【集英社】
『傭兵ピエール』

佐藤賢一著 



 歴史とは過去の記録である。だが、その記録はかならずしも真実を映し出しているわけではない。「歴史は勝者によって形作られる」という言葉のとおり、歴史は偏った記録でもあるのだ。そんな歴史の裏に隠されたもの――その歴史が生まれた背後に、どんな人物が活躍し、どんな駆け引きがあり、どんな戦いやドラマが展開されたのかを考えることは、もの書きの想像力を大きく刺激するひとつの要素である。そして、教科書のなかにしか出てこない人物が、たしかにひとりの人間として生きてきたのだという証拠を見出す楽しみが、歴史小説を読む面白さでもある。
 それは、本書『傭兵ピエール』に登場する、フランスの救世主ジャンヌ・ダルクとて例外ではないのだ。

 当時のフランス王国は、混迷を深めるばかりであった。北の島国アンゴル王国による侵略で幕をあけた戦争は、地方の公爵たちの内乱などによって泥沼化したまま、すでに百年が経とうとしており、次期フランス国王であるはずのシャルルはまともに戴冠式も行なえないまま私生児呼ばわりされる始末、戦争につきものの重税によって国民の暮らしは圧迫され、せっかく育てた作物も戦火で無残に踏みにじられる。さらに追い討ちをかけるような黒死病の蔓延は、地方の村々を簡単に全滅させ、あげくのはてには盗賊と化した傭兵部隊によって一切合切奪い取られてしまう。そんな、まさに生き地獄を絵に描いたようなフランス国内で、ピエールは奪う側――傭兵部隊「アンジューの一角獣」の隊長、人呼んで「シェフ殺しのピエール」として、強盗略奪の限りを尽くしてきた。そんな彼らがある冬の日に襲った旅の貴族――その中にいたのが、他ならぬジャンヌ・ダルクであった。

 フランスを救うという、神に与えられた使命を果たすため、戦場と化したオルレアンへと向かうか弱き少女の姿に、おちぶれたとはいえ、もともとは貴族の鏡と謳われたアルマン・ドゥ・ラ・フルトの私生児として育てられたピエールは、いったいどのような思いを抱いたのだろうか。使命をはたした後に処女を捧げるという約束をかわしてジャンヌを見逃したピエールは、傭兵のそもそもの生業である職業軍人としてフランス王太子軍への従軍を決意し、ジャンヌがいるはずのオルレアンへと足を向けることになる。
 だが、そこで彼が見たものは、救世主ラ・ピュセルとして降臨した、聖女ジャンヌの姿だった。

 自ら戦場の最前線に立って戦士達の士気を鼓舞し、まさに神懸り的な力でフランス王太子軍を勝利へと導いていく少女ジャンヌ・ダルク。だが、本書ではピエールという傭兵の目を通じて、ジャンヌ・ダルクを救世主ではなく、あくまでひとりの人間として描こうとしている。キリスト教の教義に関して純粋なまでに従順で、正しいと決めたことは何が何でも貫こうとする意志の強さ、戦死者に対しては敵であっても祈りを捧げ、溢れんばかりの慈愛を見せる一方で、ピエールやその仲間達に対して見せる、融通の効かない頑なさや、ちょっとしたことに耳まで赤くして恥ずかしがったり怒ったりする、そんな妙に人間臭い一面をうまく書きわける文章は、いかにも読ませるツボを心得ている著者らしい。そして、そんなジャンヌに特別な想いを寄せながら、傭兵としてのすさんだ生活に壊れてしまった心を少しずつ取り戻し、人として、貴族の息子として誇り高く生きるようになるピエール――その心の成長を何より強く描いた本書は、そのタイトルにあるとおり、傭兵ピエールの物語なのである。

 歴史の教科書によれば、ジャンヌ・ダルクは一四三一年、イギリス軍の捕虜のまま、ルーアンの宗教裁判で異端――魔女として焚刑に処せられた、とある。だが、小説の世界に歴史の通例がそのまま持ち込まれるとは限らない。本書のなかで、ジャンヌははたしてどのような運命をたどることになるのか? それももちろん本書の読みどころのひとつではある。だが、なによりも、お互いに惹かれるものを感じながら、一方は生死を共にした仲間たちに、もう一方は神によって縛られているピエールとジャンヌが、いったいどのような紆余曲折を経て、どのような結末を迎えることになるのかが、一番の感心事と言えるだろう。さらに、ピエールの出生の謎や、それぞれにひとくせもふたくせもある「アンジューの一角獣」の仲間たちの行く末、さらには救世主誕生の裏に隠された陰謀など、さまざまな伏線を周到に用意した本書は、もはやただの歴史小説と言うにはあまりにもよく完成された、まぎれもないひとつの物語なのである。

 ときの権力者によって、民衆を統治するための都合のいい政治的道具として捏造されることさえそれほど珍しいことではない歴史――その事実は、現代に生きる私たちにとっても無関係ではありえない。現に教科書という、文部省の検閲によって骨抜きにされた知識の一部としての歴史しか、私たちには教えられていないのだ。上述したとおり、歴史の裏側にあったことはもの書きの想像力を刺激する材料ではあるが、その想像力によって膨らんだ、もうひとつの歴史でもある歴史小説とは、既存の知識、既存の教育を押しつけようとする社会に対するアンチテーゼなのかもしれない。少なくとも、そこに描かれる人物は、けっして教科書のなかで落書きの対象とされるような、つまらない存在でないことだけは確かだ。(1999.12.19)

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