【文藝春秋】
『青の時間』

薄井ゆうじ著 



 レディース、エーンド、ジェントルメーン!
 今日は八方美人男主催「八方美人的超ウルトラスーパーファンタスティックマジック・ショー」にはるばる足を運んでいただき、まことにありがとうございます。今回紹介いたします本書『青の時間』によって繰り広げられる、まさに奇跡としか言いようのないすばらしいマジックの数々は、きっと皆様をこれまでにないスリルと、興奮と、そして感動で満たしてくれることでしょう。
 たいへん長らくお待たせいたしました。まもなく開演です。それでは皆様、とっても不思議で、それでいてちょっぴり哀しい世紀の大マジックを、こころゆくまでお楽しみ下さい!

 世界のトップ・マジシャン、ブルー。彼はある日、ラスベガスのステージショーに彗星のごとく登場し、一夜にして大きな話題となった。彼は観客の目の前で巨大なゾウを消し、また何百羽というフラミンゴを一瞬にして消し去ってしまう。また、ある時は自由の女神を消し去り、ある時は何も身につけずにグランドキャニオンの上空を飛び、またある時は万里の長城を東から西へとすり抜けてみせる。彼のマジックは、不可能を可能に変える奇跡のマジックだ。だが、そんな彼の正体はまったくの謎に包まれている。本名やこれまでの経歴はもちろん、濃い色のサングラスによって素顔さえ明らかではないブルー。世界的ビックスターにCM出演の交渉をおこなう「呼び屋」を生業とする岩崎満は、ブルーとの交渉の機会を求めて奔走していた。ところが、思いがけないアプローチによってブルー本人と対面し、ブルーのエージェントと関わりを持つことのできた満は、ブルーの影にかつての親友である青木万里夫の姿を、そしてブルー・エージェンシーを実質的に仕切っている小暮貴史の姿を見る。

 青木万里夫は、満が中学生だった頃、彼のクラスに半年だけやってきた、不思議な印象を残す転校生だった。彼はクラスメイトたちと打ちとけることはなかったが、満とその妹の奈奈とだけは親しくなり、いろいろな手品を披露してふたりを楽しませてくれた。万里夫にとって満と奈奈は、各地を転々としなければならなかった彼にとって、ほとんど唯一と言っていい親友だったのだ。一方、小暮はまるでブルーの性格を裏返しにしたかのような、陽気で豪快な人物で、ブルーの指示を完璧に把握し、数百人にもおよぶスタッフ達を一手に引きうけるだけのパワーに溢れている。

 万里夫、小暮、そしてブルー。この三人の関係は謎に包まれたまま、ブルー魔術団日本公演は、国家レベルにおよぶ応援を要請して着々と進められていく。はたして、ブルーは日本で何を消してしまおうというのか、そしてブルーとは、いったい何者なのか。

 マジックを成功させるためには、その裏であらゆる可能性を考え、周到な用意を整えておく必要がある。マジックの規模が大きくなればなるほど、用意する量も膨大な量になっていく。あらかじめ用意しておいた、あらゆる可能性――ブルーはそんなマジックの真理を、自分たちの住む世界に見立てたうえで、何かをしようとしている。

「もしかしたら僕たちは、手品みたいな世界に生きているのかもしれないと思うことがある。たとえば男女の関係もそうかもしれない。あなたと結ばれる運命にあったとか、最初に会ったときそう思った、なんて言うけど、ひとは常に誰に対してもそう思いつづけていて、結果が出てから、やっぱり、と確認してるだけなんじゃないかな。生きるというのは、確認する作業なのかもしれないね」

 だが、マジックにおいても実生活においてもそうだが、すべての結果を用意しておくことなどできるはずがない。マジックで予想外の出来事がおこった場合、当然のことながらマジックは失敗に終わるし、それまでに用意したすべてのものが無駄になる。では実生活の場合は、どうなのだろう。たとえば、好きな人と別れてしまったり、両親が不慮の事故で死んでしまったりといったイレギュラーな出来事に直面した人は、いったい何を確認し、どうやって乗り越えていけばいいのだろう。

 もちろん、ブルーにもわかっているはずだ。それでも人は生きていかなければならないのだ、ということを。ただ、その方法が彼にとって、人とはほんの少しだけ違っていただけのこと。ブルーにとって、マジックで人に驚きと夢を与えることは、不安で危険に満ちた未来に希望を持たせることであると同時に、自分自身を別の世界へと導くための手段だったのではないかと今は思う。

 地球上のあらゆる生命が眠ってしまう時間、だがその内部では細胞単位で生き生きと活動をつづけている時間――タイム・ブルー。『ファーブル昆虫記』を書いたアンリ・ファーブルのことばが、本書のタイトルとして採用されている。私たちを待ち受ける未来は、きっとあらゆる可能性に満ちている。あとは、私たちがそのなかのどれを選択するか、ということになるのだろう。(1999.07.28)

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