【講談社】
『ボクの学校は山と川』

矢口高雄著 



 私はふだん小説を読むとき、あくまでその内容を大事にしたい、という意思があって、それゆえに巻末の解説や表紙デザインといったものについてはあまり気にしないようにしているのだが、私が講談社文庫となった本書『ボクの学校は山と川』を手にとったとき、その表紙に非常に見覚えのあるマンガの絵が描かれていて、これはどうしても気にせずにはいられなかった。そして、そこではじめて本書の著者が、あの漫画家の矢口高雄であることに気がついた次第である。

 私が「非常に見覚えのある」と書いたのは、まだ小学生だった頃に放送されていたアニメ「釣りキチ三平」をよく観ていたからである。マンガのほうはほとんど読んだ覚えはないのだが、このアニメに関しては、私だけでなくクラスの大半の男子が観ていたことを覚えている。当時の私たちが、このアニメにどれだけ影響を受けていたかを説明するには、たとえば図工の時間に行なったある版画のモチーフが、そろいもそろって前日に観た「釣りキチ三平」の釣り上げた魚になってしまい、先生に注意されたことを挙げれば充分だろう。つまり、それだけ「釣りキチ三平」というアニメは、当時子どもだった私たちを夢中にさせる何かを持っていた、ということなのだ。

 本書は簡単に言ってしまえば、著者の少年時代の思い出をつづったものである。著者の故郷は秋田県の奥地、町の中心から20キロも離れたド田舎である。そして、著者が1939年生まれであることを考えれば、その少年時代はちょうど終戦直後、ただでさえ人里はなれた寒村であるうえに、決定的に物資が不足していた時代の思い出、ということになる。とにかく山と川しかない環境のなかで、当時の著者がいったい何をして遊んでいたのか――あるいはこんなふうに書くと、よくありがちな大自然の回顧、今の子どもたちの教育問題といった方向の本かと勘違いされる方もいらっしゃるかもしれないが、そういった要素は、あくまで本書を読んだ人がそれぞれに思いをめぐらせる程度のものでしかない、とここで断っておく。本書のなかにあるのは、なにより少年だった著者が今の自分になるにいたった経緯であり、同時に著者が描く「釣りキチ三平」をはじめとする、数々のマンガに溢れている多くの魅力の源でもあるのだ。

 本書のなかの著者は、例によって外で遊びまわる少年だったようである。だが、それと同時に勉強もよくできた、頭のいい少年でもあったようだ。また、小さい頃から絵がうまく、当時その村ではまだ貴重だったマンガを借りてきては、夢中になって読みふけっていた、というエピソードもある。マンガを読み、絵を描き、釣りや昆虫採集に野山を駆け巡り、そのうえさらに、家の仕事の手伝いや子守りまでこなす――いったい、どこにそれだけの時間があったのかと驚かされるほど、とにかく濃密で忙しい少年時代がそこには描かれている。

 なにしろ物資の乏しい時代だったし、そんなものを買えるお金もない。だが、そこはよくしたもので、不自由な時代の不自由なところに住む人たちは、何でも自分達で工夫してつくってしまう。物を買うなんてアホなことはしない。

 たとえば、本書のなかには手作りのテグスの話が出てくる。普通の糸では魚に見破られてしまう、しかしナイロンテグスのような便利なものは近くに売っていないし、仮に売っていたとしても貧しくて買えない。そこで、繭をつくる直前のクリムシを捕まえて、その腸につまった繭の元を、酢をくぐらせながらひきのばしてテグスをつくった、という話である。このエピソードは「釣りキチ三平」でもやっていたもので、だからこそ私も覚えていたものであるが、こうした人々の知恵――物資的に豊かになった今となっては、あるいは不要かもしれない知識の数々は、たとえば私がどれだけインターネットで調べても見つけることのできないものでもある。そしてそこにこそ、著者の描くマンガの魅力のひとつがあるように私は思う。それは、誰かに強制的に覚えさせられた知識ではなく、とにかく行動派だった著者が、多くの失敗のなかから見つけ出した、生きた知恵なのだ。

 著者は漫画家ということもあって、本書には文章だけでなく、著者本人が描いたイラストやマンガのカットがあちこちに挿入されている。そして、これはある意味あたり前のことであるのだが、文章よりもイラストのほうがはるかに雄弁だ。とくに驚かされたのは、その細部の書き込みの徹底さ、丁寧さである。まるで図鑑の写真のようにリアルな昆虫や魚のイラストや、葉の一枚一枚まで書き込まれた緻密な背景などを見れば、絵心の皆無な私にも、著者の漫画家としての技量の高さが伝わってくるものである。とくに、「弟の死」という小編と、文庫版になって挿入されたマンガ「百日咳」をくらべてみれば一目瞭然だろう。このふたつは同じ題材をあつかっているのだが、マンガのほうがはるかに迫力があるのだ。絵を描くこと、マンガを描くことに対する著者の強い信念が垣間見えてくる。そしてその信念は、たとえば著者が自身の少年時代について、必要以上に美化しようとしない姿勢にもよく現われている。

 不自由を常としながら、そのなかで最大限に知恵を絞り、工夫した日々を、この文章がもし誇らしく書いているとすれば、そこから得た「自信」が今日のボクを大きく支えているためであろう。

 本書のタイトルは『ボクの学校は山と川』であるが、同時に著者は現実の学校において出会う先生にも恵まれていた。著者にとって、故郷の大自然がこのうえない学校であり、教師でもあったことは間違いないが、それまでの「先生」という枠をはみだしてしまうような、個性あふれる先生との出会いもまた、著者の成長に大きな貢献をしたこともまた、けっして否定のできないことである。大自然の厳しさと、そこで暮らす人々とのたしかなつながり――それこそが、著者が少年時代に得た最高の宝であったことを、本書は雄弁に語ってくれる。(2004.10.07)

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