【つげ書房新社】
『コレ下さい!』
Warm Hearts

風真弘子著 



 仕事でも趣味でもかまわないが、何かひとつのことを、他ならぬ自分の意思で長くつづけている人の話を聞いていて面白いと思うのは、たしかにその人が打ち込んでいる事柄はひとつであり、そういう意味においてその人はその道の専門家であるのだが、彼らはかならずしもひとつのことしか頭にない専門バカに成り下がっているわけではない、という点である。

 長い年月をひとつのことに打ち込んでいくその過程は、ひとりの人間の人生同様、けっして平坦な道のりばかりではない。たとえ、好きではじめたことであったとしても、つらいことや苦しいこと、あるいは試練とも思えるような逆境に襲われることを体験しなければならない場合もある。そして、そうした逆境を何度も乗り越えた果てに結果として残るのが、「継続」の足跡であり、それはまた彼らにとっての人生の一部にもなりうるものでもある。そう、たとえそれがどんなにちっぽけなものであったとしても、ひとつのことに長く取り組んできた人たちは、一様に自身が取り組んできた事柄のなかに、自身の人生の指針を見出す傾向にあるのだ。

 どんなに才能があっても、どんなにすぐれた力をもっていても、時は無常に流れ去り、その過程において常に順風満帆というわけにはいかない。逆境は自分の無力さを思い知らせ、またそれゆえに、それまではたいしたものとも思わなかった他人の支えが、この上なく大切なものとしてあらためて見えてくるようになる。そしてそうなったとき、人はそこから多くのことを学んでいく。ひとつのことを愚直につづけてきた人というのは、同時に人生をより良く生きていく達人であり、多くのことに目を向けることのできる人でもある。

 本書『コレ下さい』の著者は、プロのタップダンサーとして今も活動をつづけている方である。それまで勤めていた大企業を中退してタップダンスの道に入ったという経歴をもつ著者にとって、タップダンスはライフワークとして位置づけられるものであるのだが、私が面白いと思ったのは、本書においてタップダンスのことが書かれているのは、全体の三分の一にも満たない量であり、残りは主に自身が思ったり感じたりしたことと、いろいろな意味で著者の支えとなっていた母親のことに割かれている、ということである。これは、著者の心のなかでタップダンスと自身の人生そのものが、分かちがたく結ばれている、ということでもある。

 タップダンスに対する情熱やその楽しみ、またタップダンスという、けっしてメジャーとは言えない踊り(と音楽)を少しでも多くの人に知ってもらいたいという一念のもとにはじめた、諸々のこと、そしてその過程で出会った多くの人たち――もちろん、著者にとって自身とタップダンスとの関係は何ものにも変えがたい大切な絆であることに間違いはないが、一種のエッセイでもある本書のテーマが常にタップダンスのことばかりに偏らないのは、タップダンスをつうじて経験してきたことが、そのまま人生における経験にもつながっているからである。

 正直なところ、本書をある人物のエッセイとしてとらえるのであれば、自身の体験を客観視する部分が甘く、それゆえに意見を一方的に押し付けられているような印象があるのは否めない。ここで言う「自身の体験を客観視する」というのは、自分をどこまで笑い物にすることができるか、ということであるが、そうした部分が少ないという点で、たとえば東野圭吾の『あの頃ぼくらはアホでした』やリリー・フランキーの『東京タワー』などとくらべると、どうしても見劣りがしてしまう。だが、にもかかわらず本書がけっしてひとりよがりな独白となっていないのは、ひとえに著者自身の飾らない性格、自分の周囲にいる人たちへの深い思いやりが感じとれることに尽きる。

 たとえば、「そんなのあなたらしくない」という言葉がある。人によっては「あなたに私の何がわかるっていうの!」と激昂させてしまいかねない言葉だが、著者はその言葉を発した人間の意図はともかくとして、そうした言葉をかけてくれたことで、結果として自分にとって大切なことが何かを知ることができたとして感謝することができる人間なのだ。謙虚であろうとすること、情熱を忘れないようにすること、そして他人はどうあれ自分を見て、自分にとって何が大切なのかを考えること――そうした前向きな言動は、タップダンスという踊りであり、同時に音楽でもある自己表現をライフワークとしている著者らしいものである。そしてそう考えたとき、本書の内容がタップダンス以上に、母親のことに多く割かれているという事実もおおいに納得できるのだ。なぜなら、著者にとって母親こそ、もっとも長く自分のそばにいて、自分を何らかの形で支え続けてきてくれた人なのだから。

 そんな魅力的な著者ではあるが、文章という形で何かを伝えるということに関しては、けっして向いているとは言えないのが正直なところである。だが、そうした書くことに対する技術はともかくとして、少なくとも著者のあたたかな心――「人」と「今」を大切にしていきたいという心は、たしかに私にも感じられた。そして本書はなにより、何かに一途に取り組んできた人の魅力について書かれた本だと言うことができる。(2006.06.13)

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