【東京創元社】
『本探偵しおり』

八尾敦著 



 注)この書評は2009年エイプリル・フール企画で用意したフィクションであり、書評されている本は実在しません。

 本を読むことはこのうえなく楽しい。ときにこれまで行ったことのない別世界に連れていってくれ、ときに普段ならとても会えないような人物と対話し、その人の考えに触れることができる本という媒体は、読み手にじつにさまざまなことを教え、また深い感銘を与えてくれるものでもある。

 あるいは、「しょせん実経験じゃない」とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれない。本を読んで体験したことなど、しょせんまがい物でしかない、と。だが、そんなふうにうそぶく人たちは、その短い人生のあいだにどれほどの経験をし、どれだけのものを見聞きできるというのだろう。ひとりの人間の力などたかが知れているし、できることはごくごく限られている。だが、本はそれに携わった多くの人たちの知識や体験の宝庫だ。私たちは本とともに、どこまでも遠くに行くことができ、またどこまでも時間を遡り、あるいははるかな未来にまで足をのばすことができる。それは、現実の他人との出会い、恋人との付き合い、楽しい思い出、苦い経験を経るのと同じくらい、いやそれ以上の体験と同じものであるといっても、けっして言い過ぎではない。

「もう少し自分の頭でものを考えてみたらどうだ」嘆息混じりの声が響いた。「本は知識を伝えることはできるが、得たものを何に使い、どう活用するのかは、読み手しだいなのだぞ」

「本探偵」というと、はたして何を想像するだろうか。このサイトをご覧になっているような本好きな方であれば、あるいは児童文学評論家の赤木かん子のことを思い浮かべるかもしれない。本書『本探偵しおり』は、ちょっとしたファンタジーテイストを付加した「日常の謎」ミステリーともいうべき作品であるが、探偵役となるのは一冊の本であり、そういう意味での「本探偵」、つまり探偵が本だという意味となる。

 とはいっても、本はあくまで本でしかなく、自分では動くことさえままならない。そこで、彼の手足となるべきキャラクターとして、小学四年生の綾川しおりが登場する。学校の総合学習の一環として、町にある旧家の蔵について調べることになったしおりが、とある蔵の奥にある奇妙な本と出会い、それ以降、本にかかわるさまざまな怪事件や珍妙な出来事を体験する、という本書において、そもそもしおり自身が読書家というわけではなく、むしろ外で体を動かしたりすることが好きなスポーツ系の女の子である、という点がじつに絶妙だ。

「文字ばかりの本を読んでいると、三分で熟睡できる自信がある」と豪語するしおりは、言ってみれば本離れ時代の子どもの代表選手である。運動神経については同学年の男子以上のものをもってはいるが、勉強のほうは今ひとつという彼女と、妙に自信家で理屈っぽく、しかし特異なまでの洞察力でふつうの人が見逃すような点に気づいて、物事の真実に迫っていく本の意識とでも言うべき存在――その擦り切れた表紙からかすかに読めるアルファベットの「A」から、その後しおりからは「えいちゃん」と呼ばれることになる――の、まるで漫才コンビのような言葉のやりとりが面白いのは、そこにふたりのキャラクター的特長が出ているからだけでなく、本嫌いな子どもと「本」そのものという、良くも悪くも対極的な位置づけゆえの相乗効果がはたらいているからに他ならない。

 ある意味、本そのものが主人公という本書は、たとえばアンドレーア・ケルバーケルの『小さな本の数奇な運命』といった作品にも通じるものがあるのだが、彼の場合、ただの本というよりは、年月を経て妖力をもつようになったつくも神のごとく、ちょっとした特殊能力を発揮することができたりする。もっとも、特殊能力といっても、しおりの体を借りて少しばかり身体能力を上げるといった程度のものであり、最終的にしおりという存在に依存しているという事実は変わりないのだが、とある事件が起こり、それがもとでしおり自身の身にいろいろ困ったことが生じ、けっきょくはえいちゃんの力を頼ることになる、というストーリー展開になることが多い。

 全部で五つの短編を収めた連作短編集である本書は、当然といえば当然だが本にかかわる事件や謎をあつかうものがほとんどだ。とある老人から託された、図書館から借りっぱなしになった本をめぐる謎、本屋で生じたページバラバラ事件、校長室から失われた学校史――あくまでミステリーという体裁をとるがゆえに、えいちゃんの論理的思考がメインとなって物語は展開していくが、何より重要なのは、そうした本がらみの事件を通じて、それまで本は苦手だったしおりが、少しずつ本がもつ魅力に気づき、それと同時にえいちゃんとの関係も、少しずつ信頼のおけるパートナーとして認めていくようになる、という成長物語の要素ももちあわせているという点だ。そして最後の短編における、えいちゃんの存在自体が危機に陥ってしまうという事件を通じて、えいちゃんという「本」そのものがもつ謎、そして彼としおりがなぜ結びつくことになったのか、という本書最大の謎に迫っていくことになる。そしてそのとき、ふたりは「えいちゃん」でも「綾川しおり」でもなく、文字どおり『本探偵しおり』として、あらゆる謎を解決へと導く存在となるのだ。

 しおりと同じように古びた本のもつ力を得た、謎の少女といったライバルキャラの登場や、本のなかの物語を形成する「原初世界」の存在など、まだまだ続きが出てきそうな本書において、はたしてしおりの日常生活はどうなってしまうのか、といったことも気になるところであるが、何より現実に出版されているさまざまな本にかんする情報が数多く出てきて、本好きな人であればもちろん、そうでない人にも本や小説に興味をもてるような配慮がなんとも心憎いかぎりである。えいちゃんとしおり、ある意味もっとも不釣り合いな凸凹コンビの行く末を、これからも楽しみに見守っていきたいものである。(2009.04.01)

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