【海拓舎】
『夢よ、僕より速く走れ』

神保康広著 



「叶わないから夢なのではない、夢は実現させるためにこそある」――こんな台詞を、私たちはドラマや小説の世界でたびたび目にする。それはたしかに正論なのだろう。だが、その言葉を素直に受け入れることのできない、ひねくれた自分が心のどこかにあるのも事実だ。私たちが生きる現実はあまりにも圧倒的で、ときには冷酷で暴力的でさえある。今の日本はどうしようもない閉塞感に支配されており、輝かしい未来はおろか、信じられるもの、確かなものなど何ひとつないように見えてしまう。私たちは、いったいいつから「夢」や「希望」といった言葉に胡散臭い目を向け、「できるわけがない」という否定の言葉で逃げを打ち、自らの可能性を狭めてしまうようになってしまったのだろうか。

 ここにひとりのスポーツ選手がいる。神保康広――バルセロナ、アトランタ、そしてシドニーパラリンピックの車椅子バスケットボールの日本代表選手として世界と戦い、現在アメリカのレイクショア財団で研修生として生活するかたわら、その財団の車椅子バスケチーム「ストーム」のプレーヤーとして活躍を続けている彼が、どのようにして車椅子バスケと出会い、障害者としての自分を克服し、今なお自分の夢を実現させるために走りつづけることができるようになったのかを描いたのが、本書『夢よ、僕より速く走れ』なのである。

 ところであなたは「車椅子バスケット」というものをご存知だろうか? それは文字どおり、車椅子に乗りながら行なうバスケットボールのことであり、それ以上でも、それ以下でもない。だが、もしこの本に出会うことがなければ、私は今もって「車椅子バスケット=障害者のリハビリの一環として行なわれるスポーツ」という位置付けを崩すことはなかったであろう。そして、そのような手前勝手な認識こそが、じつは健常者たちの、知らないがゆえのエゴであり、健常者と障害者を隔てるもっとも深い「心のバリアフリー」の問題であることを、あらためて思い知るのである。
 本書には、車椅子バスケットが独立した一個の競技スポーツであり、アメリカでは普通のバスケットボールと同じようにプロのチームが存在し、そのスター選手が国民の英雄として尊敬のまなざしを向けられている、という事実が書かれている。アメリカで車椅子バスケット選手というのは、けっして誰かに世話をしてもらわなければ生きられない弱い障害者ではなく、ともすると健常者以上の金を稼ぎ、スーパープレイで観客を沸かせることができるスポーツ選手のことを指すのである。

 よく言われることですが、私たちは"車椅子に乗ってプレイするからすごいのではなくプレイそのものがすごい"のです。ヘンな先入観を持たずにありのままの車椅子バスケを見て、ぜひ楽しんでもらいたいと思っています。

 そう、本書に書かれているのは、バイクの事故によって「脊髄第一腰椎脱臼骨折」と診断され、下半身が麻痺してしまった身体障害者の著者ではなく、「車椅子バスケット」という競技の一プレーヤーとしての著者であることを認識しなければならないだろう。もっとも、そんなことをわざわざこの場で言う必要はないのかもしれない。バイクの事故による入院、リハビリ、そして引きこもり時代の著者はたしかに「身障者」のイメージがあるが、のちに彼の夢につながっていく「車椅子バスケット」と出会って以降の彼は、劇的に変化していく。「知らないことは罪だ」ということを学んだ著者は、車椅子バスケットを通して自分への自信を取り戻し、自分の興味のあることは、身障者であることなど関係なしに何でも挑戦していく前向きな生き方をはじめるのだ。公務員という安定した生活をあえて捨ててアメリカに渡り、けっして夢をあきらめない不屈の精神で、アメリカでの車椅子バスケットプレーヤーという地位を確立し、さらにドライブや水上スキー、スキューバーダイビングまでやってしまう彼のパワフルな生き方に、読者はきっと、彼が身障者であることをすっかり忘れている自分に気づくことになるだろう。

 何より、彼自身の言葉が、身障者であるとか健常者であるとかいった違いをまったく意識していない。自分が純粋に感じたこと、思ったことをそのまま言葉にしている、という感じがするのである。彼はけっして身障者たちに強くあれ、と訴えているわけでも、健常者たちに優しくあれ、と訴えているわけではない。彼はただ、自分のように夢をもって生きることの素晴らしさをひとりでも多くの人に知ってもらいたいだけなのだろう、と私は思う。そしてそれは、身障者でありながら身障者であることに甘えることなく、たとえどんな困難が待っていても、あくまで自分のやりたいことを信じて行動を続けてきた彼の言葉だからこそ、読者の心を強く打つのである。

 私たちの住む日本という国を覆っている、底知れぬ閉塞感――だが、このどうしようもない現状から私たちが一歩踏み出すために必要なのは、じつはほんのちょっとした気遣いや、大事なことは言葉にして伝えるという、私たちが少しだけ勇気を出せばできることにかかっているのかもしれない、という思いを確信に変えてくれる本書を、ぜひとも読んでもらいたい。(2000.11.23)

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