【NHK出版】
『コンピューターおばあちゃんの伝説』

八木薫著 



 注)この書評は2009年エイプリル・フール企画で用意したフィクションであり、書評されている本は実在しません。

 コンピューターおばあちゃん コンピューターおばあちゃん
 イェーイ イェーイ 僕は大好きさ

 このページをご覧の方々は、「コンピューターおばあちゃん」という歌をご存じだろうか。今から二十年以上も前に、NHKの「みんなのうた」で放送された数ある子ども向けの歌のなかでも、売上ヒットチャートとしては伝説の「およげ!たいやきくん」に迫る勢いの人気を今もなお保ちつづけるこの歌は、明治生まれでありながらあらゆる知識に博識で、英語だってこなせる国際派のおばあちゃんに対する、孫の敬愛といたわりを歌い上げたものであり、まさに当時の最先端を象徴する「コンピューター」を冠するにふさわしいおばあちゃんのかくしゃくとした様子が、この歌の醍醐味のひとつとなっているのだが、この「コンピューターおばあちゃん」、じつはそのモデルとなった人物がいることは、意外と知られてはいない。それも、彼女のひそやかな活躍が、日本の、いや、ともすると世界の命運をわけることになる歴史の節目において、重要な意味をもつことになった、ということを。

 本書『コンピューターおばあちゃんの伝説』は、そのモデルとなった女性、綾川志保にスポットをあてた著者初のノンフィクションであるが、その冒頭において、著者はいきなり大きな疑問を突きつけてくる。はたして「コンピューターおばあちゃん」とは、ほんとうに綾川志保なのか、と。それは、それだけ「コンピューターおばあちゃん」の存在そのものが、ひとつのミステリーであり、またひとつの魅力となっているということでもあるのだが、そこには「コンピューターおばあちゃん」の謎に迫る、という体験を読者にも追体験させることで、誰もが予想だにしなかった大きなミステリーと、波瀾万丈の人生がそこに隠されていることを、劇的に訴えるという効果を出したいという意図がうかがえる。そういう意味で、本書は非常にダイナミックで読みごたえのある作品として仕上がっていると言うことができる。

 綾川志保は明治四十二年四月一日生まれ。母親はさる地方の大地主の娘ということになっているが、当時、ごく閉鎖的な村のなかから、とくにある方面の才能、演算能力の高い女子が、綾川家の養子として迎え入れられるという、その土地独自の風習によって、その家の養子として迎え入れられた経緯をもつ女性である。そして父親は、当時外交官として日本に来ていたイギリス人、ということになっているのだが、詳細についてはわかっていない。本書のなかで語られているのは、ふたりが恋に落ち、結果として綾川志保は生まれ、ふたりは駆け落ち同然に暮らすようになった、という点である。

 父親のもちこんでいた英語のペーパーバックのコレクションを、わずか五歳のときに読破し、さらにはその内容をバラバラにしたうえで、ある法則に基づいて物語を組み立てなおすといった遊びをしていたという彼女は、早くもその才能の片鱗を見せていたが、大正デモクラシーの波のもと、急速な国際化の道をたどる日本において、彼女は徐々にその才能――驚異的な演算能力を発揮していく顛末をリアルに書き上げていく本書は、ともすると彼女への感情移入が激しすぎるようなところもあるのだが、まだ土着の信仰や伝承が色濃く残っていた時代の空気から、一気に科学最先端のコンピュータ時代へとつながっていく時代の流れを、まさにその身をもって体験した彼女の人生を、まぎれもないひとりの人間として、本という媒体を通じて甦らせようという著者の意気込みが感じられ、著者のそれまでの作品とは一線を画すような熱さがある。読者はまず、その圧倒的な筆致と、それにふさわしい彼女の人生に圧倒させられることになる。

 フォン・ノイマンに先駆けて、ストアード・プログラム方式のもととなる言語を開発したと言われ、また第二次世界大戦下においては、亡命先のイギリスでドイツ軍の暗号「エグニマ」解読チームの一翼を担ったとされる彼女の活躍、あるいは暗躍ともいうべき言動の断片は世界中に点在していながら、じつのところ彼女にかんする資料は驚くほど少ない。それ以上に、彼女に接した人々が高齢であったり、あるいは他界していたりという状態のなか、著者が集めてきた資料はそれだけでも貴重なものであるのだが、そのエピソードがすべて真実だとすると、彼女はまさしく「コンピューター」という代名詞をいただくにふさわしい女性ということになる。とくに本書の後半、敗戦を経て日本に戻ってきた彼女をめぐるエピソードは、歌に出てくる「コンピューターおばあちゃん」をはるかに凌ぐかくしゃくぶりを発揮したと思われるものばかりで、その存在自体がひとつの伝説として語り継ぐにたるものと化しているところがある。

 そして本書は、私たちにとっても記憶に新しい西暦2000年問題における彼女の予言的な発言と、まさに逆転の発想ともいえる乾坤一擲のアイディアのもとが、他ならぬ彼女が二十年も前に提示していた手法にもとづいたものであることを明かしたうえで、最後に著者はエピローグと称し、自身がある女性の住んでいる家を訪れる場面が書かれていく。それまで、さまざまな伝説のなかでしか触れることのできなかった「コンピューターおばあちゃん」――はたして、著者がほんとうに「コンピューターおばあちゃん」のもととなった人物と会うことができたのかどうか、そしてそれが読者にとってどのような意味をもつものなのか、ぜひともたしかめてもらいたい。(2009.04.01)

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