シェン・セレリスと「黒の王」

Sheng and the Black King


Martin Laurie筆
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 黒の王の戴冠


 シェンの大軍がついに南方に襲来すると、アルコスの人々は立って戦支度をした。何年もの間、彼らはこの日のために心構えをしていた。
 彼らは包囲の時の儀式を行った。
 彼らは顔と体に勝利の灰を塗った。
 彼らは肉と骨に力と耐え忍ぶ心を、火で傷として焼き付けた。
 彼らはシャーガーシュ神の百の名前を詠唱し、全ての力を得るために全てを再現した。
 彼らは手を「緑の壁」に添えて、自らを壁に委ね、そうすることでその結界と防護の魔力が活性化して備えができているようにした。
 彼らは強大な祖霊たちの技を感じ、体得できるように「封殺の地」の煙の中に座った。
 彼らはセンデレシュのドラムの脈動に耳を傾けて、自分たち自身の死で敵どもをより良く殺すことができるように、「殺し」の衣装をまとった。
 彼らは襲撃や戦闘で捕らえた敵どもの肉を喰らい、彼らの魂の素を呑み込むことで、敵たちの全ての弱点が明らかになり、彼らの力は「貪り食らう者」に捧げられるようにした。

 イェルム皇帝の世界全土が「陥ちることのない都」を降伏に追いこむために、妖魔の君主、シェンがついに「緑の壁」まで到来するのに注目した。

 蛮族たちは大軍であった。
 数において強大であった。
 大義のために容赦なかった。
 その技は致命的なまでだった。
 手段にためらいはなかった。
 魔術において強力だった。

 彼らの祖霊たち、同盟精霊たちと妖魔たちは彼らとともに騎乗し、あるいは彼らの頭上に留まるか、彼らの煙を吹き出す乗騎のまわりにいた。それぞれがお抱えの祈祷師たちの奇妙な力や、根源的な腕力を与える羽根や護符を身につけていた。全員がルカリウス皇帝のように射ることができる強弓を抱えていた。彼らの顔や身体には暗黒の儀式や、男らしさの証明や、戦の気紛れでついた傷が走っていた。

 先陣の頭に、シェン・セレリスと彼の戦の側近たちが騎乗していた。全員がシェンの技と道の使徒であった。全員が光り輝く半神達であり、彼らの術の君主である「妖魔の王」を信仰していた。彼らの乗騎はこのような魔力で地面を踏み鳴らしたので、樹は震え慄き、鋤の前に退く波のように、彼らに道を開けた。シェンが進むにしたがい、彼の騎馬の足元の岩と大地そのものが恐怖で呻き声を洩らした。星々は彼に潜む力と計画に戦慄しつつ、彼を見下ろしていた。

 シェン・セレリスは恐れを知らなかった。彼は規律と服従についてのみ考慮した。彼は自らの支配権と宿命を求めて世界に乗り出した。アルコスは彼の将軍達による交渉、降伏あるいは敗北させようとする試み全てに抵抗していた―1ダースもの将軍が「緑の壁」攻略の失敗から処刑されていた。一つの壁がどんな鉄よりも堅固であった。数年もの戦争の後にすら、この都市は依然としてその独立と、ヘンジャール地方と南部オスリル流域の民に対する力を保っていた。このような抵抗は「妖魔の君主」にはこれ以上認めることができなかった。彼は自らの軍を率いて、シャーガーシュという名の神と最後の戦いをするために一日世界を行進した。

「緑の壁」の内部では、「赤の王」と「緑の王」が最後の共同儀式を執り行い、「死者の王」によって監督され、指導されていた。この闇の王はいくつもの道を歩む者、深き場所と失われた魂たちの予見者だった。彼は「灰の王」達と「死の王」達に命令していた。彼はシャーガーシュ神に戦闘で捕らえられ、都のために奉仕するよう呪縛された、鬼神と化した神性の名を十の十倍知っていた。彼は生と死の掛け橋の支配者であり、地界の領域への門番であり、彼の神の野蛮な暗闇と、彼の民の祝福された信仰の差異を一致させる者imperceptorだった。

 常と同じく、アルコスの守備は深く、層状になっていて、壁の内側の者は誰もシェンの到来を恐れていなかった。「貪り食らう者」に食べさせる野蛮な喜びのみがそこにはあった。



 それなのに

最初のアルコスの防備は破られた:

 戦争がビセルエンスリーブ女神の湿地にまで至ると、彼女は「妖魔の君主」の魔術によって手ひどく痛めつけられた。シェンの軍勢が疲れを知らずに沼地の端まで着くと、シェンは意志を固め、自らの望むままに世界を見た。軍勢はあたかも自分たちの乗騎の足元で祖国の平原がしっかりと広がっているかのように進軍していった。彼らの回想の力と彼らの半神たる指導者に授けられた修練によって、地面そのものが進む道に沿って変容した。沼地の中心部に向かう矢のように、軍勢は遅れたり、留まったり、休止することなしに乗り入れていった。彼らの下では、地面そのものが水気を失い、固くなって彼らの遠方の故郷の茂みのように焼いて固められていた。

 彼らの戦闘へ向かう道がひとりでに生まれて、ジャラ(訳注:Jara、沼地の民、アルコスの沼地に住む下層民)は自分たちの女神が身体を蹂躙されたことで身震いするに従い、恐怖で泣き喚いた。妨害によって動揺することも、遅れることもなしに、シェンの軍勢はシャーガーシュの壁へ進軍し、そこではアルコスの全軍とヘンジャールの同盟軍が彼らを待ち構えていた。



 それなのに

第二のアルコスの防備は破られた:

 アルコスのドラムは災いのビートをシェンの軍勢の周りに木霊を響かせたが、ペント人たちは自前の音楽を持っていて、それは「矢の嵐」と呼ばれていた。蜂の巣の羽音もしくは鞭打つような鋭い風の囁きのように、軍勢の矢は空に黒い霧を生み出した。傷を与える天候であり、苦痛を生み出す雹だった。アルコスの召集軍はたじろいだ。楯と鎧の鱗は多くを防いだが、「射手」の力が彼らの矢には篭っていて、「破壊者」の戦士の多くが倒れた。撃ち返された矢や、投槍や投げ矢も馬に乗り手を失わせたり、乗り手に馬を失わせたりしたが、この交換は一方的であり、不公平であり、正当でなかった。

 センデレシュの激怒とともにアルコスの「汝を殺す」兵団が反撃のために前進し、シェンの遊牧民の軍勢は彼らの前で撤退した。アルコス軍の全てがその日、死を望み、交換として敵を殺そうとしたが、この交換は一方的であり、不公平であり、正当でなかった。突進してくる雄牛の前の葦のごとく、身をかわし、ペントの軍勢は「汝を殺す」の帰依者たちの周りに群がり、彼らが望むままに得物を振れるようにした。青銅の堅牢さが魔力のこもった長衣にはあって、多くの攻撃をはね返したが、終わりの呼び声にたいしては、最期の一撃は速やかに降りかかった。シェンの戦士たちを道連れにする代わりに、「汝を殺す」兵団は多くの矢を身に受けて空しく死んだ。

 世界を何らかの形の戦略あるいは平衡感覚なしには勝ち取ることができないということから、思考が必要とされていたため、シェン・セレリスはくつろいで座っていた。しかし彼の気質そのものは戦を望んで荒れ狂っていた。ひと跳びで彼の馬は突撃のために前かがみになり、彼の将団も彼とともに騎乗した。彼の恐るべき騎馬は「王者の蹄」と呼ばれていたが、それはシェンが百人の王達を百もの破壊された異郷から連れてきて列に並べ、死ぬまでこの馬の脚そのもので踏み躙ったからである。この馬は最も深いところから来た眷族のものであった。黒い夜の馬であり、鉛のごときsaturnine筋肉を持ち、燃える目を備えていた。彼の将団の全員が似ているが、それに劣った乗騎に跨っていた。彼らは疲れることも、飢えることも、暗闇を恐れることもなかったが、それはこの生き物にとってそれらが援軍や、保証や、力を意味していたからである。

 突撃のために馬に跳び乗ると、将団は低空の疾風のように進んだ。烈風が地面を一掃した。アルコスの召集軍の側面に彼らは突入した。人間の垣根に彼らは自らを投げ込み、アルコスの武器は彼らの身をかすめただけで、魔術は先細りに威力を失った。龍のように激しい活力で将団は虐殺の魔術を放った。血飛沫が飛び、死体が雨のように折り重なり、屠殺場の霧のように赤く染まった。

 死を恐れない者たちだったが、アルコス人もその日、シェンを恐れることを学んだ。彼は「死」の中の悪夢であった。魂がその、恐怖の支配力を恐れていた。
岩が限界を越えて力を加えられた時と同じように、アルコスの召集は分散し、崩壊した。嵐に舞う木の葉のように、風に舞う灰のように散り散りになった。勝利は遊牧民の軍勢が残党を滅ぼそうと追撃するところを見ても、確実なように思われた。

 それなのに、その日は敗北は来なかった。なぜなら召集陣の一部は圧力をかけられたダイアモンドのように堅牢になり、戦の流れに対して、強情に抵抗していた。「赤の王」と彼の「戦槌Mace」たち、「緑の王」と彼の「十一者」たちが一緒に集まって抵抗し、シャーガーシュ神の二つの力―破壊と再生を体現していた。彼らは逃げなかった。彼らは隠れなかった。彼らは「串刺しの門」の前に陣を留め、遊牧民達を赤く染められたメイスや、浄化の燃える槍の穂先で出迎えた。

「赤の王」は邪神カツクルトゥームの力を地界から呼び起こしてシェン・セレリスの地獄の力と対抗させようとした。地界の「破壊神」が彼の敵の中に顕現するのを感じて、シェンですら、ためらいを覚えた。

「緑の王」は千人もの戦死した祖霊を、遊牧民の軍の守護霊と戦わせるために召喚した。絶叫をあげ、すすり泣いて、地界の住人達は上空の霊達と敵の生きた片割れ双方に立ち向かった。そして、遊牧民の軍勢の力の多くが減少し、彼らの攻撃は弱くなった。

 敗北の危険を感じとって、シェンの将団はアルコスの「召集軍」の分散した者たちをばらばらに追うのを止めて退いた。隠された合図に促されたがごとく、彼らは指導者の周りに集まった。そしてシェン・セレリスは撤退していくアルコス軍の避難所として「串刺しの門」を死守する防衛団に対しての攻撃を率いた。

 耳障りな音のする衝撃とともに、シェンの将団は防衛団を総力で攻撃した。容赦のない激怒と、泡を吹く憤怒で、慈悲を知らない戦闘がシャーガーシュ神の赤く燃える目の下で行われ、怒りの管弦楽に彩りをつけた。シャーガーシュ神のドラムの鼓動が彼の飢えを満たすために力を増していった。



 それなのに

第三のアルコスの防備は破られた:

 シェン・セレリスは「地獄」の魂で作られた螺旋へと入りこんだ。彼は鼻を鳴らし、盗み取ってborrow、まるで輝く真珠を取るために素潜りするかのように深くまで飛び込んだ。存在の数多くの層を通りぬけて、彼は自分の生命の切れ端を見つけ出し、それを彼の周囲に荒れ狂う戦場へと浮き上がった。彼は戻ったが、彼自身の身体には戻らずに、彼の魂は明るく「緑の王」の体内で燃え上がった。「緑の王」の祖霊は「イェルムの黄金の完全性」が「宇宙」を支配していた時代、シェンの祖先でもあったのである。シェン・セレリスはこの須臾の間に、数千年もの祖先の血をたどり、彼の一族の者達の前に姿を現した。「緑の王」は無防備で、彼の民の精神的な受け継いできたものを戦闘に流し込んでいたので、この侵入に対して身を守る術を持たなかった。「王」の身体は千体もの祖霊のエネルギーを収めて限界まで引き伸ばされていた。突如としてひとりの半神の力に満たされて、「王」の肉体はエメラルド色の閃光とともに散り散りに爆発した。

 狼狽。悲嘆。そして復讐!血みどろの怒りのうめきと共に、「破壊者たちの王」、「赤の王」は旋風のようにシェンの物質的な霊へと激しく撃ちかかった。強大なシェンの「将団」の半神たちが彼の進行に合わせて吹き飛ばされ、天空の稲妻で打ちのめされ、彼の真紅のメイスで叩き伏せられた。

 シェン・セレリスはカツクルトゥームの力を彼の敵の中に見て取って、彼の敵の過ちに気づいた。シェン・セレリスこそ「虚ろの支配」であり、彼が「虚無の皇帝」だったし、「荒廃の君主」だった。しかし彼の敵は「地界」の諸力を彼に対して利用しようと試みた。その力はシェンが遥かな昔に習得し、自らの身体に取り込んだものだった。シェンはこの方法で攻撃された時には、付け入るべき弱点があらわになる代わりに、挫かれることのありえない力で満たされるのであった。「赤の王」はシェンに向かって武器を振るったが、彼のメイスは空を切った。

「汝の場所はここにはあらず。おお、破壊の君主よ。汝は汝の使命を果たすべし。」とシェン・セレリスは言った。「あるべき場所に戻られよ!」そしてシャーガシュ神のために最初に「世界の終末」に起きたことと同じように、大地が口を開いた。「虚無」が支配し、シャーガーシュが「地界」へと災いの亀裂を落ちていった「終末」である。ゆえに同じことが「赤の王」にも起きて、彼は地の底へと落ちていった。本性からの呼び声と、神の道に従おうとする彼を迎えるために、大地は飢えた口のように開いたのである。

 そしてアルコスの召集軍はこの損失に呻き声を上げたが、彼らの中にひそんでいたある存在が姿を現して、彼らはもう一度押し黙り、戦う準備をし、争いに臨んだ。

「死者の王」が市壁の影から歩み出て彼と共に、アルコスの十の十倍もの鬼神たちがやってきた。彼らの全てがそれ自身の力で神であり、それぞれがシャーガーシュ神に打ち負かされて、大昔に彼にたいする奉仕に呪縛された存在だった。それぞれが「死者の王」の唇からこぼれだす復讐の連祷のような、力ある言葉で支配されていた。

 シェン・セレリスの力ある将団すらたじろいだ。ペントの遊牧民の群れは恐怖で震え、この異質の力に対する加護をもとめて祖霊の名を口にした。



 それなのに

第四のアルコスの防備は破られた:

 シェン・セレリスは自分の霊を彼の敵の真中に進め、それは濃い霧のように「死者の王」を呑みこんだ。輝く力の星とひとつになり、彼の霊は空気そのものを引き裂いて穴を開け、「死者の王」を彼のそばに引き寄せた。

 暗黒の深淵の底に、彼らは落ちつつ戦った。双方が死の神秘を知っていた。両方が魂の夜を恐れていなかった。「死者の王」は彼の神の数多くの道を踏破し、彼の民のために無情に戦ってきた。シェン・セレリスも敗北を認めるつもりはなかったので、さらに激しく、敵の獰猛さと争った。さらに深いところへと実在の深淵へと落ちつつ、そしてシェンは「死者の王」の神秘の力が彼の神話の小径という限界で終わっていることに気づいた。哄笑しながら、彼は「王」を彼のカルトの道を越えた、さらに深くまで連れていった。彼は「王」を神秘のヴェールを通って、真実と理解の光へと運んだ。シェンは「王」に彼の神の水晶のような澄んだ純粋さを見せた。数多くの形で信仰され、多くの民に知られていながら、依然として「破壊者」、「貪り食らう者」と呼ばれている者を。

「王」の見たこの啓示はあまりにも偉大なものだったので、「死者の王」は己の知った知識に涙した。彼はシェンと共に道を歩み、彼と争うのを止めた。「王」はさらに多くを望み、シェン・セレリスはそれに応えてみせた。このことから最初のシャーガーシュの超越的な英雄探索(ヒーロークエスト)が行われたことになり、輪廻の重要性と彼らの奉ずる神の神秘が彼らの手の届くところにあった。

 この刹那の後、彼らは物質界に戻った。理解のために永遠を費やす代わりに、あたかも単に姿を消していたかのように、戦闘の最中に戻ってきたのである。シェンと共に最後のアルコスの「王」が歩み出て、全てのこの場を見ている者が驚くことに、「王」はシェンと同じように全軍に向かって呼びかけ、戦闘を終えるように告げた。彼は彼の民の元に行って彼の見たものについて話した。「王」は民に完全な暗闇と、彼が歩いた荒涼とした坑について教え、永遠に彼らのものとなる、「王」に与えられた洞察と彼の「神」に関する知識について語った。

 アルコスの民はその後、彼のことを「黒の王」と呼んだ。なぜなら彼は究極の暗闇の向こうにあるものを見たからであった。「赤」が「破壊」を司り、「緑」が再生と霊魂を司るように―そして「黒」は全ての道を行き来できるし、それらの向こうにある偉大なるシャーガーシュ神の神秘を見ることができるのである。

「黒の王」はシェン・セレリスに休戦を呼びかけて、彼の教えと彼のゾラーシの教えの返礼として彼の支配が続くかぎり彼の支配に従うことを誓った。シェン・セレリスは同意したが、アルコスが自分のために自分の敵と戦い、自分の望むように「赤の王」を任命できるようにすることを命じた。

 トゥーログTurrogはシェンの「閃光burst」の筆頭で、最も偉大な者だった。彼は今日ですら、記憶され、崇められている。

 そしてこの出来事が決して陥落することなしに、アルコスがシェン・セレリスの手に落ちた顛末である。


シェン・セレリスの物語
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