【早川書房】
『拷問者の影』

ジーン・ウルフ著/岡部宏之訳 

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 以前紹介したジョー・ヒルの『20世紀の幽霊たち』のなかで「センス・オブ・ワンダー」について触れたが、この「センス・オブ・ワンダー」、何かに対して不思議だと感じる心の動きは、なにもあからさまに非現実的な出来事――それこそ、幽霊やUFOに遭遇したり、時間を跳躍したり、超能力が使えるようになったり、異世界への扉を発見したりといった出来事によって引き起こされるわけではない。私たちがあたり前のように日常生活をおくっているこの現実世界のなかにおいても、よくよく目をこらしてみれば、不思議に感じられることは数多く存在する。なぜ空は青いのか、なぜ鳥は自由に空を飛べるのか、地球が丸く、すごい速さで自転しているのであれば、なぜ私たちは地球から吹き飛ばされることなく生きていけるのか?

 あるいは、これらの現象は科学的に説明のつけられることなのかもしれないが、「センス・オブ・ワンダー」は知識の有無によって左右されることはない。むしろ、知識が増えれば増えるほど、ますます多くの不思議と遭遇し、「センス・オブ・ワンダー」はどこまでも広がっていくものなのだ。繰り返しになるが、私たちの生きる世界は、それこそ自分自身の存在も含め、多くの不思議に満ちている。問題なのは、受け手である私たちが何に対して「センス・オブ・ワンダー」を感じるか、ということである。

 SFやファンタジーといったジャンルの小説にキモとなるものとして、よく「センス・オブ・ワンダー」をいかに読者に感じさせるか、というものがあるが、今回紹介する「新しい太陽の書」の一作目になる本書『拷問者の影』は、まさにその要素を充分に満たしてくれる作品だと言うことができる。

 本書の一貫した語り手は、セヴェリアンと名乗る男であるが、この語り手が何者で、現在どこで何をしているのか、私たちは想像をたくましくするしかない。この語り手が、自身の自叙伝を記述するという形で展開していく本シリーズのなかで、ときおり垣間見せるセヴェリアンは、その世界において相当高い身分にあるか、あるいは巨大な権力を手にしているということを匂わせるのだが、少なくとも本書のなかで語られる過去のセヴェリアンは、「拷問者」と呼ばれる職人ギルドの徒弟として、物心ついたときから<剣舞の塔>のなかで暮らしている。

 少なからず禍々しい印象を受ける「拷問者」ギルドとは、さまざまな理由で送られてくる「客人」たちを効果的に痛めつけることに長けた職業組合であり、彼らの住む塔の地下には、「客人」を閉じ込めておく独房や、さまざまな拷問器具が鎮座している。血の匂いや死の恐怖、すすり泣きの声やうめき声が絶えないであろうその場所は、けっして気分の良くなるものではないはずであり、じっさい「拷問者」ギルドは人々から忌み嫌われているわけであるが、あくまで当時のセヴェリアンを主体として進んでいく本書において、そうした負の要素はほとんど感じられない。それは、ひとえに彼が「拷問者」ギルドというごく狭い世界しか知らない環境で育ったから、という理由によるものだ。

 それまでのセヴェリアンにとって、組合は彼の全世界に等しいものであり、また自身もゆくゆくは「拷問者」として、組合のなかでの地位を獲得していくことになるし、そのことに疑問の余地などないと考えていたところがある。それは、組合に引き取られた人間がたどるべき運命ともいうべきものであるが、少なくともセヴェリアンが自身の意思で選択したものではない。じっさい、彼が徒弟としての年季を終えて「拷問者」への昇格を言い渡されるさいに、「拷問者」以外の道を選ぶこともできると師匠に言われるが、自身の生きる世界――広大な古都ネッソスの辺境にある、<剣舞の塔>以外の世界を知らないセヴェリアンは、まさに「ここ以外にどこへ行けばいいのかわからない」という理由で、組合への忠誠を誓うことになる。

 だが、物語のなかでセヴェリアンは、組合の規則に背く行為を引き起こし、結果として組合から追われる身となってしまう。もちろん、彼に何らかの影響をおよぼしたとされるいくつかの出来事――「独裁者」と呼ばれる人物と敵対しているヴォダルスとの出会いや、「拷問者」ギルドの「客人」として<絶対の家>から連れてこられたセクラの方への愛の目覚めといった出来事はあるのだが、なぜ自分がそれまで築いてきた組合での地位を棒にするようなことをしでかしたのか、はっきりとした答えを見出せていない。そういう意味で、本書はセヴェリアンがその答えを見出すための物語だと位置づけることもできる。

 本書の基本的な姿勢として、語り手にとってごくあたり前のこと、あるいは本人もよく知らないことは、それと意識しないかぎりその正体について説明されることがない、というものがある。それゆえに、物語内の世界を特徴づける要素――たとえば世界を支配しているらしき「独裁者」や、特権的な階級にいるらしい「高貴人」、「魔女」「拷問者」といった職業ギルドの存在や、絶滅しているはずの動物たち、人間とは思えない、しかし知性のあることがうかがえる生き物たちのことが、何の説明もないままあたり前のように登場するのだが、この物語のなかにちりばめられている数々の疑問や不思議こそが、読者に「センス・オブ・ワンダー」を引き起こさずにはいられない。そしてそれは、他ならぬセヴェリアン自身が体験していることでもあるのだ。なぜなら、彼のそれまで属していた世界とは、「拷問者」ギルドという閉じた世界でしかなかったのだから。

 本書を読みすすめていくとおのずと見えてくることでもあるが、この物語の世界には、どこか閉塞した雰囲気と、目には見えてこないのだが、だからこそ気づかずにはいられない死の匂いが漂っている。セヴェリアンが所属していた「拷問者」ギルドにしても、なぜ「客人」を拷問しなければならないのか、そもそもどういった基準で「客人」が選ばれてくるのか、ほとんど何もわからないのだ。だが、にもかかわらず「拷問者」ギルドがおそらく相当長い時間組織として機能してきたであろうことは、拷問技術の様式化や慣例化が、その本来の意味が失われてしまっているほど進行していることからも見てとれる。そしてそのなかでセヴェリアンは、自分がどこへ向かっているのかも、そして死ぬというのがどういうことなのかも、実感の湧かないまま世界を遍歴していかざるを得なくなっている。

 ときに高度な科学技術が用いられたことを示唆するような建築物が現われながら、その原理や本来の仕組みもわからないまま、なかば放棄されているような状態があちこちで見受けられる閉塞世界のなかを放浪することになるセヴェリアン――さまざまな思惑や謎を抱えた彼の旅は、まだ始まったばかりである。(2010.02.10)

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