【集英社】
『地下鉄の軍曹』

引間徹著 



 現代はもう「戦後」ではないのだろうか。いや、そもそも「戦後」とはどのような概念を指しているのだろうか。
 難しいことはわからない。わかるのは、私にとっての昭和天皇とは、テレビのブラウン管にときどき姿を見せた、おとなしそうなおじいさんであって、けっして「角ばった軍服に身を固めた」御真影ではない、ということだけだ。だが、「戦後文学」とか「戦後民主主義」とか「戦後最大の〜」とか「戦後はじめての〜」とかいった言葉が、平成という年号に代わったあともごく普通に使われ、南京大虐殺や従軍慰安婦、沖縄の在日米軍の問題などがしばしば報道されるのを考えると、私たち日本人は今もなお「戦後」をひきずっているし、ひきずってしか生きられないのだろうと考える。

 本書『地下鉄の軍曹』に出てくる軍曹――「僕」が夕方の、ひどく混みあった地下鉄のなかで出会った謎の老人は、戦後どころか、今もなお昭和天皇を現人神とあがめる戦中の時間を生きている軍曹だった。まるで、たった今戦場から戻ってきたかのようなぼろぼろの軍服と鉄かぶとで身を包み、銃剣のかわりにフランスパンを握りしめたその老軍曹に、「僕」は兵頭なる人物と間違えられてしまう。いくら説明してもうまくいかず、とうとう軍曹に「兵頭」にされてしまった「僕」は、地下鉄のさらに奥深く――ガラクタでつくられたジャングルの奥にある軍曹のアジトに案内される。軍曹は、昭和もまもなく終わろうとしている今もなお、天皇をお守りすることだけを考え、アジトでの生活をつづけていたのだ。

 それにしても引間徹という人は、前作『19分25秒』の片足の競歩選手といい、本書の軍曹といい、世間体や時代の流れとかいった移ろいやすいものにけっして左右されず、あくまで自分の信念をつらぬこうとする、一風変わった人物のとり扱いがうまい人だ。まわりの奇異の視線をものともせず、あくまで戦中の帝国軍人として堂々と地下鉄に乗り込み、皇居前での最敬礼を欠かさない軍曹、まるでつい昨日の出来事であるかのように、南方の島の戦線を守ってきた話をする軍曹、今や差別の代名詞でしかない大東亜共栄圏を熱く語り、いつか自分が必要となる日が来ることを信じて疑わない軍曹――その完全に時代遅れな姿に魅せられつつも、軍曹がいたというその南方の島のことについて調べていくうちに、「僕」はある事実を知ることになる。
 そして、そんな折、昭和天皇の容態が急に悪くなり、さらに軍曹が皇居内部に出現した、というニュースが飛び込んでくる……。

 軍曹にとって、天皇とは、そして戦争とは何だったのだろう。ことあるごとに大東亜共栄圏を口にし、天皇のために、国のために戦い、死ぬことが日本人たるものの努めだと語る軍曹――だが、たとえそれが国を挙げての教育方針であったとしても、ほんとうに軍曹の心の奥にまで浸透していたのか、本書を読んでいると疑問に思うことがある。かつて軍曹が駐留していた南方の島の熱帯雨林、その当時の状況をそのまま再現しようとしているかのような、アジトのガラクタジャングル。きっと、軍曹にとって――そしておそらくあの戦争を体験した人達にとって、そのからだに刻みこまれた戦場での記憶こそ唯一の真実なのだ。戦争も天皇も知らない私たちの世代にとって、朝夕の地下鉄を襲うラッシュアワーの感触こそが現実であるのと同じように、彼らの世代もまた、国の主義主張よりも、それぞれの心にある当時のささいな記憶の連続こそが、彼らにとっての戦争だったのではないだろうか。

 たとえミサイルが何万キロと離れた敵の要塞を、ミリ単位の正確さで爆撃できるようになったとしても、僕らはあの開かない窓に顔を押しつけることをやめないだろう。暗闇のなかで軍曹のひからびた手を引きながら思う。何から何までゲームなのだ。ぜんぶ、音楽だ。戦争も天皇も知らないよ。つないだ手の銀杏くさい匂いだけが真実だ。

 昭和から平成へと和暦が代わってから、すでに11年が経った。当時の戦争の体験を語れる人の数も、ずいぶんと減った。戦争どころか、戦後の荒廃した様子さえ知らないにもかかわらず、日本という国がかかえた「戦後」に影響されずにはいられない私たちの世代のためにも、今こそ軍曹の話をしようじゃないか。地下鉄にあらわれる軍曹の話を。(1999.06.29)

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