【角川書店】
『人獣細工』

小林泰三著 



 私はよく書評のなかで「人間」あるいは「人」という言葉を使う。たとえば「私を含めたすべての人間は……」といったふうに、まるで、自分が人間であり、またこの書評を読む者も同じく人間であることがあたり前であるかのように文章を進めている。しかし、本当にそうだろうか? この文章を読む者が人間であるなど、いったい誰が保証してくれるというのか。いや、そもそも私たちは何をもって自分たちを「人間」だとみなしているのだろうか。

 よくSFなどの世界で登場するサイボーグ――人間の体のさまざまな機能が機械で代用できるようになった未来の世界で、自分の肉体を次々と機械のそれに交換していったとするなら、最後にそこに残ったものを、はたして人間と言うことができるのだろうか。あるいはもっと現実的に言うなら、脳死は本当に死なのか? 「人間」が「物体」に変わる境目がどこにあるのかを決定するためには、必然的に「人間の定義」を知っていなければならないはずである。

 このような議論を極限まで推し進めていくと、最後には自分自身の存在すら危うくなることに、おそらく読者は気がつくだろう。そう、本書『人獣細工』に描かれているのは、私たちが常識と信じて疑っていない事柄が、じつは何の根拠もないものでしかない、という根源的な揺さぶりなのだ。

 本書に収録された三つの短編は、一見すると内容もテーマもバラバラで、何の関連性もないように思える。「人獣細工」に登場する夕霞は、生まれつき多くの臓器に異常をもつ病気で、何度も臓器移植手術を行なわなければならなかったのだが、移植される臓器は、豚の受精卵に患者の遺伝子を組み込んで生まれた、豚の臓器なのである。拒絶反応をいっさい起こさない臓器の培養によって、移植技術は飛躍的な発展をとげることになるが、一方で夕霞は、体の中身のほとんどが豚のものである自分の存在に疑問を抱くようになる。自分は、ほんとうに人間と呼べる存在なのか、と。

「吸血狩り」は文字どおり、八歳の少年が吸血鬼とおぼしき男に魅せられた従姉を助けるために、その男と対決しなければならなくなる話である。吸血鬼の存在など誰ひとりとして信じようとしない大人たちに代わって、少年はどうやって勇気をふりしぼり、そして吸血鬼との知恵くらべとも言える対決に臨むのか。

「本」という短編では、じつに奇妙な本が登場する。まるで何十年も経ったかのように古びて汚れもひどいその本――「芸術論」と名づけられた本を、滝川麗美子は小学校のかつてのクラスメイトである間山伊達緒から受け取るが、その本を書いたのは、ほかならぬ間山伊達緒本人であるらしく、麗美子以外のクラスメイトにも同じように古びた本を贈っているらしい。小説とも評論ともエッセイとも知れない奇妙奇天烈な内容に麗美子はとまどうばかりであったが、そのうち、その本を読んだかつてのクラスメイトたちが次々と気が触れたような言動をするようになり、入院したり死んだりしていることを知る。はたして、その本は間山伊達緒の呪いがこめられているのか、それとも……。

 冒頭でも述べたように、これら三つの短編に共通しているのは、「人間の定義」への揺さぶりだと言える。自分の体の一部が次々と豚のそれに置きかえられていく「人獣細工」が、人間という生物を構成しているパーツ――ハードウェアの面から人間の定義を揺さぶろうとしているとするなら、「本」は言わば、人間のソフトウェアの面から人間の定義に揺さぶりをかけているのだ。読む者の精神に尋常ならざる影響をおよぼしてしまう本――その本が、あたかもパソコンというハードウェアにソフトウェアをインストールするかのように、人間の脳の使われていない領域へと入り込んでいくのだとするなら、外見は人間そっくりであるにもかかわらず、中身は人間ならざるものとなっている、という事態もありえない話ではないわけだ。そして「吸血狩り」については、「人間の定義」にまぎれ込む他者の判断がテーマとなっている。この短編をよく読んでみると、その少年が吸血鬼だと判断した男がまぎれもなく吸血鬼である、という証拠は、じつはどこにもないことに気がつくはずだ。たしかに男は夜しか出歩かなかったり、鏡を嫌ったりする。だが、極論すればその男が従姉とつるんで吸血鬼のフリをして、少年を騙そうとした、という可能性も残されているのである。人間の定義など、ちょっとした思い込みと勘違いでいくらでもぐらついてしまうほど脆弱なものであることを、本書は読者に思い知らせてくれる。

 小林泰三の小説には、それを読む者に言いようのない居心地の悪さを感じさせるものがある。本書にあるのは、肉体、精神、そして他者の目、そのいずれをとってみても「自分が人間である」という決定的な確証にはならない、という再確認であり、それでもなお「自分が人間である」と言い続けるのか、という問題定義でもある。あなたは本書を読み終えて、それでもなお人間でありつづけることができるだろうか。(2000.01.28)

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