ローゼンジ・ビルディング101
祈祷師にしてアーカット信者であるトリックスター
(訳注:Greg Stafford)が私に教えたこと
John Hughes著
日本語版を翻訳するに際し、Joerg Baumgartner氏と原著者自身に手助けいただいたことをここで感謝する。・・・・Zebraface
原文(Original Text)
http://www.glorantha.com/tribes/wtsattm.html
http://www.btinternet.com/~Nick_Brooke/lozenge.htm
こんにちは。
Guy Hoyleは訊ねた。「もし君があたらしいキャンペーンの設定をする場合、この設定にたいして君が適用することになるグローランサから学んだことはいったい何かな?」
わたしはNick Brooke氏の「グローランサでわたしが嫌う十のものごと Ten Things
I Hate about Glorantha」というWeb記事を読んでから、このことについて考え始めた。だからわたしの結論はある意味で前述のふたつの記事を混ぜ合わせたものである。普通程度の意見の否認と先入観の影響をこうむっているにせよ、ここに挙げているのは二ダースの数の教訓であり、わたしがグレッグ・スタフォードから学び、他の一万人もの人々が形作るのを助長してきた、われわれの頭の中を占めている大きな一画を定義しているものである。
グローランサは三種類の要素の驚異的な混合物である。完全に行き渡った神話的構造体であり、丹念にそして愛情の込められた(共同で)創られた歴史と文化であり、変ちくりんなセンスでつくられた趣向でもある。これら三つの要素全てを保持するよう試みよう。しかし調合のやり方には変化をつけてみよう。
1.神話学が全てである。
世界を構築するのには他にも手本になるものがある。(直接的な類似形や、伝統的(トラッド)なかたちの幻想世界、文学的なもの、心霊的なもの、言語学的なもの、自慰的なもの(ゴア(訳注:バービスター・ゴアなどの「ゴアGor」、著者によるとジョン・ノーマンJohn
Norman のC級SM小説シリーズらしい。)の「ダックの愛人たち」)などなど…しかしグローランサの豊富な神話学をもとにしたものはその深遠さとゲームの構成および住民の日常生活に密着した特性の双方からしてユニークである。(この点は言うまでもないが、明言するべき価値がある。)その価値と代価はどのようなものになるだろう?
a) 相対主義が絶対的:いかなる確実性もありえない。少なくとも四つ半を数える説明がいかなるものに対しても存在する。君が信じているいかなるものも叡智へと至る入信儀礼の先触れに過ぎない。アーカットはこの旅を半分だけだが行った。バブーン族だけが真実を知っている。そしてルナーの信者だけがこのことに気付いている。神知者の文書は小規模な地の鉱床である。そして認識論と存在論が意識に昇るのは異文化が衝突しあうときだけである。(「神の日」(訳注:週末)には二回衝突する。)君があやまちを犯すときには故意に、またよく考えて犯すことだ。実践が理論に優先する。
b)驚きを開拓しなさい:謎はそれ自体価値のあるものだ。知らないことは解放に通ずる。魔術的かつ神話的かつ神秘的であることを楽しもう。一度のセッションのたびごとに最低一度は自分をびっくりさせることだ。
c)君の創造した世界はそれ自体神話である;流動的で多くの解釈が可能であり、記号論的に可能性にあふれ、満ち満ちている。そこにたどりついて自分用の思想的因子を切り出しなさい。トリックスターに接吻することを恐れてはならない。
2.現実性とは
一般法則がある。それらを広範に、かつ速やかに調査せよ。
例として、もし君が時間と季節の関係をいじくるつもりなら、そのことによる年齢、妊娠期間、懐妊への影響について明確に述べよ。風変わりな季節の存在はさまざまな植生や動物に対する変化を意味し、移住や生育や、繁殖に対する影響を伴う。(いわゆる親しみ深く、かつありがちなグローランサファンの嫌うことは、地球上のこよみから季節の変化を「絞り上げ、張り詰める」作業である。)単なる奇怪なヒット・ポイントを持つ怪物のみならず、君の世界の基本的な環境学を設定するべきだ。「闇の季」に花の咲く植物について真剣に考え、「嵐の季」に育って鎧をかぶった花を咲かせる、などなど。
3.故郷のなつかしい家
小さな区域から始めよう。(君のプレイヤーキャラクターの本拠地。)
もし君のプラックスにおけるキャンペーンが二つのセッションまで続き、そして「この設定の全てはちょっと突飛すぎるよ。」とのことでBabylon 5版「クトゥルフの呼び声」(訳注:Babylon-5は人気のあるTV・SFシリーズ。実際それ用にコンバートされたルールがあるらしい。)とのクロスオーバーゲームになるのなら、八ヶ月を征服以前のターシュ地方における、ルナーとウズの売春宿の建物に詳細を加えることに費やすのは無駄になるだろう。
4.レストランのコースにおけるデミバード
意識的にサブジャンル(訳注:物語の脇演技)を選択すること。
霊媒的か、MGFか、(訳注:Maximum Game Fun、Michael O'Brien氏の提唱するゲームスタイル)モンスター退治か、それとも浪漫的か、事件解決型か、それともストーリーテリングか、あるいはいくつかの混合か、君のキャンペーンの型はどれだろう?それは伝統的なダックか、トロウルキンか、一人のウロックス信者か、ある大いなる規格品(登録商標?)を探すために十日のジェナーテラ大陸料理めぐりのツアー(もちろん《誓言》をかけられているために二日のジョラー地方の旅を含む)に出かけた、二人のフマクト教徒とブルースなどと呼ばれるマルキオン教徒の妖術師についての話か?あるステッド(訳注:オーランス人の住む長屋)における、カブ(訳注:つまらないもの、の意味がある)の収穫をめぐっての氏族の分裂、泥と牧牛の肥やしの中での人生の探求か?奇妙な新天地で交易する使命の上でか?「どのように私は「真の」アーグラスになり、我が国をルナーのかけたくびきから解放したか?」などなど。それぞれのこれらのキャンペーンの種類とプレイのスタイルがそれぞれに非常に異なる形の背景を発展させる必要がある。グローランサは上記の全てに対応する必要があるが、個人の設定したキャンペーンはその必要はない。
5.トロウルキンの小便の八種の利用法
ものの見方を広く保つようにしよう。しかし扱いにくい題材をも愛するべきだ。
(この題目はグローランサダイジェストを一時期席巻した、一連の長いやりとりを指す言葉である。トロウルキンの小便の主な使用法は明らかに色の濃いインクを作るために利用するということだが、このことについてのいくつかの反響は…驚くべきものだった!(訳注:95年1月頃のスレッド。なんでもローマ人はスペインから皮なめし用の小便を輸入していたらしい。))
6. 創造性を育もう。
個人的、そして団体としての両方の意味で創造性を育むようにする。共同製作者(彼らはプレイヤーとも呼ばれる)の意見に耳を傾けること。半分暖めたアイデアをグローランサダイジェストに載せて、反響で圧倒されること。また、「君」のグローランサにおける君自身のキャンペーンとヴィジョンの個性を賛美すること
7.平凡な人々、平凡な生活
何が重要なのかに焦点を当てること。二つの鍵となる区域に集中すること(このリストの4番の主題。)私にとってこのことが意味するのは、
a)神話、儀式と信念が君の選択した集団の日常生活に関わっている。創造神話、終末論。神話は異なる性の関係とそれにふさわしい人生の流れを定義付ける。誕生、入信儀礼、結婚と葬礼。交易と贈り物の儀式。民俗神話と童謡(訳注:nursery
rhyme = rhyme creche。「忘却王国」やプラックスなど、グローランサの単語のいくつかは童謡に由来する。)。重要な神々の生涯における出来事。
b)平凡な人々の日常。男性と女性。そして子供達。何を食べているか。どこに住んでいるか。どのように働いているか。彼らの家族の形はどうか。
精霊魔術と神聖文字(ルーン)魔術はルールが示していることがどうであろうが、戦闘に関与しているものが全てではない。日常生活と日々の暮らしの人々について集中することは、ある種のルールセットが生み出す「なぐりつけていくら(なんぼ)」の観点を修正するのに最良である。
我々十年近くもの間を「オーランス人についての報告」を待ちつづけた。この期間は待つには長すぎる。トロウルパック以前のトロウル族について憶えているか?その社会は我々が今でこそ知る、いや、蔑む、ユニークで美しくも詳しく設定された生物であるというよりは、むしろ心のない怪物であった。二十年のルナーとの関わりの末、我々は典型的な(いわゆる)都会のペローリア人の営む日常生活や家族関係について本当に何を知っているのか?十分に近いとはとても言えない!
8.相似は…ではない
君の用いた類似物を挙げることを恐れてはならない。広範に盗め。深いところまで読み解け。類似物はある文化を要約して説明するのにとてつもない助けになるが、それらを文字通りとらえる風潮があることは確かだ。関わる人々が類似の意味を理解しているかどうか確かめること。(ああ、その定義については全てのダイジェストの頭に大きく記されておくべきかもしれない。)大雑把な指針として、私は文化的な相似物はある集団の技術と社会制度の60%程度を描写し、その歴史の進展については20%くらいを示すことを意味すると提案する。それ以上ではない。
文化的な進歩は意志のもとになされるものではない。観念的な領域はいくつもの異なる方向へと分岐していく可能性がある。そのため君の念頭にある類似の文化が漠然とアングロ・サクソンのものであるなら。個人主義的なアメリカ・インディアン流の崇高さについて述べる、君の創案を妨げるものにするべきであろうか?否!その地域がほとんど寺院がなく、司祭がいない孤立した場所であるのならば、特に(訳注:このような一方的な意見は)否定されるべきである。とりあえず君は自分が他の区域における日常生活との関わりによる結果を、視覚化し、また追求するように確認するべきである。
そして一度は、全ての類似性を完全に放り出して、それらの寄せ集めから全ての駄目なものを処理することだ。相似性は君をクリエイターというよりむしろ研究屋に変えてしまう可能性がある。それだけが全てではない。
9.それは魔術を台無しにする。
グローランサは魔術的世界である。習慣やらアーティファクト(訳注:古器物)の導入以前に、魔術という選択肢があることを考えなさい。そしてその選択が行われることによる効果に従っていきなさい。
10.あんまり安心してしまい過ぎないように。
このリストの9番に続く。何事も当然とは思わないように。君の想像世界の異質性による驚異を喚起し君自身に喜びを与えること。そしてその通り、天空はドームである。このドームには動き回る穴(訳注:グローランサの星辰)が開いている…。
11.科学技術マニアと、時を弁えない世界観に気をつけよ。
オーランスの民は北欧/アングロ・サクソン/ケルト人の野蛮人たる類似性を用いている、違うかね?しかし今日彼らにボタンを使うのを許している。明日あたり彼らにホップを使ってビールを醸すのを許そう。来週には我々は彼らに糸車を与えるだろう。そして印刷され、目盛りのある地図も。そして騎兵隊の戦術も。ミックスマスターのみじん切り/サイの目切り牛乳撹拌機も。我々は彼らに過度な個人主義、そして共同体活動の軽視、還元主義や性的嗜好にのっとったアイデンティティーなどを強調する20世紀風の西洋イデオロギーを与えることになってしまうだろう。あまりにも速やかに我々はありふれたビデオ屋で見つけられそうな野蛮人から脱却し―言葉を変えて言えば、SCA(訳注:Society of Creative Anachronism(創造的時代錯誤協会)の略。サイトはhttp://www.sca.org)の一員になってしまう。これはおぞましいことだ。(こんなふうな趨勢になるには程遠いけれど。)
12. 神知者が一人いるなら埋葬すること。
君のつくる文化の枠組みの中で実例を挙げるようにしよう。「汎世界的な」神知者のカルトの記事について:単純に拒絶すること。
13.血みどろエルフは不要!
伝統的な(つまり、ステレオタイプ的な)ファンタジーの要素はけちけち使うこと。エルフ、ドワーフ、ドラゴンに気をつけよう。もし彼らを君が扱わねばならないのなら、彼らを再開発すること。(記録として言うのなら、私は今まで一度もモスタリを冒険の主題にしたことがない。彼らが私の中で大きい存在になったことはない。私はそういう風にできていない。疑いなく君は独自の偏向を持っているだろう。このリストの16番を参照のこと。)
14.言語学を避けよ。
もし君がうまく扱うことができないのなら、それをまるっきりやるべきでない。そしてもし適切に用いた場合、それを理解しようとする人々の考えをあまりにも込み入らせることになる。「Anyong ha shimnika?」(訳注:Does anyone have…ごきげんいかが?)
15.英雄は九百九十九の異なる顔を持つ。(訳注:キャンベル著書の「千の顔を持つ英雄」のもじり)
もし君が旅の途中で単一神話に遭遇したら、((a) それを冒険に招き寄せる、
(b) 拒絶しながらも導き入れる、 (c)門番とともに対決する・・・・・ (z) 殺して埋葬する。
グレッグの思考は我々の多くをジョゼフ・キャンベルへと導き、神話の豊穣さと、力、そして美へと導いた。我々はこのことに感謝している。しかし単一神話と英雄の旅路について考えるときに、キャンベリズムにあまりにもこだわることは、我々を英雄性へと至る他の方法や、他の道や、他の力に対して盲目にする。英雄は剣を携える必要は必ずしもない。最大の勇気とは思いやりの勇気となりうる。オーランスの民はこのことを認識している。我々もそうするべきだ。
16.ダック族とトロウルキン:悲惨な真実
最低でも、高貴さと忍耐力を集約したひとつの種族を物語に含めること。存在における冷酷な不毛さ(ダック)やだれもが存在自体、酷い冗談であると考える、愚かな使い捨ての種族(トロウルキン)がそれにふさわしい。
17.私を殴ってくれ!
多数のメイドストーン・アーチャー(訳注:別名グロタロン)と「クトゥルフの呼び声」のキャンペーンで使い残しの複数のヒットポイントの値を持つ怪物達を導入してしまおう。(皮肉なことに?私はこの単語(訳注:クトゥルフCthulhuか?)の綴りすら知らない・・・・)
18.良いルナーは死んだオーランス人だけだ。
逆もまた真なり。さあ、「啓発」されたかチェックせよ。
19.少数民族的ユーモア―やめなさい!
もし非カリフォルニア人を含む聴衆をまぜるつもりなら、風変わりなカリフォルニア流のやり口を加減すること。
「虎心王」リチャード。ブライアン王―綴りの訂正の前だろうが後だろうが(訳注:BryanもしくはBroyan、どうやらモンティ・パイソンMonty Pythonの歌Life of Brienに由来しているらしい。)(「彼は「解放者」ではない。彼は単なる行儀の悪い餓鬼だ。」)(前述の歌の一節は「He's not the messiah, he's just a naughty boy」)「科学者」レオナルド。お願い。(訳注:「止めて。」が後に続くのか?三人とも17世紀ヒョルトランドで売り出し中の著名人/英雄。)
ありがたいことに、伝統的なオーランス人の歓待の儀式には「鯨を護ろうSave
the whales」は含まれていない。
(このことは風変わりな英国学生のユーモアやオーストラリア英語攻撃、シアトル農場の冗談にも適用される。)
20.Gregged、Nicked、Mobbed(訳注:順にGreg Stafford、Nick Brooke、Michael O'Brienの動詞化)
もし君の名前が動詞化される過程にあるのなら、それがどのような意味になる方向にあるのか機先を制して決めることを試みること。
21.イェルマリオは存在しない。
エルマルもまた存在しない。あいまいな考えの力を見くびるな。
22.上記のリスト全ての項目に反対し、翻訳しなおし、完全に台無しにされた状態を見せつけるようになりうるメーリングリストを開設しよう。
そして最後に…
23.それは君のグローランサだ。
ただ一つの真のグローランサなどというものはないし、ありえない。いかに我々が調和と一貫性の価値を評価し、そのために努力しようともである、我々は神話がその通りのものでない事を認識するのと同じように、このことも認めなければならない!
神話は多面的な意味を持つ。それらが単一の解釈を持つことはありえないし、単独の権威ある説明もない。そしてグローランサは神話である。それは君自身の個人的なシャーマン(訳注:祈祷師。無意識?)的探索であり、君自身の内面の世界である。君が見つけ出し持ち帰る宝物と真実は君のものである。君に協力する団体とそれを共有しよう。
そのためには下手にいじくることを恐れてはならない。公式版が最良のものである必要性などない。君は良いアイデアを伏せておくことはできない。(ヴィンガのカルトに何が起こったか見ることだ…)電磁的な海に君の議論を投げ込み、一週間の間、四人のダイジェスト参加者がなぜ君が間違っているか言うだろうし、(訳注:他の)6ダースの者は黙って君のアイデアを自分の考えに導入してしまうだろう。
このことが私を全ての中でもっとも重要な点へと導く…
24.君の喜びに従いなさい。
君はここに楽しむためにいる。そうなら楽しみなさい。我々の一人として金のためにここにはいない。グローランサは芸術作品ではなく、個人的な聖戦(ジハード)/十字軍の口実でもない。それは今にも崩れそうな、生きた、息づいている集団の実験であり、創造と共同体の大釜である。愛せよ。
(このためこの項目は項目19番と矛盾しているのか?当然そうだろう!両方とも正しい。(項目1aを見ること)MGFの手法は円滑に機能したためしがない…
それでははじめよう。アーカットが我々に教えてくれた。ルールを良く学ぼう。そしてそれらを破壊しよう。私自身、項目14の記述と矛盾したことを始めようとしている。
それではまた。
John Hughes
グローランサはイサリーズ社の登録商標であり、その許可と共に利用される。イサリーズ社はイサリーズ社の登録商標である。このページの内容は2000年、John
Hughesに著作権がある。グレッグ・スタフォードの創造世界であるグローランサに由来するいかなる資料もグレッグ・スタフォードに著作権がある。グローランサはグレッグ・スタフォードの創造物である。そして彼の許可の元に利用されるものである。