【角川書店】
『夜は短し歩けよ乙女』

森見登美彦著 



 読書諸賢、ごきげんよう。八方美人男である。

 さて、「お花畑で追いかけっこ」というシチュエーションをご存知であろうか。
 たとえばここに、ひとりの恋に悩める人物がいる。彼もしくは彼女は、とある異性に対して、並々ならぬ恋心で身を焦がすような思いを抱いている。愛しの彼女もしくは彼と、できればラブラブな関係になりたい。でももし断られでもしたら、私のハートはガラスのように砕け散ってしまう……。そう、それは恋の片道通行、いわゆる片想いというやつだ。そんな片想いな人物があるきっかけで、意中の異性ともし両想いになれたら、と自身の脳内でかぎりない妄想をはたらかせた結果を表現しているのが、「お花畑で追いかけっこ」なのだ。

 なにしろ、脳内の妄想であるからして、そのなかでふたりは都合よくラブラブな関係だ。見渡すかぎりのお花畑という、どこかにありそうで、じつはどこにもありえない場所で、ふたりはひたすら追いかけっこに興じる。「待てよー、こいつぅー」「ほーら、私をつかまえてごらんなさーい」「アハハ」「ウフフ」――現実の意中の相手がどんな性格であれ、妄想のなかの彼もしくは彼女は例外なく爽やかに笑い、そして自分に対してとても優しいという強烈な補正がかかってしまうこの「お花畑で追いかけっこ」、おもにコメディ漫画の世界、未確認ながら、おそらく『うる星やつら』の高橋留美子あたりが積極的に取り込みはじめ、今では「パンをくわえて走り出す少女」シチュエーションと同じくらいメジャーな表現となっている。

 なぜお花畑なのか、なぜ追いかけっこなのか、もしつかまえたとして、その後の展開はどうなのか――そのあたりの象徴的意味論についてはとりあえず置くとして、なぜこのような話を述べることになったかと言えば、それは今回紹介する本書『夜は短し歩けよ乙女』が、ものの見事にこの「お花畑で追いかけっこ」的妄想世界をこれでもか、というくらい炸裂させることによって、現実世界を舞台としていながら、どこかレトロで独特の雰囲気をつくりだすことに成功しているからである。

「御都合主義もいいところだ!」

 本書の内容をてっとり早く要約してしまうと、つまりはある片想いの青年が、意中の女の子となんとかお近づきになりたいと奮闘努力する物語である。青年は京都の大学院に通う院生で、何かの実験データをとるシーンがあることから、理系の専攻をとっていることはわかるが、その詳細についてはさだかではない。そして、そんな彼が一目惚れしてしまった女の子というのは、彼も所属している、これもその活動内容がさだかではないクラブの後輩で、つややかな黒髪を短く切りそろえた、小柄な「乙女」である。

 私はここで「乙女」という言葉を使ったが、それはたんに本書のタイトルに準拠しただけではなく、彼女が文字どおりの「乙女」属性をそなえているからに他ならない。およそ、女としての性的イメージとは無縁の、あくまで清らかで天真爛漫、何にでも興味をもち、キャンパスライフを心ゆくまで楽しもうとしている愛すべき天然キャラ――この、どこをどうとっても世の男性の理想像を具現化したような、リアルな世界ではありえない「乙女」に対する、妄想爆発の男の片想いをテーマとした本書であるが、じつのところ、本書の恋愛小説的要素は、むしろその典型的なシチュエーションを踏み台にすることで、読者を一気に物語内の妄想的世界へと引きずりこむためのものとして機能するものである。

 そう、まさに「お花畑で追いかけっこ」の世界だ。私たち読者は、このシチュエーションを目のまえにすると、それがあくまである個人の妄想世界であることを無自覚に了解する。それと同じような思考回路が、本書を読み進める読者の脳内でも起こるよう、たくみに仕向けているところがある。そして、一度そうなってしまえば、たとえ本書のなかでどれだけ非現実的な出来事が展開しようと、それはすべて物語内の独自の世界観として了承されてしまうのである。

 古本市をさまよっている彼女は一冊の本を見つけ、意気込んで手を伸ばす。そこへ伸びてくるもう一つの手。彼女が顔を上げると、そこに立っているのは私だ。私は紳士的にその本を彼女に譲ってあげるにやぶさかではない。彼女は礼儀正しくお礼を述べるだろう。――(中略)――
 どこまでも暴走する己のロマンチック・エンジンをとどめようがなく、やがて私はあまりの恥ずかしさに鼻から血を噴いた。
 恥を知れ。しかるのち死ね。

 現代を舞台としているにもかかわらず、まるで大正浪漫を思わせるような、いささか古風で洒落た言い回しを駆使して繰り広げられる本書は、片想いの青年が一人称の「である」調のパートと、天然キャラな乙女が一人称の「ですます」調のパートがくり返されることで物語が進展していく。青年は乙女を追いかけ、その先でいろいろな災難やトラブルに巻き込まれるが、乙女のほうはそんな彼の奮闘努力にまったく気づくことなく、やはり同じように奇妙奇天烈な出来事に巻き込まれていく。夜の先斗町で、糺ノ森での古本市で、学園祭が行なわれる大学で、ふたりの物語はさまざまな非現実的展開を取り込みつつ、しかし決定的にすれちがっていく。はたして、青年の想いは乙女に届くのか、という点もさることながら、何より彼らをとりまくキャラクターや小道具が魅力的だ。

 地に足をつけない生き方で飛行術をマスターしている自称「天狗」の樋口、悪徳蒐集家から古本をさらってしまう古本市の神、一年間パンツを履き替えていないパンツ総番長、がめつい金貸しであり、また愛すべき酒飲みである李白、屋上に池と竹林のある三階建ての電車、偽電気ブラン、韋駄天コタツにゲリラ演劇、くしゃみで竜巻も起これば、空から錦鯉も降ってくるという奇想天外なシチュエーションは、奇しくも上述した高橋留美子のコメディ漫画を髣髴とさせるものがある。つまり、人間も宇宙人も妖怪も幽霊も一緒くたにしたはてしないドタバタストーリーの系譜が見られるのだ。そして、そんな世界観において、およそリアリティーについて考慮するのは、あまりにもナンセンスだといえる。

 愛しの黒髪の乙女との仲を進展させるべく「ナカメ(なるべく彼女の目にとまる)作戦」を決行しながらも、ひたすら外堀を埋めていくだけでなかなか本丸を攻略できずにいる純情青年と、そんな彼の奮闘になかなか気がつかない純情乙女――そして、そんな彼らをとりまく愛すべき変人たちが織りなす、底抜けに明るく幻想的な物語を、ぜひとも堪能してもらいたい。(2007.02.13)

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