で友雅に降り注いだ。
「今宵も、朧月…か」
 友雅は柱に寄りかかり、顔には微かな微笑を浮かべた。
「安倍泰明。なかなか面白い男と出逢ったものだ」


あとがき

ゲームをやる前は友雅に萌え萌えでしたが
途中から泰明が気になって気になって。
そこで、泰明と友雅二人に絞って想う心と信じる心を上げまくり。
ラスト泰明がきてくれて、貴方に着いて行くわ!
なんて思う始末(^_^; アハハ…
と前置きはさておき…。
そういう訳で、泰明と友雅のカップリング。
この話では泰明が友雅を抱きしめてますが、
呪詛を祓うという特別なシーンなので、そうなってます。
あくまでも、私は友雅×泰明です。
さて、この呪詛を祓うシーンはコミックで、
あかねが泰明に抱きしめられて御払いをしたシーンです。
ちょっとそれをパクリました(^_^; 
だって、友雅と泰明に、あのシーンをどうしてもやって欲しかったんだもん♪

2001.9.17 ルイマリー・ヨゼフィーネ・ダイム

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