【新潮社】
『西の魔女が死んだ』

梨木香歩著 



 自分にとって本当に幸せな生き方とはどういうものなのか、あなたは自信をもって答えることができるだろうか。仮に答えられたとして、その答えが社会情勢や自分をとりまく環境、周囲にいる人たちが、おそらく無自覚に押しつけてくる価値観に影響されたものではなく、まぎれもない自分自身と向き合った結果として導き出された答えだと言い切ることができるだろうか。

 まぎれもない自分ときちんと向かい合い、その直観の声に耳を傾けるのは、非常に難しい。もし、それが誰にでも簡単にできることであれば、世の中にこれほど多くの不幸が溢れているはずがないだろうし、これほど多くの人が安易な幸福のために安易な手段を選ぶこともないだろう。人間というのは弱く、そして弱いがゆえに何かに流されやすい生き物でもある。どんなにすぐれた人格者であっても、一瞬の気の迷いによって大きな不幸を背負い込んでしまうことだってあるのだ。今の世の中に蔓延している、どうしようもない閉塞感――その原因のひとつは、自分以外の何物かが提示する価値観を、それがあくまでたくさんある価値観のひとつであることに目をつむり、あまりにも無防備に、唯一絶対のものだと信じ込みすぎた結果、自身の本当の気持ちに耳を傾ける訓練をしなくなった人たちが増えてきている、というのが挙げられるのではないだろうか。

「その時々で決めたらどうですか。自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありませんよ。――(中略)――シロクマがハワイより北極で生きるほうを選んだからといって、だれがシロクマを責めますか」

 本書『西の魔女が死んだ』という作品について、すごく簡単に説明してしまうと、中学校に入ってまもなく登校拒否をおこしたまいが、田舎に住む祖母の家でしばらくの間、祖母とふたりきりで生活していく様子を描いた物語、ということになる。それだけだといかにもどこにでもありそうなお話のように思われるかもしれないが、祖母がじつは魔女の血を引く家系の女であり、まいが祖母から魔女になるためのレッスンを受けることになる、という展開となれば話は別だ。もともとは外国人で、日本人の男性と結婚して日本で暮らすようになった祖母が語る、自分の先祖が体験したという予知能力や透視といった不思議な力――まいは、自分にもそんな力があれば、もっとスムーズに中学校でもやっていけるのではないか、と大きな期待を抱くのだが、祖母がまいに課した、魔女になるための「基礎トレーニング」とは、「まず、早寝早起き。食事をしっかりとり、よく運動し、規則正しい生活をする」というものだった。

 悪魔を防ぐためにも、魔女になるためにも、いちばん大切なのは、意志の力。自分で決める力、自分で決めたことをやり遂げる力です。その力が強くなれば、悪魔もそう簡単にはとりつきませんよ。

 本書の中でとりあげられている「魔女」とは、たとえばキリスト教との関係で語られる、悪魔と契約し悪事や淫行にふける忌むべき存在であるとか、あるいはファンタジーやメルヘンの世界で語られるような悪い心を持つ老婆とか、不思議な力を操り、どこか人間離れした魅力を持つ女性とかいった、言うなれば大袈裟なものではなく、人とはちょっと異なった感情や考え方を持っている人間、といった程度の扱いである。じっさい、まいは祖母のことを「西の魔女」とひそかに呼んでいるが、だからといって祖母が魔法や超能力を使うことができる、というわけではない。ただ、彼女は「自分にとって居心地の良い生き方」を知っており、その生き方を自信をもって続けていく心の強さを持っている、ということである。

 けっして交通が良いとはいえない辺鄙な田舎の一軒家に、たったひとりで暮らしている祖母――豊かな自然がもたらす四季折々の変化を、自分の生活の一部として取り入れて生きていく、と言えば聞えはいいが、私たちが現実問題としてそうした環境で生活していくと考えたとき、おそらく自然の豊かさに感嘆するより、さまざまな生活の不便さ、その厳しさにうんざりすることになるだろうことは、容易に想像できる。おそらく、祖父が死んだ時点で、まいの祖母にはこの場を離れ、子どもたちの庇護のもとに生きる、という選択肢もあっただろうと思うのだ。だが、彼女はそうしなかった。たとえ不便な生活になろうと、安楽な生活でなくなろうと、自分の居場所、自分らしい生き方を大切にする、という強い意志は、まさに本書で言うところの「魔女」にふさわしいものであろう。

 世間一般の価値観や時流とは異なっていても、あくまで自分らしい生き方ができる、密やかな場所を守る女性たち、というテーマは、同著者の『からくりからくさ』でも見られた、著者の大きなテーマのひとつである。じっさい、本書のなかに登場する女性である祖母も、そしてまいの母も、それぞれまったく違う生き方をしていながら、あくまで自分の生き方を自分で決めていく、という意味では似た者どうしであるのだ。そして、まいもまた自然のサイクルを肌で感じる生活を通じて、自分の心の内にある直観の声に耳を澄ませる訓練をしていく。自分が何者なのか、どのように生きていくべきなのか――そのとき、本書はたんなる登校拒否児の再生の物語であることを超えて、人が本当に幸せに生きていくための普遍的な物語へと変化するのである。

 本書のタイトルを見ればあきらかであるが、物語は祖母の死という、ひとつの流れの終焉を冒頭に持ってきている。人の死というのは重い事実であり、また人は死んだらどうなるのか、という疑問はけっして誰にも答えることのできないものであり、だからこそ死はときに人をもっとも恐怖させる要素でもある。魔女修行にとって天敵でもある、心を動揺させる外からの要素――本書のラストで祖母が見せた、そしてまいが気づいたたったひとつの魔法が、本書が語る「魔女」の本質をもっともよく現わしていると言えるだろう。死とはあくまで自然の流れであり、四季が移り変わり、草木が枯れてまた青々と生い茂るのと同等のものなのだ、と。(2003.08.04)

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