【北方文芸1995年9月号掲載】
『五味氏の宝物』

佐野良二著 
(第5回小谷剛文学賞候補作) 



 西洋のファンタジーなどでお目にかかるドラゴンという生き物のことをご存知だろうか。彼らは光る物が大好きで、金銀財宝を集めては自分の棲み家に持ち帰るのだと言われている。だが、ドラゴン自身、金銀財宝の価値がわかっていて集めているわけではない。ただ、その物が持つ輝きが好きなだけなのだ。
 本書『五味氏の宝物』を読み終えたとき、私はふと、金銀財宝の山の上で寝そべっている、満足そうな表情のドラゴンの姿を思い浮かべてしまった。その姿の滑稽さは、そのまま五味氏の滑稽さであり、同時に五味氏のコレクションを前にしてあたふたしている人達の滑稽さにもつながっているように思える。

 北海道のある町で図書館司書としてはたらいている本多は、仕事からの帰り道で、道路の側溝にはさまって身動きがとれないでいる老人を発見する。老人の名は五味耕太、地元でもけっこう有名な、春画や発禁本などの蒐収家である。もともと人間嫌いなところのあった五味氏だったが、困っているところを助けてもらったとなれば話は別。すっかり五味氏と親しくなった本多は、何とかして五味氏のコレクションを見たいと思っていたのだが、高校時代の恩師である只野先生の協力もあって、しばらくして五味氏の家に招待され、好事家垂涎のコレクションの数々を見せてもらうことに成功する。
 だが、そんな矢先に飛び込んでくる、五味氏の突然の訃報、そしてそれを皮切りに、五味氏の貴重なコレクションの恩恵にあずかろうと群がってくる人々――さらに、五味氏と関係があったと思われる美女、鮎子をも巻きこんで、物語はひとつのヤマ場を迎えることになる。はたして、五味氏が残した宝物は、どんな運命をたどることになるのか……。

 春画に関して私はとくに詳しい知識を持っているわけではないのだが、ようするに古い時代のエロ本である。ふつうエロ本などというものは誰の目にも触れないよう、必死になって隠すものだと思うのだが、この五味氏に関しては、そんな私たちの常識は通用しない。彼はしたり顔でセックスはいいことだ、と公言し、セックスなしで付き合う恋人たちや夫婦たちを見て、文明の危機だと大真面目に嘆く。そして、まるで究極の性を探究する冒険家のように、春画を蒐収しつづけていく。現代の元気のない時代を嘲笑うかのような、そのバイタリティー、「好きなものを好きだと言って何が悪い」という声が聞こえてきそうな五味氏のキャラクターに、ある種の羨望を抱く読者は、きっと少なくないのではなかろうか。

 どんな理屈をこねくりまわしたところで、この世には男と女の二種類しか存在せず、食欲や睡眠欲と同じレベルに性欲が存在してしまっている以上、人間という種の繁栄にセックスは欠かせないものであることは事実なのだろう。だが、そんな性の亡者とも言える五味氏が最後にどんな境地にたどり着くことになったのか、そして、自分の態度のあいまいさゆえに失恋してしまい、恋に対してだけでなく、自分のすることすべてに自信をなくしてしまっていた本多がどうやってその心の傷から立ちなおっていったのか、を考えるとき、男という生き物はいくつになっても、子どものように夢を追い求め、女に甘えたがるものなのだ、という事実にあらためて思い至る。

 五味氏専属のヌードモデルだと噂され、さらに五味氏のコレクションを狙っているのではないかと勘ぐった本多に対して、鮎子はこう答える。

「五味さんは言うの、私のような女を妖精のようだって……。でも、あの方、眼が悪かったでしょう」

 五味氏が残した、膨大な量の春画、発禁本のコレクション。およそその道の好事家以外には何の役にも立ちそうもない彼の蒐収物がもたらした意外な副産物を、ぜひ確かめてもらいたい。(1999.06.13)

※著者の佐野良二さんは、自分の作品の一部を電子データとしてネットで公開しています。本書『五味氏の宝物』は、地方の同人誌に掲載されたもので、探すのは困難かと思われます。興味をもった方は、下記のURLからダウンロードすることをお勧めします。

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