【偕成社】
『虚空の旅人/蒼路の旅人』

上橋菜穂子著 



 シリーズものの外伝というと、本編における物語の流れとは直接関係しない、いわばサイドストーリー的なものが多く、読んでおかなくても物語全体をとらえるのにさほど影響しないもの、という意識があるが、それでもなお外伝を読む楽しみがあるとすれば、その背景世界の広がりを実感することができることと、登場人物たち、とくに本編ではあまり書きこまれなかった人物へのより深い掘り下げによって、彼らの思わぬ魅力に気づかされたり、よりいっそうその人物が好きになったりする、といったことが挙げられる。本書『虚空の旅人』および『蒼路の旅人』は、「守り人」シリーズの外伝にあたる作品であり、ここでの主役は『精霊の守り人』のなかでバルサに守られる立場だった新ヨゴ皇国の第二皇子チャグムである。『虚空の旅人』では、『精霊の守り人』から三年の月日が流れており、チャグムは14歳、『蒼路の旅人』ではさらに一年が経過してチャグムは15歳になっているのだが、このふたつの作品におけるひとつの大きな特長として、それまでのバルサの視点ではとらえきれなかった、作品世界の広がり、とくに新ヨゴ皇国以外のさまざまな国やそこで発展した文化、さらにはそれらの国々で生きる人々の生活といったものが一気に展開され、より大きな世界観を認識することができる、という点がある。

 「旅人」という共通したタイトルが示すように、いずれの作品においても舞台となるのは新ヨゴ皇国ではない。『虚空の旅人』では、西南にあるサンガル半島、およびその先の海に広がる島々を領域とするサンガル王国で執り行われる王権授与の儀式に、チャグムは国の代表として参列することになるが、そのめでたい祝いの席でサンガル王国の次男であるタルサンが、次期国王となる兄のカルナンを銛で射殺そうとするという事件が発生してしまう。短気で血の気は多いが、海の民として多くの人望を得ている日頃のタルサンとは思えない行為の裏に、何か大きな陰謀の影を感じとったチャグムと、彼の学問の師であり、また星読博士でもあるシュガが、その陰謀を阻止すべく行動を起こすというストーリーが展開されていく。

 チャグムは基本的に新ヨゴ皇国の人間であり、今回のサンガル王国の事件に対して、下手に干渉することのできない立場でもある。あくまで自国の利益を考え、人の命すら損得勘定でとらえる――それが、いずれ施政者となる者としての姿勢なのだが、けっして下々の民とは交わりをもたぬ神聖な存在としてあがめられてきた新ヨゴ皇国の血筋の者のなかでも、チャグムがかつて宮殿を出て、そうした人々とのつながりのなかに人としてのあたたかな心を感じとり、相手もまた自分と同じ生きた人間であるという意識をもつことができる少年であることは、『精霊の守り人』をつうじて語られてきたことでもある。

 この外伝のなかでは、そんなチャグムの、およそ施政者らしくない一面を、まぎれもない彼の資質のひとつとして確立させていきたい、という意思を感じることができる。そして、彼はその期待を裏切らない。じっさいに、彼はサンガル王国の危機を救うために奔走するが、それ以上にチャグムは、悪しき呪いによって命を落とそうとしている少女――<ナユーグル・ライタの目>に選ばれ、自分の意思とは関係ない運命の流れに飲み込まれようとしている少女のことを何よりも気にかけ、彼女を助けたいと強く願う。そこには、かつて同じように別世界の精霊の卵を宿すことになったチャグムの、身分や貴賎といった、人間がときに無自覚に引いてしまう境界はもちろん、複数存在する世界そのものの境界ですらやすやすと飛び越えていく視点があり、その境界を感じさせないところにこそ、人々は惹かれていく。それは、私たち読者にしても同じことだ。

 世界には人が生きる世界とは別に、もうひとつの世界がある、という本書の世界観――お互いに触れ合い、影響しあっているというサグとナユグというふたつの世界をともに感じとることができるチャグムにとって、それらがはたしてどのような意味をもつのだろう、とふと考える。というのも、呪いや異世界のしきたり、あるいは人の魂が肉体から離れ、人を操るといったファンタジーとしての要素をまだ色濃く残していた『虚空の旅人』とは異なり、『蒼路の旅人』において、チャグムの視点が人の世に固定されつつあるようなところがあるからだ。

 チャグムが生きる新ヨゴ皇国、それも皇太子という立場は、彼の自由を縛る鎖であり、常に息苦しさ、閉塞感を覚えずにはいられないものである。かつてチャグムを殺そうとした父は、今もなお彼を自分の地位を脅かす存在として疎んじているし、そのうえ、『蒼路の旅人』のなかでは、いよいよ南の大国であるタルシュ帝国の、新ヨゴ皇国への本格的な侵略がはじまろうとしており、まさに避けられない大きな流れに国そのものが飲み込まれようとしているところである。罠であることを知りつつサンガル王国の救援に向かったチャグムは、紆余曲折の末タルシュ帝国の斥候であるヒュウゴによって囚われの身となるが、彼がかつてのヨゴ皇国の男であることを知ったチャグムは、最終的には自身の意思でタルシュ帝国へと赴くことになる。

 タルシュ帝国の後ろ盾を得て、チャグムを新ヨゴ皇国の次の帝に仕立てる、という陰謀――それでなくとも、圧倒的な軍事力の前になすすべもないように思われる逆境を前に、はたしてチャグムが何を思い、どのような決断をすることになるのか、という点こそ『蒼路の旅人』の一番の読みどころであるが、本書において、サユグという別世界の存在は、ときにチャグムにとっての現実逃避の場所として機能しているふしがある。皇太子としての責務は、民ひとりひとりを生きた人間としてとらえるだけの想像力をもつチャグムにとって、このうえない重圧であろうことは想像に難くない。だが、けっしてひとつの価値観のなかにとどまることのない彼の性質は、安定を欠くという弱点でもあるが、同時にさまざまな可能性を秘めているという強みでもある。そして、その点こそが、チャグムという登場人物の、人としての成長の出発点としてつながっていく。

 わたしは、あえて、この危うさをもちつづけていく。天と海の狭間にひろがる虚空を飛ぶハヤブサのように、どちらとも関わりながら、どちらにもひきずられずに、ひたすらに飛んでいきたいと思う。

(『虚空の旅人』より)

 海の民としてのサンガルの島々の民、特定の領土をもたず、海の上を漂う漂白のラッシャロー、そして物事を役に立つかそうでないかで考えるタルシュ帝国の人々――いくつもの国々の生活や文化に触れ、外見も考え方も異なる人々の生きる姿を書き込んでいるというのも本書の大きな魅力のひとつであるが、今回紹介したふたつの外伝に共通する点として、自分ひとりの力ではどうにもならない、大きなものの流れに翻弄されながらも、それでも自分の力で物事を考え、決断をし、そのなかに希望を見出して生きていこうとする人たちの姿を描いていく、というのがある。自分の身を縛るさまざまなしがらみを厭い、自由であることを誰よりも望みながら、それでもなお自分以外の多くの人たちの自由を守りたいというチャグムの意思が、はたして新ヨゴ皇国をふくむ北の大陸にどのような変化の風を吹かせることになるのか、おおいに注目していきたいところである。(2008.07.28)

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