【文藝春秋】
『高丘親王航海記』

澁澤龍彦著 



 たとえば、マルコ・ポーロが「東方見聞録」で伝えたとされる「ジパング」とは日本のことであるし、かつてインドは「天竺」と呼ばれていた。しかしながら、同じ地理的位置にあるにもかかわらず、「日本」よりも「ジパング」のほうが、「インド」よりも「天竺」のほうが、より多くの不思議とロマンを内包しているように思われるのは、「ジパング」や「天竺」がある意味で人々の想像の産物であるからに他ならない。たしかに「ジパング」は地理的には日本のことを指していたのかもしれないし、「天竺」とは当時のインドのことであったのかもしれない。だが、天文学や航海術はおろか、世界がどのような形をしているのかすら把握できず、まして大部分の人にとって別の国に渡ることすら一大事業であった時代において、東の果てにある島国や、唐土のさらに西にある釈尊生誕の地は、別世界といってもいいほど遠く離れた場所であったろうことは、想像に難くない。

 飛行機や船といった交通機関があたり前のものとなっている今の私たちにとって、世界はその気になれば訪れることが可能な場所であり、そうである以上、そこに想像力の入り込む隙はないのだが、当時の人たちにとっては、異国の地であることそのものが、多くの想像力を許容するのである。なにせ、「そうした国がある」という情報くらいしかない状態だ。下手をすると本当にそんな国があるのかすら怪しい場所は、それだけで人々の想像力をかきたてるものがある。私たちが「ジパング」や「天竺」と言うとき、それはけっして今の「日本」や「インド」のことではなく、人々の想像のなかにある、ある種のユートピアとしての異世界のことを指しているのだ。今回紹介する本書『高丘親王航海記』には、そんな人間が人間であるための想像と幻想溢れる世界が描かれている。

「天竺にはね、わたしたちの見たこともないような鳥けものが野山を跳ねまわり、めずらしい草木や花が庭をいろどっているのよ。そして空には天人が飛んでいるのよ。そればかりではないわ。天竺では、なにもかもがわたしたちの世界とは正反対なの。わたしたちの昼は天竺の夜。わたしたちの夏は天竺の冬。――(中略)――そんなおかしな世界が御想像になれまして。」

(『儒艮』より)

 そのタイトルに「航海記」とあるように、本書は高丘親王が求法のため、天竺へ向かう旅の過程を書いた物語であるが、登場人物の高丘親王は平安時代の日本に実在した歴史上の人物である。平城天皇の第三皇子という、きわめて高い身分のもとに生まれながら、幼い頃に政変に巻き込まれてその身分を剥奪され、仏門に入るという経歴の持ち主である高丘親王は、その後は高僧として名を馳せることになる。彼が仏教の真髄を求めて唐に渡り、さらにそこから天竺に向かったのも事実であるが、本書のひとつの特色として、高丘親王の天竺行きの動機が挙げられる。

 当時の天竺とは、仏教発祥の地として、真に仏の教えや悟りの道を求める仏教徒にとっては聖域とも言うべき場所であるものの、当時の交通事情からしてその旅路に多くの困難がともなうことも常識であった。天竺へ向かうことは、当事者にとっては相当強い決意がなければできないことであり、それゆえに高丘親王の天竺への旅もまた、彼の仏教徒としての信仰の篤さゆえのものだというのが一般的である。しかしながら本書においてことさら強調されているのは、彼が幼少の頃に、平城天皇の愛人であった藤原薬子によって植えつけられた天竺のイメージと、その幻想的世界への憧れという、より純粋な興味であり、好奇心である。

 それに、はたして自分は本当に求法のために渡天をくわだてたのだろうかと、いくらか疑いたくなるような気持もないわけではなかった。そんな大それた気持はもともと自分にはなくて、ただ子どものころから養い育ててきた、未知の国への好奇心のためだけに、渡天をくわだてたのだと考えたほうが分相応のような気がしないでもなかった。

(『獏園』より)

 じっさいに本書を読んでいくとわかってくることであるが、高丘親王の天竺への旅は、天竺という明確な目的地がありながら、一心不乱にその目的地を目指すといった性急さはなく、その航路はしばしば本来の道筋をはずれ、南方の未知の国を漂流していくことになる。唐の広州を出港した時点で、高丘親王は六十七歳という高齢である。むろん、その旅路が万事順調であるはずもないのだが、たとえば『蘭房』では、天候的なアクシデントでたどりついた真臘国で、高丘親王はとある船長の誘いに乗って彼の舟に乗ってしまうという迂闊さを見せるし、『蜜人』では、万物の妙薬となるミイラ「蜜人」を採りに来たというアラビア人とともに、蜜人採りの仕事を引き受け、広大な砂原へと行ってしまう。こうした高丘親王の、その高齢にそぐわない、ある意味で軽はずみな行為の裏に、未知の土地への純粋な好奇心があるのは容易に想像できる構成となっているのだが、ここで注目すべきなのは、はたしてこの航海記のどこまでが現実のものであり、どこまでが高丘親王の夢のなかのできごとなのか、という点である。

 本書のなかで、高丘親王はしばしば夢をみる。ただし、この夢をみるという描写が、あるときははっきりと「夢をみた」という事実として書かれることもあれば、それまで現実だと思っていたことが、いつのまにか高丘親王の夢のなかの出来事であることが判明するという形をとったり、あるいは彼自身は現実だと思っていた出来事について、連れの僧たちがまったく覚えていないという形をとったりする。それでなくともこの航海記には、人語を話すジュゴンや犬頭の人間、上半身は人間で下半身が鳥という女や、人の夢を食べる獏など、およそ現実にはありえない幻想の産物がごくふつうに登場したりする。極端なことを言ってしまえば、この作品の出来事すべてが夢でしかない、という考え方もできるのだ。まるで「日本」と「ジパング」が共存しあっているような本書の世界で、私たち読者は夢と現実の境界線を見失うような錯覚に陥ってしまう。少なくとも本書には、そうしためくるめく世界を意識して構築しているところがある。

 飛行機などの交通機関の発達は、私たちにとっての世界との距離を縮めることになった。日本からインドへ行くことは、もはや多くの困難をともなう一大事業ではなく、それこそ数時間で到着可能な距離になってしまった。だが、そうして距離が縮まったぶん、幻想をふくらます余地もまた小さくなったと言うことができる。それはある意味で当然ではあるのだが、同時にどこか寂しく思ってしまうのは、見果てぬ夢を思い描く人間ならではの心境だ。かつて、人々が「ジパング」や「天竺」という言葉に馳せていた思いと魅力を表現した本書を、ぜひ堪能してもらいたい。(2015.01.19)

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