【新潮社】
『0をつなぐ』

原田宗典著 



 原田宗典という作家の書いた小説に触れるとき、私はいつもそこに、若者に特有の青臭さにも似た感じを覚える。それは、たとえば島田雅彦のように、すべてを計算しつくしたうえであえて生み出しているたぐいの青臭さではなく、純粋に若いという、ただそれだけの事実をもってにじみ出てくる青臭さ――十代の若者が一刻も早く大人になりたいと願って懸命に背伸びをしてみせる、しかしそんな姿こそがますますその者の若さを強調せずにはいられないという、今はもしかしたら過去のものとなりつつあるのかもしれない貴重な青臭さである。

 ここでことわっておかなければならないのは、少なくとも著者に関しては、青臭い小説を書くことと、未熟な小説を書くことがイコールで結ばれるわけではない、ということだ。誰もが一度は経験したことのある、あるいはこれから経験するであろう、青春という名の蜜月を、あるときは『十九、二十』や『優しくって少し ばか』のように、どこにでもいそうな若者のさえない様子や、甘ったるい恋愛関係をまっすぐにとらえることで表現しようとする。そのとき、物語の登場人物と読者との距離は限りなくゼロに近づき、読者は登場人物のなかに、等身大の自分の姿を重ねてイメージすることになる。そして、その等身大のイメージこそ、著者の最大の魅力だと言うことができるのだ。

 本書『0をつなぐ』を一言で説明するなら、いわゆるショート・ショートと呼ばれる短編を集めた作品集、と言うことができるだろう。あからさまにオカルトっぽいもの、ちょっとしたホラー感覚のもの、思わず笑ってしまいそうなものなど、その内容はさまざまであるが、すべての短編に共通して言えるのは、何気ない日常を舞台としながらも、その日常の影に身を潜めている非日常を描こうとしている点である。たとえば、死んだ人間に会うことができるという薬が出てきたり、色紙に書かれた一本線が人間を襲ったり、見るたびにその姿が変わる肖像画があったり、過去の自分と電話で話をしたり、といった、現実ではけっして起こりない出来事が、それぞれの短編におけるテーマとなっているのだ。

 この手のたぐいの小説で重要なのは、いかに斬新なアイディアを思いつき、それを一本の短編として無理なく表現することができるか、ということと、いかにうまいオチをつけることができるか、ということの二点に集約されるのではないかと私などは思うのだが、前者に関しては文句なしに合格点と言っていい本書は、しかし後者に関しては、非現実的な出来事をテーマとしているがゆえに、謎が謎のまま放り出されてしまう結末のものが多い、というのも事実である。

 ショート・ショート、という言葉からまず思いつくのは、SF作家としても有名だった星新一の残したショート・ショートではないだろうか。彼の一連の作品群は、間違いなく前述の二つの条件を満たしていた。それは、あるいは星新一が、科学的整合性を前提に物語を構築するSF作家であることも関係しているのかもしれないが、斬新なアイディアを取り込みつつ、確実なオチをつけて落とすという彼の作品が安定した面白さをもたらすのに対して、本書は面白いことは面白いのだが、ある種の居心地の悪さを読後に残すことになる。そこに、純粋にアイディアだけで勝負しようという、著者の気概を感じるのは、あるいは私だけであろうか。

 小説を書くという行為――この世の中に、まさに星の数ほどの小説が生み出されいる事実に直面したときに、それでもなお小説という表現形式で物語を構築していくことを選んだ数多くの小説家たち、あるいはそれを上回る小説家予備軍たちは、いったい何のために小説を書くのだろうか、と考えずにはいられない。私的なことで恐縮だが、かつて私が学生だった頃に知り合った友人は、小説家となることを目指しながら、ある日を境に小説を書くことをピタリとやめてしまった。その理由を訊ねたところ、「自分には中上健次のように、なんとしてでも書かなければならないことが何もない」という答えが返ってきた。彼の言いたかったことは、今にして思えばそれとなく理解することができる。心の底から湧きあがってくる、表現せずにはいられないという衝動――友人は、その衝動を感じることができなければ小説を書いても仕方がない、あるいは書く資格がない、と考えていたのではないだろうか。もし、その論理にもとづいて本書を判断するなら、斬新なアイディアという要素だけで小説を書いた彼の短編集は、小説としては二流の作品、ということになるのだろう。

 だが、本当にそうなのだろうか? 小説を書くのに「表現せずにはいられないという衝動」が必要であると、いったい誰が決めたのだろう。それまで不変だと信じられてきた価値観が次々と崩壊し、何が正しくて何が間違っているのか、判断するのが非常に困難な作業となってきている今の世の中を考えたとき、純粋に奇抜な発想だけで、小説という表現形式がどこまで高みを極めることができるのか、そんな考えを持った小説家がひとりくらいいても構わないのではないだろうか。そして、そんな若々しい気概を感じる本書に、それまでの著者の作品とはまた違った青臭さを、私はたしかに感じるのである。

 本書のタイトルの『0をつなぐ』――ゼロという数字の後にどれだけゼロをつなげたとしても、ゼロはゼロでしかない。だが、算数の世界から離れてちょっとばかり視点を変えてみたときに、ゼロのつらなりは一本の鎖としての意味を生み出すことになる。そんな、アクロバット的な価値観の変換を目指す著者の作品が、青臭さを脱却したとき、そこにどのような物語が展開されるのか――非常に楽しみな作家であることに間違いはない。(2000.05.21)

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