「東京の某所にキノコレストランがある」そんな噂を耳にしたのはニ、三ヶ月前のことでした。こーゆー商売に手を染めていると、蛇の道は蛇というわけでロクでもない情報がたくさん入ってくるんですが、さすがにこれはいくらなんでもという感じで、あんまり本気にはしてませんでした。バリじゃないんだから。ところが、つい先日、かなり詳細な場所を聞く機会がありまして、これはどーもホントらしい。ので、友人の失業者を連れて行ってみました。
僕らはどちらかと言えば下町の、私鉄沿線の某駅へと向かいました。駅前というか駅裏というか、よくある飲み屋街の中に目指すキノコレストランがあるらしいのですが、ここはホントにオッサンが焼酎あおってクダまいてるよーな平凡な飲み屋街。違う意味で怪しいですが、どーもキノコっぽいニオイはしません。「ホントにあんのか?」少し不安になりましたが、一応、聞いた通りの場所を探してみます。細い路地を右に左にへろへろ歩くと、あっさりみつかりました。
はっきりいってキノコレストランじゃあなくて、キノコバー、いや、キノコ呑み屋ですね。「いや、まさかこことはって思うよ、きっと」と聞いてはいましたが、いざ目の前にしてみると、いくらなんでもここじゃねえだろ。と思いましたよ。でも店名(写真では消してありますが)と場所は合ってます。まあ、二人とも酒は嫌いじゃないとゆーか、キノコより好きなので、最悪一杯やって帰ればいいかということで、入りました。
まだ時間が早かったこともあり、他に客はいませんでした。カウンターには五十過ぎくらいのママさん。有線の演歌が流れ、メニューもししゃもとか、揚げだし豆腐なんかの普通の一杯呑み屋のものです。こりゃあ、いよいよ何も知らなけりゃタダの呑み屋。でも、僕らはキノコ料理の頼み方を聞いてました。それだけが命綱ですよ。が、いきなりそんなもの頼む度胸はないんでとりあえずビールと、普通のつまみを何品か頼みました。
二人でジョッキを二杯、三杯と重ねるうちに、気持ち良くなってきちゃってだんだんキノコなんてどーでもよくなってしまいました。友人は失業者だけあって最近荒れ気味で酔うとスグからんできます。言ってることも無茶苦茶で「時給四百円でいいからお前の店で雇え」とか、「嫌いじゃないなら俺を抱け」とかもういい加減相手にすんのもしんどいレベルです。そろそろキノコの出番でしょう。僕らとはあまり話さずに仕込みをやっていたママさんに声をかけました。「スイマセン、タイソバあります?」ママさんはちょっと笑って「お二つですか?」と返してきました。これは確かな手応え。そうです、ここではタイソバにキノコを入れてサーブしてくれるのです。キノコの話がホントにホントだったんで、僕はいきなり嬉しくなってしまい、さっきまでほとんど話さなかったママさんに色々聞いてみました。
「ちょっと聞いたんですけど、これってキノコ入りなんですよね?」
「あんまり言うのアレだけど、そうですよ」
「じゃあ、ママさんもキノコ食ったりすんですか?」
「いや、あたしはまさか。でも、変な酔っ払いよりおとなしくなっていいわね」
「何でこんなとこでっつーのも失礼な話しですけど、キノコ料理を?」
「あー、ここのオーナーの息子さん、て言っても四十過ぎなんだけど、その人が面白いからやってみろって。だから、この辺の仕込みなんかは息子さんが夕方来てやってくんですよ。なんだかんだ一日何杯かは出ますからね」
「普通のおじさんとかも食べたり?」
「お酒の方の常連さんはともかく、よく見える方はいますね。でも、礼儀正しい人が多いですよ」
うーん、すっかり興奮しちゃいましたよ。ごく普通にキノコソバがだされてて、それを普通のおっさんが食ってて、んで、黒幕のおっさんがいてという構図に。その黒幕に会いたかったですねえ。ちょうど僕らと入れ違いだったんでしょうね。友人もかなり心ひかれた様子で、僕にからむのもやめておとなしくなっちゃいました。
ママさんは僕と話しながらも手際良くソバを作ってくれ、五分も待たずに出てきました。パッと見た感じ、ごくまっとうな、旨そうなタイソバです。タイの屋台なんかでよくある、透明なスープのやつです。キノコは細かくして混ぜてあるみたいで、どこに入ってるかわかりませんでした。揚げニンニクが大量に乗っているので、あのキノコのニオイも全然気になりません。
一応、写真NGだったので、食いかけをこっそり激写です。
食ってみると、これがまたウマイ!キノコなんて別に入ってなくてもOKなウマさでした。ニンニク、パクチー、その他のハーブで完全にキノコ味が消えてます。僕は何回食ってもあの味が好きになれないんでこれはかなり感動モノでした。僕らがあんまりがっついて食うんで、ママさんが笑いながら
「おかわりする?」
と聞いてきましたが、それはさすがに遠慮しときました。これからどーなんのかまだわかんないんですから。
食後にとりとめのない話をダラダラしていると頭の芯がじーんとしてきました。友人も効いてきたようで僕を見てニヤニヤしてます。あーもうこうなると、演歌もすんげー気持ちイイ。固まって聞きいっちゃいます。ママさんの言う通り、僕らはすっかりおとなしい客になってしまいました。そんな僕らを見て、ママさんが意味ありげな笑顔で「こんなのもあるんだけど」と、カウンターの下から梅酒なんかを入れる大きいビンを出してくれました。中身は梅じゃあなくて太めのキノコがびっしり。
「うわあ」
僕らはちょっと言葉をなくしちゃいました。これはスゴイ。もちろん飲みましたよ。味の方は、タイソバとは大違いでマズかったです。ちょっとウェってくる味ですね。カパッと流し込みました。あ、因みにキノコ酒造ると場合によっては違法なんでくれぐれもマネしないように。
キノコ酒は反則ですね。一気にブースターかかっちゃいましたよ。カウンターの木目とかもーグニャグニャ。僕の相棒はというと、こんなになっちゃってました。完全に別の生き物ですね。
でも、今思うと、あのキノコ酒のキノコ、ほんとにキノコだったのかな(まぎらわしい言い回しですが)やけに太大だった気がするんですけどね。プラシーボでもあんだけ効けば文句ないですけど。
常連さん(お酒のね)らしい人が来たんで、時計を見るとなんだかんだで二時間近く経ってました。そろそろ引き上げどきでしょう。ピークはこれからですから、それは夜風に当たりながらという気分でした。
「フイマセン、オカンリョウホヘアイシマフ」
多分、お勘定のときはこんな感じだったでしょう。ママさんは相変わらずニコニコしながら、
「気をつけてネー」
と送り出してくれました。肝心の値段の方ですが、二人で焼肉食ったくらいの勘定でした。これが高いか安いかはともかく、かなりイイ体験させていただきました。
この店の詳しい場所とか名前はひみつ。大都会のファンタジーということで。