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―――ただ悪手を、それだけを
和谷は窓を開け放つと、いい風が入ってきた。昼は残暑でまだまだ暑いが、夜はもう初秋を告げている。下の小さな庭からチロチロと虫の音が響いた。
窓枠に座り込んで涼しい風に当たりながら、雑誌を開く。
「・・・は?。」
夜も深くなって11時を回っているというのに、こちらへと歩いてくる彼が街灯の下に見えた。
雑誌に目を落とした。
「・・・プロ試験は・・・・明後日・・・と。」
もう一度外を眺める。呆れというか半ば唖然としてしまう。
アパートの前まで来て、その手を呑気に振るのだ。
「ああ、もう・・・よく来るよ。」
和谷は引きつった顔面を押さえた。
「悪いね。あ、今日は誰も来てないんだ。」
「基本は土曜。院生の皆も試験前で来ないしな。」
あんたにも言えることだけどなと指差す。
伊角は笑ってその指先にコンビニの袋を引っ掛ける。
「夕飯、俺先生んちで食べてきたけど、伊角さんは?。」
「九星会の皆と食べてきたから大丈夫。」
袋の中身はおにぎりとインスタントの味噌汁と、スナック菓子、ジュースが突っ込まれていた。
ペットボトルを袋から取り出して、あとはテーブルに載せる。
部屋の半分を布団が占めているので、とりあえず土間の方に伊角はカバンを置いた。
「電車はあったけどさ。あんまり遅くに帰ると教育上弟どもに悪いだろ。」
「朝帰りも大して変わらないような・・・。」
むしろ悪い・・・言うことやることげんなりである。
その辺を片付ける。
「一局打つ?。」
「いやいいよ、もう寝るところだったんだろ。」
伊角はそう言って、さっき和谷が座っていた窓辺を覗き込む。
「・・・・あのさあ伊角さん。」
和谷はぱちんと電気を消した。
「・・・。」
伊角は窓に座ってその声を振り返る。
「こういうタイミングってホントダメって言ったよね。」
言いながらとんと伊角の膝の上に乗った。
「でもさ、伊角さんは試験前。俺が言いたいことは早く寝ろ。夜型だと昼、目覚めねぇぞ。・・・。」
まくしたてる和谷の肩にとんと額をつける。
「あのさ・・伊角さん。聞いてる?、人の話。」
「・・・和谷のことが好きだよ。」
「・・・俺だって伊角さんが好きだよ。」
すぐ言葉を返された。
「・・・。」
「本当に?。」
「・・・・・伊角さん。俺の想いを伊角さんが勝手に否定したりなんかしたら許さないからな。」
和谷の言葉を冷めた心が応答する。
そうかな、弟達が言っていたような好きと同じとか。
「・・・。」
「今・・否定しただろ。」
「あ、ばれた?。」
憮然とする和谷に、顔を上げて苦笑いを返した。俺の気持ちを言い当てるのは和谷ぐらいだろう。
すごく心地いい。
「・・・伊角さん?。」
和谷は表情を改めた。
どんな顔を俺はしてるのだろう。心配そうに顔を覗きこまれた。
和谷を見つめ返す。
弟みたいだと思うには、俺は少し和谷に甘えすぎている。
「気、張り過ぎてるだけ。なんでかな碁盤に向かってるときは全然平気なんだけどさ。」
「ならいいけどよ。」
「集まりもほどほどにしないとね。」
「・・・。」
いい風が入ってくる。
屈まれて和谷の唇がとんと間合いを計るように軽く触れ、少し離れて、また触れられた。
この距離を安堵させてくれる柔らかい感触。
どれぐらいぶりだろ・・。
「・・・・あれ。」
「・・なに?。」
「なんか・・・久しぶりだったっけ。」
「・・・数えたくもないくらいなっ。」
「・・・10・・。っ。」
和谷はその肩を抱いて布団まで押し倒す。
「・・・1年っ。」
「そりゃ・・大変だったね。間、どうしてた?。」
気づかなかった自分の浅はかさに少々視線を泳がせる。
「・・・・聞くなよっ。・・・もう。」
「・・・。」
怒ったけれど、真顔に戻って、視線が合う。
「もう、なんか言うの無粋だ。」
唇が重なり合う。
傷つかないように、
まだ、ただ。
囲われて奪われるまで。
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