【東京創元社】
『理由(わけ)あって冬に出る』

似鳥鶏著 



 高校生というのは、身体については大人同然の成長を遂げているにもかかわらず、精神的にはまだ大人になりきれておらず、また法律的にも大人として扱われることのない年齢の少年少女のことを指す単語だと言っていい。彼らはまぎれもない自分自身というものと、そんな自分をとりまく世界とを認識し、その矛盾に憤慨したり、何かのために行動を起こしたりする。だが、その思慮の足りなさや経験不足、あるいは知識のいたらなさゆえに、しばしば間違った方向へと突き進んでしまうこともある、なんとも不安定で多感な存在だ。

 学園モノのミステリーでは、しばしば高校生が探偵役となって事件の謎を推理していく、という展開になっていくが、あくまで事件とは直接関係しない第三者の立場で、冷静な客観性と洞察力、そして豊富な知識によって自身の推理を裏づけしていくという探偵役は、じつは多感で不安定な高校生にはもっとも不向きな役割である。よく考えてみてほしい。まだ十代のあおっちょろい高校生が、捜査のプロである警察をはじめとする世の大人たちをさしおいて、物事の真実を究明していくという図は、それがフィクションだとわかってはいても違和感を覚えずにはいられない。だが同時に、学園という舞台に特有の閉鎖性などを考えたとき、そこが何らかの事件を引き起こすにはおあつらえの場であるというのも事実である。じっさい、辻村深月の『冷たい校舎の時は止まる』では、時間の止まった校舎という特殊な場を生み出すことで、また初野晴の『退出ゲーム』では、文化祭というイベントを理由に警察の介入を押しとどめ、高校生たちが否応なく探偵となって事件と向き合わなければならないという状況を作り出している。逆に言えば、そうした状況をいかにうまく生み出していけるかが、学園ミステリーの肝ということになる。

 さて、本書『理由(わけ)あって冬に出る』は、某市立高校の「芸術棟」と呼ばれる建物を舞台とした学園ミステリーであり、登場人物もその建物の部屋を部室としている文科系クラブの者たちで固められている。語り手である葉山は美術部所属、芸術棟三階にあるアトリエを活動の場としているが、ひょんなことから吹奏楽部に協力を求められ、この建物に出るという幽霊の噂の真偽をたしかめるために夜の芸術棟に赴いたところ、予想に反して噂どおりの怪奇現象を目撃してしまう。

 はたして彼らが見た「幽霊」とはどのようなトリックによるものなのか、そしてもしトリックなら、いったい誰が、何のためにそんな手の込んだことを仕組んだのか、という点を中心として話が進んでいくことになるのだが、そのタイトルからも類推できるように、冬という、およそ怪談話をするには季節はずれの時期に、じっさいに出没してしまった幽霊の謎という題材は、学園ミステリーとしてよく練られたものだと言える。なぜなら、幽霊などのオカルトネタは、いかにも高校生たちが気にするものであり、その騒ぎが原因で吹奏楽部の活動が支障をきたすという理由も信憑性があるいっぽう、先生などの大人たちはそうした話題を頭から否定して、なかなか本気で対策をとろうとしない、という心理があるからで、これで他ならぬ高校生たち自身の手で事件を解決しなければならない、という状況が自然に出来上がってくるのだ。

「芸術棟」という舞台も、ある意味で象徴的だ。何のために使うのかが曖昧なままに建てられ、そこに「芸術棟」という名前をつけることで文科系クラブの面々が適当に使うことになったこの建物は、廊下を占有する種々雑多なガラクタのごとく、クラブ間の境目も曖昧で、良くも悪くもクラブどうしのつながりがある。それゆえに、美術部の葉山に吹奏楽部からの協力がごく自然になされるような空気ができているし、何より探偵役となる伊神は文芸部の三年生である。美術部であるはずの葉山を助手に従えて、「放課後探偵団をやってみない?」というノリは、そうした空気があってこそ成立するものであるが、そのあたりの雰囲気づくりのうまさが本書の大きな特長のひとつである。

 あるわけがない、というのは怪談に関しては当然のこと。――(中略)――だが、あるわけがない、では、恐怖はなくなってはくれないのだ。あるわけがない、だけど、もしあったらどうしよう、というのが怪談の本質なのだから。

 本書にかんして言うなら、幽霊などいるわけがない、というのがきわめて常識的な判断である。だが、それでもなお「いたらどうしよう」という思いに大きく揺さぶられてしまうのが高校生であり、そういう意味で彼らはいろいろなものに影響されやすい。何より助手の葉山自身、そうした恐怖にのまれてしまいがちなキャラクターという設定だ。そして、そうした心理のうちに学園ミステリーとしての要素を見出したのが本書である。たとえばいかにも高校生らしい短慮な、しかしどこかひたむきで純粋な思いは、学園モノには必須というべきものだと言えるが、そうした要素がミステリーの謎解きのなかにもしっかりと組み込まれているのだ。

 いかにも探偵役にふさわしい集中力と常識のなさを兼ね備えた伊神と、助手役として献身的ではあるが、それゆえに苦労の絶えない葉山の「放課後探偵団」が活躍する、ちょっとコミカルな学園ミステリーをぜひ堪能してほしい。(2012.04.10)

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