【新潮社】
『靖国』

坪内祐三著 

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 8月15日は終戦記念日ではなく「敗戦」記念日である、という意見がある。1945年8月15日正午、日本は連合軍の無条件降伏を受け入れ、戦争は終結した。国と国という関係からこの事実をとらえたとき、日本は疑うことなく「敗戦国」であり、8月15日を「敗戦」記念日とするその意見は正しい。だが、この事実を鳥瞰的レベルではなく、民衆のレベルからとらえたとき、度重なる空襲と物質的な困窮にさらされてきた民衆としては、勝敗のいかんに関係なく、とにもかくにも「終わった」という意識がまずあったとしてもおかしくはない。

「敗戦」を「終戦」と置きかえることは、戦争を直接体験した記憶をもたない戦後生まれの人たちに、「太平洋戦争」という歴史的事実をどのように認識させることになるだろうか。この問題にしろ、毎年夏になると必ず持ちあがる首相の靖国神社参拝の問題にしろ、ひとつだけ確かなのは、物事をあまりにも一面的にしかとらえていないのではないか、ということである。それはもちろん、メディアの報道姿勢にもからんでくる問題だと思うが、「太平洋戦争」という歴史的事実が「終戦」であると同時に「敗戦」でもあるように、靖国神社もまた、戦没者を神として奉るという「イデオロギー的側面」のみが強調されていて、本来あったはずの姿が見えなくなっているのではないだろうか。

 本書『靖国』のなかで、著者の坪内祐三は、現在の靖国神社の「イデオロギー的側面」を一度脇に置いておき、イデオロギーによる「歴史の切断」によって埋もれてしまっていた靖国神社およびその周辺の土地がかつて持っていたはずの過去を、文字どおり掘り起こす作業を行なった。その結果浮かび上がってきたものは、たとえば明治神宮のように、多くの参拝客を迎えることもなく、常にひっそりとした雰囲気に包まれた現代の靖国神社とはまるで対照的な、「洋風でハイカラな」、人々に開かれた明るいイメージをもつ靖国神社の姿だった。そしてそれは、明治維新によって二分されてしまった下町(=江戸っ子)と山の手(=成り上がり者)のどちらに属するものでもない、すなわち日本風でも西欧風でもない、「近代日本風」としか言いようのない無属性な場、境界としてのみ存在し得る場として機能していた事実を指し示すものでもある。

 毎年のように行なわれていた例大祭、その名物となったサーカス、多くの人の関心を集めた大村益次郎の銅像や競馬、奉納相撲といったイベントの数々、そして戦後ひそかに計画されていたとされている靖国神社のテーマパーク化――明治・大正という時代において、靖国神社、そして九段坂という空間が、当時の流行の先端を行くモダンな空気を持っていたことを紹介するのが、本書の主要なテーマであることは間違いない。だが、それ以上に重要なのは、こうした靖国神社のモダン性を紹介することによって、靖国神社が本来持っている性格――何千何万という兵士たちを、国のために戦死したという理由で、一兵卒も将軍もいっしょくたにして、ひとつの場所に奉る、という性格もまた、近代になって生まれたモダンな思想から生まれたものであることを露呈してみせた、という一点にこそある。

 そう、明治以前の日本において、ただの一兵卒が神格化されるなどというのは、まさに前代未聞のことだったに違いない。言い換えれば、一兵卒が国のために戦死することさえ許されなかった時代が近代より前の日本だったのだ。明治維新によって日本に浸透した自由平等の精神を取りこんだ靖国神社は、そういう意味ではまぎれもなく「洋風でハイカラな」存在だった。そのことを知ったとき読者は、その新しさゆえ――近代の合理主義が生み出した新しい神社であったからこそ、しばしばその場所が政治的に利用され、「国光発揮」の見世物と化していったことを納得することになる。そして同時に、その見世物としての役割、人々に開かれた「テーマパーク」としての靖国神社こそが、その本来あるべき姿であった、ということも。

 靖国神社と九段坂上を挟んで向き合う形で建てられている日本武道館――本書のプロローグ部分で、その日本武道館の創設者、正力松太郎が、ビートルズの日本武道館コンサートに難色を示したという事実について、著者は「英霊」の穢れ、という観点の推論を述べながらも、「あくまで推論の域を出ない」とことわって、以下のように言葉を続ける。

 なぜなら昭和三十三年生まれの私は、正力の言葉に、まったくとは言わないまでも、ほとんど感情移入が出来ないから。だから正力が、かたくなにビートルズを拒んだ理由も、最終的にはわからない。

 戦後生まれである著者のこの言葉は、おそらく私も含めたすべての戦後生まれの人たち――戦中と、戦後の混乱と貧困を肌で感じる機会を永遠に失われた者たちに共通する認識だろう。そのことをふまえたうえで、あえてイデオロギー論に傾くことなく、多大な資料に目を通すことによって、もうひとつの「靖国」を浮かび上がらせた著者の業績は大きいと言わなければならない。だが、同時にその成果がひとつの限界かもしれない、というきわめて個人的な思いも、じつはある。そこにあるのは、戦後生まれの人間が書いた、太平洋戦争を題材にした物語を読むときに感じるような、はがゆさにも似た思いだ。日本という国を、今のような日本にしてしまった、直接的な原点である「敗戦」に、資料をもってしか触れられない、という焦燥。

 自分の調べたこと、わかる範囲のことだけについて語り、むやみに結論づけたりしない著者の真摯な態度は、本書においても健在だ。そしてそれゆえに、昔と今の靖国神社の、そのあまりにも大きなギャップを前にして、招魂斎庭が駐車場に変わったときの衝撃になんら決着をつけることができず、ただ混乱するしかない著者の、等身大の姿が見えてくる。(2002.03.27)

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