ボクの日記

 シャーカーン統治のファティマ城に捕らわれていた僕を若と若のお友達フェイが助けてくれて、

それ以来ボクは若と過ごす時間が以前よりも少し長くなっていた。

 ボクは少しでも若と一緒に過ごせるのが望みだったから、とても嬉しかった。

 でも、若の近くにいればいるほど、ボクの知らない若に気付いた。

 ボクをニサンに送り届けてくれる道中、ユグドラシルの乗組員達の噂を耳にする。

「若様と副官のシグルド様は本当に仲が良いですなぁ」

「お二人は何やらよく真夜中までご一緒だとか…」

「君主と忠実な臣下…いえ、それ以上の関係ですな」

 そんな事を聞いたもんだからボクはその夜眠れなかった。

 どういう訳か何やらとてつもない不安を伴う悪夢を見たと思う。

暗闇の中で異常な喉の 渇きに目が覚めた。

 冷たくフレッシュなジュースが飲みたいと思って、

ガンルームの爺のカウンターの冷蔵 庫をこっそりと漁りに行く(爺ごめんね)。

 あった、あった! うーん、よく冷えてるぅーー!

 ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ!

 はぁ…生き返ったようだ。

 その時、ガンルームに入って来た人の気配を感じる。

「!?」

 誰? ガンルームは薄暗い省エネ用の明かりが灯っているだけで、

ドア前に立つ人達は 影になっていた。

 人影が薄暗い灯りの元へ立った時、ようやく、その影が若とシグだとわかる。

 どうしたんだろう? こんな真夜中に…

 ボクは二人に見えないようにカウンターの影に隠れ、カウンター越しに二人を盗み見し ていた。

「シグ、ここなら安心か?」

「はいっ! 多分…しかし、若、声を出してはいけません」

 !? ア、アヤシイ………!!

 そう言いながらシグは会議用のテーブルに腰を落とし、若はシグの前の椅子に腰掛ける。

 そして次の瞬間、シグの影が少し低い位置にいる若の影に覆い被さる。

「!?」

 暗闇に慣れたボクはよく見ると、シグが何やら、若の耳元で内緒話をしている様子。

 シ、シグ! 何してるの!!

 カタンッ!

 あっ! ボクは動揺して思わず、冷蔵庫に足を躓かせた。

「姿を現せたな、シャーカーンのスパイネズミども! 

俺達の密談囮作戦にまんまと引っ 掛かったな。さぁ、観念して出てきやがれ!」

 そう言った若はガンルームの灯りのスイッチを押した。明るくなっては最早姿の隠しよ うがない。

「! 何だ、マルーお前かよ。紛らわしいなぁ。お前こんな夜中にここで何していたんだ?」

 若に見つかってしまったようだ。

「何だかものすごく喉が渇いて目が覚めたの。

それで爺のバーに何か飲み物はないかなぁ …と思って」

「ったく、紛らわしいなぁ。いいかぁ、俺とシグはスパイを捉えるべく、これは囮作戦だ ったんだ」

 そうだったんだ。つい誤解してしまったよ。だってシグったら妖しいんだもん。

つい若 にキスでもしようとしていたのかって思ったよ。

「あ、そうだったんだ。ごめんね、邪魔しちゃって」

「マルー様。そのようなご用件なら、このシグルドに申し付け下さればお部屋にお届しま したのに」

 シグの心遣いはありがたいけど…

「でも、シグは若の事で頭が一杯だから、ボクが余計な注文をつけちゃったら、困るでし ょう?」

 何で、どうしてこんな事言ったんだろう? これじゃ、まるでシグに対しての嫌味じゃ ないか!。

「マルー様!」

 ほんの少し傷ついたシグのトパーズブルーの瞳に堪えられなくなった。

「……お休み、若……シグ」

 ボクは居たたまれなくて部屋へと走っていった。

 ニサンに着くとゆっくりしている間もなく若達はアヴェ奪還に向けての作戦を連日練っ ていた。

 どうやら、若はシグからゲブラー、ソラリスの話、

昔シグと先生があのラムサスと行動 を共にしていた事等、衝撃の事実を聞かされたようだ。

「シグにあんな過去があったなんて…もっと早く話してくれても良かったのに…シグの 奴」

 町の橋の上から若の声が聞こえてくる。咄嗟にボクは物陰に隠れる。シタン先生と若だ。

何をやってるんだか…近頃のボクは若の後をつけてこんな行動ばっか…。

「…シグルドは彼なりの考えで、あなたに打ち明けなかったんだと思いますよ。

まずはイグニス大陸の問題を片付けた後の、次の段階として考えていたのではないでしょうか?」

「まるであいつと気持ちが通じ合っているみたいな言い方だな」

 どうも若はシグの事となるとムキになっていると思う。

「まぁ、確かに…短い付き合いではありませんからね。

多分シグルドは若君の事を考えて まだ話さなかったのでしょう」

「と言うと?」

「彼は貴方の事を何よりも第一に考えている人ですよ。

私は彼がソラリスを脱出した本当の理由をよく知ってますからね。

シャーカーンに捕らわれていた貴方とマルーさんを救わ なければという…」

 ふーん、そうだったんだ。

それにしてもシグは元々、若…王太子付きの近衛兵士官だったって聞いたけど。

それにシグがいなくなった(つまりソラリスに拉致された)時は、若 はまだ僅か2歳、

そんな赤ん坊の若に何でそこまで思い入れがあったんだろう? 

いくら 忠実な臣下だったとは言え…シグって変なヤツ…。

 アヴェ奪回に向けてニサン出発の朝。

いよいよだと思うとボクも眠れなかったから朝早 く若の部屋を訪ねてみる。

「若…入ってもいい?」

「おぅ…マルーか。早ぇーな」

「うん、何だか眠れなくて」

 若は椅子に座っていた。その若の後ろにシグが立っていて若の髪の毛をブラッシングしている。

慣れた手つきだ。そう、ボクは若が朝の支度をしているのを初めて見たんだと思う。

いつもこうしてシグに髪を梳かしてもらって編んでもらっていたんだ。

ボクは若のあ の綺麗な髪を触った事もないのに。

「おいっ、どうしたんだ、突っ立ってないでこっちへ来いよ」

「若ったら、自分で髪も編めないんだ…。

若はシグがいないとなーんにも出来ないんだね。

シグがいないと生きていけないんじゃないのぉー。シグをお嫁さんに貰うしかないね」

「っ!…お前なぁ…俺に喧嘩売ってんのかぁ? 朝早くからわざわざそんな事言いに来たのか よ」

 あっ、ボク何言ってるんだろう。うんう、そんな事言いに来たんじゃないのに。

「…ごめん。若、頑張ってね! ただそれを言いに来たの」

「おぅ!」

 ボクは部屋を出ようとして、思い出したように立ち止まる。

「今度会う時は“若”って呼べないね。“陛下”……かな?」

「やめてくれよ、“若”でいいよ。“大教母様”」

「もう、その呼び方は嫌いなの」

「ははは! んじゃ、頑張ってくるからよ。マルーは心配しないで待っててくれ」

「うん! 頑張ってね!」

 あれから随分と経った。失敗したんだよね、実は…。

でもこうして若とそして皆と無事 に再会できただけでもボクは幸せに思う。

 そう、いろいろあったけど、ユグドラシルは海の男と言うタムズの艦長のお言葉に甘えて、

タムズに艦ごと停泊していた。

 それに、若がニサンは危ないからって、ボクを連れてきてくれたんだ。

アヴェ奪還は失敗していろいろあったけど、ボクは今若と少しでも一緒にいられる事が幸せだった。

例え 若の全てを知らなくても。

若と同じ…艦の空気を吸っているだけでも幸せを感じていたの かもしれない。

「フェイ! ちょっといい?」

 ボクの部屋の前を暇そうに歩いているフェイを呼び止める。

「!?」

 怪訝そうなフェイだったけど、ボクは強引にフェイをボクの部屋に連れてくる。

「お、おいっ! マルーちゃん?」

「いいから、座って! フェイ、どうせ暇してたんでしょう?」

「暇してたって…」

「そんなに手間を取らせないから。ちょと髪の毛を貸して」

 フェイが反論するよりも早くボクはフェイの一つに縛った長い髪の毛を解いた。

「!?」またもやフェイが驚く。

 ボクは構わず、フェイのダークブラウンの髪の毛…

若よりちょっと多そうで長かったが、 その髪を無造作にブラッシングする。

「マ、マルーちゃん!?」

「フェイは黙ってて。ボク練習したいんだ。

でもボクの髪の毛短いから…ね、お願い、フ ェイの髪の毛少し貸して」

「!?」

 鈍いフェイはまだ怪訝そうな表情。ボクは構わず、フェイの髪にブラッシングを続ける。

 ガリッ!

「! いっ、いてぇーよ!」

 あっ! しまった。手に力が入りすぎる。ブラシを見ると長いフェイの髪の毛が数本絡 まっていた。

「あ、ごめん! もう少しで終わるから、フェイは大人しく待ってて!」

 やっとの思いでフェイの長い長い髪の毛を梳かした後、

あの日見たシグの手つきと同じ ように真似て、フェイの髪の毛を編む。

 編む…あ…む………・

「で、できない…!」

「………」すでに無言のフェイ。

 ボクは夢中でフェイの髪の毛を弄くりまわした。

 何度やってもシグが手際良くやる、それのように上手く編み込めない…。

ボクは無心に 何度も何度も試していた。

 ふと気が付くとフェイは時折「いてっ」と言う言葉を発しながらも、

黙ってボクの実験 台になってくれていた。

「…ご、ごめん、フェイ……ボク…つい…」

「あぁ、いいよ…どうせ俺、今、暇だからさっ。俺でよければいつでも練習台になってあ げるよ」

 フェイに改めてそう言われるとボクの意図を読まれた気がして妙に恥ずかしくなった。

 それでもボクはフェイの髪の毛で三つ編みを練習する日が続く。

 フェイがラムサスによって痛手を負い昏睡した時は、シタン先生が変わりをしてくれた。

 先生は何においても器用だった。不器用なボクに優しく編み方を教えてくれたりもした んだ。

 ボク達の束の間の平和も終わる。もう世界はイグニスエリアだけの問題ではなくなっていた。

新たなるソラリスという大敵を前にファティマの碧玉の至宝をついに使うべき時が やってきた。

 若のご先祖様がニサンの霊廟の奥に封印したと言われる伝説のギア・バーラー。

しかしそれを手に入れるのは、碧玉が欠かせないキーワードとなる。

そう、その昔シャーカーンが若に酷い拷問を与えてまで聞き出したかった秘密。

初代ファティマの国王は辛うじて世界を救ったその恐るべき

ギア・バーラーを守り神にすべく封印したが、

その封印を解くためにファティマの純粋な血を引く者の網膜パターンを登録していた。

ファティマ家に伝わ る至宝…そう、シャーカーンなんかが知る由もないほどの秘法なのだ。

 若を筆頭にニサンの大霊廟の奥を目指す計画。

今回だけはボクもその一向に動向する事 を強く要請した。

 当初若は、やはり反対したが、ボクの真摯な訴えに、ある理由を前に観念する。

 若の碧玉は、片方しかないのだ。逃れようのない事実。もしかしたら、

二つの瞳でなく てはダメかもしれない…。若は軽く舌打ちをしたが、

「……わかった。だが、いつも俺の後ろについていろよ」

 と言って、ボクを動向する決心をした、いや、せざるを得なかったと言おうか。

 そして碧玉のロックはやはり二つであった。ボクと若は並んでそのロックの前に瞳を翳(かざ)す。

するとロックが解除されるのだ。ボクはロックの解除の驚きよりも、

若と頬 がくっつきそうなくらい顔を近づける事に緊張していた。

 しかし、あと一歩というところでシャーカーンに待ち伏せを食らう。

ボクは若の悔しそうな顔を見たと同時に無心に走り出した。あのギア・バーラーの元へ。

「マルー! マルー!!」

 若のボクを呼ぶ声がする。

 ボクは若の声で意識が戻る。

「お前っ! 何て無茶を! このままお前の意識が戻らなければどうしようかって思った ぜ」

 ボクは若の腕の中にいた。

「ごめんなさい…。でも、でも、ボク若の力になりたくて。少しでも若のためにって。

そ の為なら命も惜しくなかったよ、うんう…そんな事すら考えなかった。

ただ無意識のうち にギアを守らなければって!」

「マルー、お前…! ありがとよ。お前がいなければどうなっていたことか…。

感謝する ぜ。だが、もう二度と俺に心配させんなよ」

 うん、うん、若! 若のそんな言葉を聞きながら、若の瞳を見詰めているとボク、照ち ゃうよ。

 無事ギア・バーラーを入手し、シャーカーンも倒した。そしてアヴェは若の意志の元に 共和国へと。

 ずっと疑問に思っていた事。ボクが一人で暴走してギア・バーラーのところへ行った後、

一つしかない若の碧玉でどうやってボクの元まで来れたのか…。

ボクがしつこく聞くと若 は答えてくれた。

「マルーも気付いたかもしれないが…、シグがいたおかげでロックを解く事ができた。

シグの片方の瞳と俺のもう片方の瞳。

あの時は必死だったから気付かなかったけど、冷静になった時に解ったんだ。

親父の遺言とロック解除の事。そう、俺のたった一人の兄貴だったんだよ。

と言う事はだな、お前にとってもシグは従兄にあたるわけさ。だから、もうシ グに冷たくあたんなよ」

 そうだったんだ、だからシグはあんなにも若の事を…若一筋だったんだ。バカだなボク。

変な事想像しちゃって。シグが妖しいだなんて……。

ごめんねシグ。シグにとっては唯一 の大切な弟だったんだね、若は。

 今まで危険な戦いに出動する若の事を何も出来ないボクは

ただ笑顔で何度見送 った事か…。

 その度に若が無事に帰ってきますように…そう祈るだけのボクだった。

 そして今日、若達はいよいよ、真の自由を勝ち取る為に最終決戦へと挑む。

これまで以 上に危険な戦いに違いない。

 ボクはまだ月が白く空が濃い紫色の夜明けと共に若の部屋を訪れた。

 ボクの気持ちを汲んでくれたシグはボクに若の着替えを朝方、

若の部屋へ届けるよう昨 夜用意してくれた。

「若、起きてるぅ? 入ってもいいかな?」

「マルーか? やけに早いな」

 若は起きたばかりのようで、解(ほど)けたボサボサの髪にパジャマ姿だった。

そんな 若を見ると妙にいつもの若よりガキっぽく見える。

「どうした、マルー?!」

「今日はシグに変わって、ボクが若の支度のお手伝いをするよ。

はい、これ着替え。ボク 後ろ向いてるから、まずは着替えて」

 若の着替えている姿を見たいのはやまやまだったけど、

まだボクには恥ずかしかたから、 若に背中を向けた。

 若は言われるがままに着替えを済ます。

「おぅ、着替え終わったぜ。もしかして髪も編んでくれるのか?」

「当たり前よっ! さぁ、座って」

「大丈夫かぁ…。お前に編めるのかぁ…」

「もうっ、からかわないで! 大丈夫だからっ」

 ボクはフェイと先生を実験台に何度も練習した成果を本番で発揮する。

 若の髪の毛に負担が掛からないように丁寧にブラシで梳く。

 そして指で若のブロンドの髪の毛を引っ張らぬよう最善の注意を払って編み込んでい く。

 それを紐で縛った後、ボクは自分の髪の毛を縛っているエメラルドグリーンのリボンを

解いてそれを二つに裂いた。

 その裂いた一つを若の三つ編みの先端に結び付けた。

「できたよ!」

「ありがとよ、マルー。フェイや先生から聞いたぜ。俺の為に一生懸命三つ編みの練習を したってな」

 ボクの顔は火山が爆発しそうなくらい赤くなっていたと思う。

「バ、バレていたんだ。もうっ! フェイも先生も意地悪だな。若にはナイショにって約 束したのに」

「ははは…。でも上出来だぜ! マルー」 

 若の屈託のない笑顔を見てボクは急に不安になる。

「……若…死ぬんじゃないぞ! 絶対だぞ!!」

「当ったり前じゃねぇか! 俺は死なねぇ! 変な事言うんじゃねぇよ!」

「ゴメン…。そうだよね。きっと帰ってくるよね。ボクは若の無事を祈るしか出来ないか ら」

「きっと無事に帰ってくる! 

お前が結んでくれたこのリボンがお前と常に一緒に戦っていると思わせてくれるぜっ! 

俺は絶対帰ってくる! マルーが待っているからな!」

 そう言った若はボクの額にキスしてくれた。

 ありがとう、若! そして行ってらしゃい!

 ボクは若達が無事に帰ってこれるよう、 ボクの心の中の神に祈っているよ。

 無事に帰ってきた若の笑顔を再び見るまで……

                                 


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