【早川書房】
『西城秀樹のおかげです』

森奈津子著 



 秀樹、ありがとう! ありがとう、秀樹! わたくしたちは、決してあなたを忘れない! ……いいえ、それどころか、わたくしは死ぬまであなたに感謝しつづけることでしょう!(『西城秀樹のおかげです』より)

 SFでコメディーでエロ(百合展開限定)。それが、そのタイトルからしてきわめてユニークな本書『西城秀樹のおかげです』のすべてである。それ以上付け加える要素もなければ、それ以上削るべき要素もないわけだが、それでは書評として成立しなくなってしまう。まあ、個人的にはそれでもかまわないのではないか、と思わなくもないのだが、念のため、その概要だけでも紹介しておこう。

 本書は表題作をふくめた八作の短編を収めた作品集であるが、そのなかでもやはりひときわ異彩を放つのが、表題作の『西城秀樹のおかげです』だ。いったい何が「西城秀樹のおかげ」なのか、西城秀樹って、あの「ヤングマン」で有名な歌手の、あの西城秀樹なのか、そしてその西城秀樹がいったい何をしたというのか? だが、読み始めてみるといきなり人類が滅亡してしまった、などと軽々しく書かれていて度肝を抜かれることになる。それも、致死率100%のウィルスが突如世界じゅうを席巻し、生き残ったのが日本人のふたりの男女だけという過酷な状況になるのだが、そのうちの女のほうが「小錦もビックリ」の体型でありながら、自分は可憐な乙女であり、いつか「お姉さま」が自分を見つけ出して愛してくれるはず、という何の根拠もない妄想に明け暮れているメンヘラで、いっぽうの男のほうが、派手な女装をすることに生きがいを見出しているゲイ・ボーイという組み合わせとなると、にわかに話の雲行きが怪しくなってくる。

 人はひとりではけっして生きていけない。だからこそ人は寄り集まって社会を築き、その社会が規定する法や常識といったものから逸脱しないようにしながら、その社会がもたらす恩恵や相互扶助によって生きていこうとする生き物であるのだが、本書に登場する人たちは、いずれもそうした社会規範すら大きく凌駕してしまいかねない、きわめて強烈な個人的欲望をもっている。表題作の男女にしてみれば、たとえ妄想とはいえ、強烈な独自の世界を思い描き、そのなかで生きている。そこは当然のことながら、自分こそが世界の中心という、きわめて自己中心的な世界だ。そうした自己中心的な世界は、小さな子どもであればともかく、いい年をした大人であれば、とっくの昔に薄れていったり、あるいは何か別の形に変化していくはずのものである。

 だが、世の中にはいつまで経ってもそうした自分勝手な世界から抜け出せないまま大人になってしまったような人たちがいる。そして、そのような人たちとの付き合いというのは、ともすると不毛な結果になってしまったり、無駄に疲労ばかり募るようなものになりがちである。ようするに、社会にとってはかなりはた迷惑な存在ということになるのだが、本書はそうしたはた迷惑な人たちの個性を、あえて極端にデフォルメしたうえで、その変態さ加減をおおいに笑ってもらおうというスタンスをもっている。

 それゆえに、本書の短編のなかではあくまでノーマルな性癖の――そして読者にとってもある程度感情移入しやすい――登場人物が主体なり語り手なりとなって、アブノーマルな登場人物に振り回されるという展開が多く、表題作のように、アブノーマルな登場人物がひたすら暴走していくというのは、むしろ珍しいパターンだと言える。たとえば『哀愁の女主人、情熱の女奴隷』の場合、家事用アンドロイドだと思っていたハンナが、じつは夜のお相手をするためのセクサロイドで、ことあるごとにエロ展開にもっていこうとするハンナに、彼女を引き取った時子が突っ込みを入れるというパターンが、まるで漫才を見ているかのような面白さがあるのだが、それは、「ノーマルのなかに紛れ込んだアブノーマル」という構図があるからこそのものである。

 しかも、物語のなかで常に優位をたもつのは、ノーマル側ではなく、アブノーマル側である。たとえば『地球娘による地球外クッキング』は、墜落したUFOに乗っていたらしき小人のような宇宙人の死体を、変態味覚のゲテモノ喰いの性癖をもつ美花子が「食べたい」と言い出す話であるが、この短編に登場する三人の女性のうち、ひときわ異彩を放つ変人であるのはまぎれもなく美花子であり、ほかのふたりもバイセクシャル、SFおたくとある意味変人ではあるものの、彼女の前ではむしろノーマルな人のように映るくらいだ。そしてけっきょくのところ、この作品においてひとり勝ちを納めてしまうのも、もっともアブノーマルな美花子だったりする。

 本書は基本的にエロコメ中心のSF短編であり、そうした笑いを純粋に楽しめばそれでいいとも言えるのだが、本書の世界のなかでは、常にアブノーマルがノーマルを凌駕しており、それは私たちが生きるリアルな世界での価値観を転倒させる試みでもある。『悶絶! バナナワニ園!』の世界は同性愛が法律で禁じられた世界が舞台となっているが、そのなかで女探偵が潜入したバナナワニ園の持ち主である黒川百合絵は、たんにアブノーマルな同性愛者というだけでなく、同性愛が法律で禁じられた世界の真相をにぎっている者でもあったし、『エロチカ79』に登場する山崎智子は、「後生だから」という言葉をキーワードに、相手を緊縛して昇天させるという変人であるが、そのアブノーマルな行為がヘンな具合にはたらいて、ある奇跡を起こしてしまう。あくまでアブノーマルが中心となって物語を動かしていくのが本書の特長であり、その極致に『西城秀樹のおかけです』がある。人類が滅亡したということは、そこにあったアブノーマルをアブノーマルたらしめる価値観もまた滅亡した、ということであり、それはまさに、彼らが望んでいた自己中心的な世界がそのまま通用する世界である。だからこそ、彼らにとって人類滅亡は「ステキなこと」ということになるのだ。

 アブノーマルは、社会にとっての異端であるがゆえのアブノーマルである。だが、本書のなかにあるのは、アブノーマルを肯定するだけでなく、アブノーマルこそが力であり、正義という世界だ。はたしてあなたは、そんな倒錯した世界のなかに、どのような真実を見つけ出すことになるのだろうか。(2009.07.29)

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