【新潮社】
『てるてる坊主の照子さん』

なかにし礼著 



 テレビ朝日系列で現在(2003年4月23日)も放送中の「グレートマザー物語」という番組をご存知だろうか。これは、さまざまな方面における有名人・著名人たちの母親をクローズアップし、彼女が息子や娘に対してどのように接し、また育てていったのかを、印象に残るエピソードをまじえて紹介していくというもので、けっして「親子とはこうあるべき」とかいった教育臭いところを強調しない、という意味で私のお気に入りの番組でもあるのだが、この番組を見るたびに、月並ながら母親という存在の偉大さを思わずにはいられない。

 父親や母親になる、というのは、たんに子どもを持つ身分となる、というだけではなく、子どもを一人前の大人に――生きる喜びを知り、他人を思いやる想像力をもった、まぎれもないひとりの人間として成長させてやる義務を負うということを意味する。「グレートマザー物語」ではじつにさまざまなタイプの母親が登場するが、彼女たちに共通して言えるのは、ときに溢れんばかりの優しさで、ときに鬼のような厳しさで、子どもたちが歩むべき道をしっかりと照らしてあげようという思いで接していた、という点である。そういう意味で、けっして名前だけでの母親ではない、子どもたちにとってかけがえのない思い出をもたらすことのできる「母親」という存在には、まったくもってかなわないなあ、と思うのである。

 本書『てるてる坊主の照子さん』に登場する岩田照子は、四人娘の母親だ。娘たちは上から春子、夏子、秋子、冬子で、夫の名前は春男。春男はパン職人、そして照子は喫茶店「シャトー」を営んでいる。時代は昭和三十年代、姑のヨネをくわえた、典型的な昭和の家族が織り成す悲喜こもごものホームドラマ、といった感じで物語がはじまるが、この話の中心人物である照子さんの人生は、きかん気で人一倍負けず嫌いな性格ゆえの、常に可能性に向かって挑戦する日々の連続だった……。

 とにかくひとところでじっとしていられない。動いて何かをしていないと、時間を無駄にしているようで仕方がない、というほど活動的な照子さんに関するエピソードは、戦時中の結婚式の最中に起きた空襲警報のサイレンに、晴れ着姿のまままっさきに防空壕へ駆け出したというものから、テレビが発売されたばかりの頃に、その前にできた人だかりを見てチャンスとばかりに当時は超高価だったテレビを購入、喫茶店に置いて多くの客を呼びこみ、店を大繁盛させたというものまで、それこそ枚挙にいとまがないほどである。ときにはその女性の勘がはずれて痛い目にあったりすることもあるが、転んでもけっしてただでは起きない。というよりも、ひとつ成功してもそこで満足せずに、さらに上を、そのまた上を目指さずにはいられない彼女は、しだいにその視線を長女春子と、次女夏子へと向けるようになる。ふたりにはフィギュアスケートという華やかなスポーツに対する、けっして親の欲目ではない本物の才能が宿っていることに、照子さんは気がついていたのだ。

 人間は常に、ほんのわずかな可能性を信じて生きていくことで、ここまで向上してきた。その信じる力は、ときに人間を月へと運ぶという、壮大な事業を成し遂げてしまうほどである。いつも胸にきらびやかな夢を抱いて生きてきた照子さんが、普通の人であれば早々にあきらめてしまうそうした夢を、夢のままに終わらせなかったのは、あるいはその誇大妄想的な思い込みの強さというのもあるかもしれない。だが、それ以上に重要なのは、照子さんが自分の娘たちのなかにある才能を――宝石の原石を可能なかぎり磨きあげてやりたいと強く願い、そして娘たちもまた母の期待に応えようと努力を怠らなかったということである。照子さんだけが頑張っても、娘たちだけが頑張っても、本書にあるような結末にはならなかったに違いない。

 一人の人間ともう一人の人間がお互いに協力しあうと、相互作用という化学変化が起きて、その力のお陰で人間は金になるんや。結合の神秘というやっちゃ

 物語はその後、春子のフィギュアスケートの選手としての顛末と、ある出来事がきっかけでスケートをやめてしまった夏子が、ひょんなことから芸能界デビューをはたし、歌手として大成していく顛末とが主体となっていく。いっぽうの秋子と冬子は、とくに特異な才能を開花させることもなく、また照子さんも上の二人の娘ほどエネルギーを注ぐこともなく、平々凡々な人生を送っていく。そして、ここが重要なところであるが、あきらかに四人の姉妹に対する母親の比重のかけ方が違っているにもかかわらず、岩田家にはほとんどと言っていいほど暗い陰が落ちることがない。ときには父親の春男の浮気が発覚して大騒ぎになったり、冬子が自分をかまってくれない母親に不満をぶつけたりすることもあるが、それはあくまで一時的なもので、しばらくすると照子さんを中心に、なごやかな家族の雰囲気を取り戻してしまう。その名前が象徴するように、家族を照らすあたたかい太陽の光のような存在――それが照子さんの魅力なのだ。

 じつは「あとがき」を読めばわかることであるが、本書に登場する家族には、ちゃんとしたモデルが存在する。いちばん有名なのは、おそらく次女夏子のモデルとなった歌手であり、現在も女優として活躍しているいしだあゆみだろう。彼女を「NHK紅白歌合戦」の大舞台に押し上げた大ヒット曲「ブルー・ライト・ヨコハマ」はあまりにも有名な歌であるが、長女は長女でフィギュア・スケート日本代表として冬季オリンピックにも出場したことのある石田治子だというのだから、すごいと言えばこれほどすごい家族も珍しい。ちなみに、四女冬子のモデルである石田由利子は、宝塚音楽学校を卒業後、一時期は歌手としてデビューするが、その後1年ほどしてとある売れっ子作詞家に見初められて結婚、今では専業主婦となっている。そして、その「売れっ子作詞家」こそがなかにし礼、つまり本書の作者なのだ。

 その作詞家であり、直木賞作家でもある著者が、あえて妻の家族のことを、可能なかぎりありのままに描こうと思ったのは、もちろん照子さんのモデルとなった石田久子の人間としての魅力もさることながら、彼女がその可能性を信じ、才能をのばしてやろうと努めた上のふたりの娘は、見事にその期待に応え、そうしなかった――悪く言えば放ったらかしにしていた下のふたりの娘は、仮に才能があったとしても、それを開花させることがなかった、というひとつの事実が、人間はひとりの力ではけっして光り輝く宝石になれないという、著者の一貫したテーマの、まさに生きた証拠だったからに他ならない。

 本書のタイトルである「てるてる坊主」というのは、常に自分を祝う行事の日は雨降りばかりだった照子さんが、子どもの頃からつづけてきた願掛けに由来する。本来、次の日の天気を願うものであるはずのてるてる坊主は、照子さんにとっては自分の娘たちの行く道が太陽の光で明るく照らされるように、という母親としての願いへと変わっていった。そういう意味では、たとえ何かひとつのことで大成しようと、あるいはそうでなくても、彼女の娘たちが素晴らしい思い出の多くを、母親とともに築いていったことだけはたしかだと言えるのだ。(2003.04.23)

ホームへ