工業技術院に仕事の関係で行った時におもしろい論文をもらってきました。
CO
問題の研究の一つで珊瑚礁がどの程度炭酸ガスを吸収できる能力が有るかと言う研究です
「モデル珊瑚礁におけるCO
循環機構に関する研究」 1997山室真澄 茅根創 著

以下、内容のサンゴ飼育に関係しそうなところだけの抜粋です。

T.珊瑚礁における炭素循環

1.褐虫藻とサンゴの関係
 珊瑚礁の単位生産速度は熱帯雨林のそれよりも高い。その生産のうちサンゴによる純生産は褐虫藻によって行われている

褐虫藻の光合成によって作られるものはジャンクフード(単純な栄養物、グリセリン、脂質)でそのうち90%をサンゴに召上げられて、
褐虫藻は生かさず殺さずという状態に完全に制御されているそうです。(残りの9.9%を呼吸 0.1%を褐虫藻自身の成長に使う)

その90%のジャンクフードをサンゴがもらうわけですがそのうち46%をサンゴが呼吸 1%を体を作るために消費し残りの53%を体外に放出するそうです。
これがサンゴの出す粘液のもとです。さらに、これが珊瑚礁全体のエネルギー源としても貢献しているそうです。

2.サンゴの粘液
 主に以下の目的であろうとされている 1.上記有り余った炭素の放出 2.粘液を用いた摂食 3.鉱物粒子の除去
これは、特に飢餓状態のサンゴにとって致命的な影響を及ぼすそうです(サンゴは砂ほこりが嫌いみたいです)

3.石灰化と光合成
 簡単に言うと、サンゴ体内の褐虫藻の活発な光合成の結果CO2が消費され体内のpHが上昇し炭酸カルシウムが生成されると言うしくみだそうです。
光合成による炭酸ガスの消費は、石灰化による炭酸ガスの発生の10倍の量が有るそうなので、生産物の1/10以上が消費されずに何らかの形で蓄積されれば珊瑚礁は炭酸ガスの吸収源と言えるそうです。

4.珊瑚礁でのpH と 炭酸ガス分圧
実測例
外洋のpH=8.3前後を変動する日中8.4夜8.2でサンゴの光合成による炭酸ガス消費、呼吸による発生で変動しているそうです。(水槽と同じですね!!)
pHとアルカリ度から炭酸ガス分圧を計算すると大気中より常に低くなっており、空気中の炭酸ガスの吸収をつねに行っている事がわかるそうです。

U.珊瑚礁における窒素循環

1.窒素と燐は?
 膨大なジャンクフードは褐虫藻よりもらっているが生命活動に必要な窒素と燐はどうしているか?
補給はプランクトンなどの摂食により補っているそうです。プランクトンは主に外洋水から供給されるそうです。
外洋水は珊瑚礁の壁にぶつかって、20〜80%のプランクトンが効率的に濾し取られるそうです。

窒素に関しては、外洋から窒素固定能力のあるバクテリアやラン藻によりサンゴに供給されるそうです。
さらに珊瑚礁内で循環した後、溶存態の形(DON)で外洋に多量に漏れ出しているそうです。

2.サンゴの代謝に伴う窒素の放出
呼吸:無機態窒素(O/N)比の測定

褐虫藻をもつサンゴ O/N=460〜1200
褐虫藻をもたないサンゴ O/N=28
温帯サンゴ O/N=8

褐虫藻をもつサンゴがアンモニアの放出が極めて少ないのは褐虫藻がそのアンモニアを取り込んでいるからだそうです
これはさらにサンゴの代謝を効率的に行える効果も有るそうです。

つまり前項とあわせて言うと

「褐虫藻は90%年貢(ジャンクフード)を取り上げられて、御褒美として宿主のおしっこを飲まされている」
と言う事になります。なんか可哀相になりますね。

3.サンゴのC,Nの収支
250gのサンゴの年間のC、N収支の測定

<<摂取>>
捕食(バクテリア、浮遊物) C= 1.6g( 9%) N= 0.5g(70%)
褐虫藻の光合成より     C=16.4g(91%) N= 0    ( 0%)
海水中の溶存態を吸収    C= 0   ( 0%) N= 0.2%(30%)

<<放出>>
呼吸 C=11.5g(64%) N= 0    ( 0%)
粘液 C= 3.0g(17%) N= 0.35(50%)
成長 C= 2.1g(12%) N= 0.3g(40%)

これは面白いデーターで

7割の窒素をサンゴは捕食によって得ている
3割の窒素を溶け込んだ窒素(アンモニアや硝酸)から得ている
9割の炭素を褐虫藻より得ている

窒素の約半分を粘液で放出している、粘液中の窒素の割合が非常に高い事もわかる。

これは自然のサンゴのとって有り余る浮遊物(バクテリアなど)の捕食により、窒素は十分すぎる供給がされており、
粘液で放出しても何ら問題が無い事がわかります。

4.褐虫藻と窒素
サンゴにとっての窒素はふんだんにある状態ですが褐虫藻にとってはどうでしょうか?

現場海水に、
1)アンモニア0.1mM
2)アンモニア0.1mM、燐酸塩0.01mM
3)アルテミアのノープリウス幼生
4)無添加

の実験を行い、以下の比較を行ったそうです

褐虫藻の体重:褐虫藻の数:光合成の量
1) 4.25pg : 1650個 : 0.134
2) 4.34pg : 2910個 : 0.135
3) 2.22pg : 1520個 : 1.120
4) 3.00pg :  600個 : 0.085

これも面白いデーターです
窒素(アンモニア)を供給してやると褐虫藻が丸々と太り数も数倍に増えます
微生物の形で供給してやると太らないで数だけ増えて光合成が活発になります。
これは自然界では褐虫藻に栄養が行かない様にサンゴがコントロールして必要以上に褐虫藻が増えない様にしている様子が分かります。

5.珊瑚礁全体の収支
サンゴが捕食によりほとんどの窒素をまかなっている事は前項で述べましたが、では何を捕食しているのか?
窒素の由来を調べたデーターが有ります。
外洋からのバクテリア  0.1g /m
/日
環礁内の藍藻による固定 0.23g/m
/日
外洋への流出      0.27g/m
/日
環礁内でもかなりの窒素固定が藍藻によってなされておりそれを捕食しているようである。

6.窒素同位体による由来の推定

<前提>
・δ
15N(窒素の同位体)は大気中では0パーミルに近く、窒素固定生物中(植物プランクトン)のδ15Nは0パーミルに近い
・食物連鎖を経る毎にδ
15Nは2〜4パーミル増加する(動物プランクトンはδ15Nの割合が高い)
珊瑚体中のδ
15Nの割合が多ければ、珊瑚は動物プランクトンを主に捕食していることになる。
珊瑚体中のδ
15Nの割合が少なければ、珊瑚は植物プランクトンを主に捕食していることになる。

<実際の測定結果> 石垣とパラオで測定し差はほとんど無し
・珊瑚礁内の動物プランクトンδ
15N=5〜8パーミル
・サンゴの体の δ
15N=4〜5パーミル

意外に動物プランクトンより低いδ
15Nを示し窒素固定生物(植物プランクトン)の摂取の方が多い事がわかった

W.珊瑚礁における燐の循環

1.CNP比
海洋の植物プランクトンの平均値 C:N:P=106:16:1
珊瑚礁内の低生藻類       C:N:P=600:30:1
燐の割合が非常に少なく、窒素のように空気からの固定でふんだんに供給されない燐が無くても生命維持できるように進化してきている様子がわかる。

2.サンゴの燐の込み速度の測定(32P同位体使用)
光の影響が有り、褐虫藻の光合成による1次生産にともなう燐の吸収がわかる。

3.石灰化の阻害
燐が非常に少ない環境で適応した結果、燐が多い環境では障害が出る10μM以上で石灰化を阻害する−>0.3ppmくらい

4.燐の供給
以下のさまざまな供給源が考えられる
(1)外洋水のプランクトン
(2)栄養塩濃度の高い深海水の湧昇
(3)珊瑚礁の間隙水(堆積物から溶け出す)
(4)地下水からの供給
(5)河川からの供給
(6)海鳥の糞
以上色々有るが
燐の循環は珊瑚礁内でかなり閉じた系になっているようである。
つまり無機態燐はサンゴの骨格に吸着されさらにそれを低生微細藻類が利用しサンゴに循環する。
以上燐に関しては、あまり研究が進んでいないようです。

X.その他の制限因子
窒素は十分にある、燐もそこそこ効率的に循環している、それでは珊瑚礁における珊瑚の成長の制限因子になっているのは何か?
これは鉄とマンガンだそうです。鉄は水酸化物となって沈殿し海水中にほとんど無い状態で珊瑚礁における珊瑚は鉄欠乏状態が示す

これは水槽の中も同じで、鉄、ヨウ素、など1日でほぼ0の状態になってしまうそうです。
ストロンチウムは? このあたりはアキリンさんのHPに詳しく述べられています。


まとめ
以上をまとめると水槽の中の現象が良く説明できます。

  1. サンゴが茶色になるのは硝酸や燐が溶存態でサンゴ体内の褐虫藻に供給されて褐虫藻がサンゴのコントロールを外れて増殖しているから
    きれいな色のサンゴは、サンゴ自身によってコントロールされた貧栄養状態の褐虫藻がまばらにある状態で、珊瑚自身の色素が表に見える状態で
    褐虫藻に栄養が供給される(数ppmで十分)と、雑草のように褐虫藻が繁茂し、茶色になってしまう。
  2. 青色の光で退色を防ぐ事が出来るのは、太陽光のような全スペクトルを照射すると、褐虫藻が雑草のように繁殖してしまうが、
    一見光合成に不利な単一青の光源で(クロロフィルは赤と青が吸収帯)雑草(褐虫藻)の繁茂が抑制されて、きれいな色(サンゴ自身の色素)
  3. ベルリンでソフトコーラルが消えてなくなってしまうのは貧栄養価がすすみ、高性能FFで浮遊栄養物も無い状態で比較的窒素の量を多く必要とするソフトコーラルが飢餓状態に陥るため。
  4. SPSが粘液を出すと危ないのは溶存態窒素もバクテリアも少ないベルリンでは、窒素を多く含む 粘液を出すと致命的な飢餓状態になってしまうから。
    とくに病原性の細菌や虫に取り付かれて、それを排除しようと粘液を出している場合、致死的な現象と言える

ベルリン、モナコ(Plenum)の行きつく先は

  1. NNRが機能して常に無機的な貧栄養状態が維持できるようになったらFFは停めてプランクトンの繁殖をしサンゴに捕食させる
    (FFは効率的にプランクトンを取り除いてしまうので)

    最近デルビークさんに聞いた話で、ベルリンの始祖ピーターウィルキンスさんのベルリン水槽はFFを止めてプランクトンを増やし、
    サンゴに捕食させるようにしているそうです。私の考えは正しかったと感じました。

  2. 超高性能なFF(DDFFのようなもの)をがんがん効かせて溶存状態の窒素を0.数ppm 燐を0.0数ppm以下に保ちつつ
    懸濁状の栄養物(褐虫藻にとどかない)ものをがんがん供給する。

両極端な行き先が有るように思います。


珊瑚礁学会

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