【角川書店】
『夜市』

恒川光太郎著 
第12回日本ホラー小説大賞受賞作 

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 何かを手に入れるためには、それ相応の代償を必要とする――「等価交換」という言葉に置き換えるのであれば、あるいは月刊少年ガンガン連載のコミック「鋼の錬金術師」を思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれないが、私の脳裏に浮かんでくるのは「猿の手」というエピソードである。もともとは、イギリスの小説家ジェイコブズが書いた短編ホラーだと言われているその作品に登場する「猿の手」というのは、いっけんするとただの干からびた猿の手のミイラでしかないのだが、じつはどんな願いも三つだけ叶えてくれるという怪しげな代物。この「猿の手」の力は本物で、たしかに持ち主の願いを叶えはするのだが、その願いの成就にはかならず何らかの不幸がともなうらしく、たとえばひょんなことから「猿の手」を手に入れた老夫婦が大金を望んだところ、一人息子が悲惨な死に方をし、その謝罪金として大金が転がり込んでくる、という結果をもたらしている。言ってみれば、息子の命とひきかえに大金を手に入れた、という構図が成立してしまうのだ。

 さて、「猿の手」ではその後、老夫婦が「息子を返してほしい」と願ったところ、いかにもホラーらしい展開を見せることになるのだが、その話はとりあえず置いておくとして、私がこの「猿の手」の話に興味を覚えたのは、「猿の手」がもたらす幸福と不幸の性質といったものではなく、他ならぬ「猿の手」という、おそらくこの世のものではない代物が、ある日突然、何の脈絡もなくある人の手に渡ってしまうという点である。極端な話、「猿の手」がこの世界に出てくることがなければ、老夫婦も大金を望んだりすることはなく、一人息子も死ぬことはなかった。どんな願いも叶う、というのは、人の世界においてはあまりに不自然な、大それた願望だということなのだろう。そういう意味で「猿の手」のエピソードは、幽霊や怪奇現象と同じくこの世ならぬものがもたらすホラーだと言うことができる。

 本書『夜市』は、表題作のほかに『風の古道』の二作品を収めた作品集であるが、いずれの作品にも共通しているのは、上述した「猿の手」のエピソードにおける、「ある日突然、何の脈絡もなく」という点である。もっとも、本書は「猿の手」のようなこの世ならぬものが私たちの世界に出てくるのではなく、私たち人間がこの世ならざる異世界へと紛れこんでしまうというシチュエーションを扱っている。

 表題作『夜市』は三人称で書かれているが、表面上の中心人物は大学生のいずみという女性だ。彼女はかつて同じ高校に通っていた裕司に誘われて夜市へ出向くことになるのだが、公園の奥にある森の暗がりを抜けたところに立っていた夜市は、あきらかに人間ではない者たちがあきらかにこの世のものではない奇怪なものを売っている、静かな異空間だった。いずみに所持金はほとんどなく、ただ見るだけだと思っていたいずみだったが、帰り道がどうしても見つからない。店の人に帰り道を聞けば、何か買い物をするまで夜市からは出られない、という答えが返ってくる。それがこの夜市のルールなのだと。

「たぶんあなたたちはもうしばらく迷うはずよ。そしてどのくらいの時間夜市をさまようのか知らないけれど、最後には気がつくでしょうね。ここからは出られない、ということに。だからここで買い物をしなさい。悪いことは言わないわ」

 形のある珍品だけでなく、自由や若さといった形のないものでさえも、お金さえあれば売買することができる「夜市」の性質は、上述した「猿の手」のもつ性質と基本的には同等だ。そしてそれゆえに、「夜市」という非現実的空間は恐い反面、どこか人の心を惹きつける魔力をもつ。過去に一度夜市に迷い込んだことがあるという裕司にそのときの話を訊き、脱出のヒントを得ようとしたいずみだったが、裕司の口から語られるのは、一緒に迷い込んだ弟を人攫いの店で売り、「野球選手の器」を手に入れたという経緯と、けっして癒されることのない彼自身のその後の罪悪感だった。そして彼は、他ならぬ弟を買い戻すためにふたたび夜市へと赴いたことをいずみに告白する。

 本書におけるいずみの立ち位置は、じっさいのところ傍観者に近いものがあり、物語の進行に直接的な影響力をもつわけではない。そして物語は、裕司がいかにして人攫いから弟を買い戻すつもりなのか、という展開が中心となるかと思いきや、まったくもって意想外な登場人物による、意想外な物語がつむぎ出され、最後にそのすべてが意味をもつものとしてある一点へと収束していくことになる。私たちの生きる世界とはまったく異なる世界――しかし、その世界はけっして無法地帯ではなく、その世界特有のルールにそって動いている。そうしたルールを逸脱しない、しかしすべてが丸く収まるような決着が、はたしてどのようなものであるのか、それこそが本書の醍醐味であることは間違いない。

 「夜市」における異世界独自のルールと、そのルールに従って生きていかなければならない人々のある種の哀しさという点は、『風の古道』においても踏襲されている。この作品の場合、一人称の語り手は小学生で、やはり「ある日突然、何の前触れもなく」異世界である「古道」へと迷い込んだ経験をもつ人物だ。この「古道」も「夜市」同様、ただの人間には入ることのできない特殊な空間で、また妖怪や死者がさまよう危険な場所でもあるのだが、親友のカズキとともに、過去の記憶をたよりにふたたび「古道」に入り込んだ語り手がレンという名の青年と出会い、そこからやはり思わぬ方向へと物語が展開していくことになる。そして、物語が進むにつれて、この「古道」がもつ独自のルールと、レンの置かれた奇妙な因縁が少しずつ明らかにされていく。ここにおいても、語り手は傍観者の立場に近いものがあり、物語の中心点が「古道」の外から来た人物ではなく、「古道」のなかに生きる人物へとスイッチしていくという構造も『夜市』と同じである。

 いずれの作品においても、その本当の主人公と言えるのは、「夜市」や「古道」といった異世界そのものである。そして本書において、いわば巻き込まれる形でその異世界に入りこんだ人間は、そこで何かを得ることはなく、最終的には何かを失くしてしまっている。「夜市」も「古道」も、いっけんすると魅力的な場所に思えるのだが、そこにあるのはこの世を生きる人間が触れるべきものではない禁忌というべきものだ。人智を超えたものに接触してしまったがゆえの不幸と哀しさを描きつつ、そのルールに縛られながらも何とか今の状況に決着をつけようとする人々のあがきは、だからこそ人の心を打つものがある。本書が見せる別世界の、恐くてちょっと甘美な魅力を、ぜひとも味わってもらいたい。(2007.07.25)

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