【ランダムハウス講談社】
『東京へ飛ばない夜』

ラーナ・ダスグプタ著/白川貴子・中村有以訳 

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 空港という場所は、飛行機という移動手段における発着点というだけでなく、ときには中継点としても使われることがある。たとえば、空港Aから出発して空港Bを目指すさいに、いったん空港Cに着陸し、そこから別の便に乗り換えて空港Bに向かう、というもので、もちろん、飛行機が空港Aから直接空港Bへ飛べば何の問題もないのだが、空港Bがローカルな場所にあるような場合、採算的な問題から、経路が空港Bと空港Cのあいだにしか確立されていない、などというのはよくある話である。このとき、旅行者にとっての空港Cという場所は、到着点でもなければ出発点でもなく、にもかかわらずその空港にいるあいだは、移動の最中でありながら自身は移動していないという、なんとも中途半端で曖昧な状態に置かれることになる。

 交通機関の発達によって、ある場所から別の場所まで移動するのにかかる時間は格段に短縮されてきた。それは、私たちにとって世界の距離が縮まってきた、ということでもあるのだが、中継点という存在は、そうした交通機関の発達に逆行するようなものであり、本来であれば無駄な空白の時間でもある。そういう意味で、中継点という場所は、旅行者を何者でもない宙ぶらりんな状態にしてしまうと言っていい。今回紹介する本書『東京へ飛ばない夜』は、東京へ向かっていた飛行機が、急な悪天候のためにある国に臨時着陸することになり、その乗客のうちの十三人がホテルなどの宿泊場所を確保できず、やむなく空港で夜を明かさなければならなくなるのだが、旅行者にとっての予期せぬ中継点としての夜の空港で、退屈しのぎにそれぞれが語ることになる物語が、現代版アラビアンナイトのような雰囲気を漂わせることになる、というのは、いろいろな意味で興味深いものがある。

 本書は言ってみれば十三の物語を収めた作品集であるが、時系列がつながっていたり、同じ登場人物が出てきたりする連作短編集のような統一性があるわけではない。まさに出身地も、旅行の目的も異なる、今回のような機会がなければあるいは生涯知り合うこともなかったであろう十三人を象徴するかのごとく、それぞれが語る物語はその内容はもちろん、全体の長さも、舞台となる国も見事なまでにバラバラである。もし、あえて共通点めいたものを挙げるとすれば、どの物語もどこか童話めいた、リアルな現実ではまずありえそうにない展開や設定をもちこんでいる、ということになるだろうか。そしてその「ありえそうにない展開や設定」というのは、たとえば『店』に出てくる、ひとりの人間を高級服飾店そのものに変身させる魔法のオレオクッキーのように、あからさまなファンタジーという形をとることもあれば、『仕立屋』のように、何かの社会風刺めいた展開という形をとることもある。

 登場人物自身が不思議な能力をもっている、というパターンが多いのも本書の特色のひとつだ。『チェンジリング』などはまさにそのタイトルどおり、人間のなかに混じって一時期を過ごす妖精が主役の物語であるし、『地下室の取引』に登場するキャティアは、相手の心の悩みを無自覚に感じとり、それを癒す力をもっている。あるいは『イスタンブールの逢瀬』のように、それまでふつうの人間だったにもかかわらず、特殊な状況下に置かれたがゆえに、物語の過程のなかで奇妙な現象を引き起こしたり、『過去をつむぐ男』のトーマスのように、ある日自身も自覚していなかった才能を唐突に見出される、というパターンのときもある。

 いずれにしてもひとつ確かに言えることがあるとすれば、そうしたファンタジックな力ゆえに、登場人物たちの人生が波乱に満ちた展開に巻き込まれてしまう、ということである。そしてその展開は、当人の意思などまるで無視して展開するがゆえに、まさに「翻弄される」という言葉がふさわしいものとなる。結果としてハッピーエンドになる場合もあるが、それでも多くの犠牲が出たり、代わりに大切なものをなくしてしまったりするといったことが起こるのだ。

 人知の及ばない力というものは、それが先天的なものであれ、後天的なものであれ、大抵の場合それを手に入れた人を不幸にすると相場は決まっているのだが、本書のなかで語られる物語は、そうした教訓めいたもので片づけられるほど単純なものではない。なぜなら、本書のなかで提示される「人知の及ばない力」――まるで魔法のように思える不思議な出来事は、ときにきわめて現代的な要素と結びつくものでもあるからだ。上述の『店』における魔法のオレオクッキーにしてみても、じっさいには魔法ではなく、ナビスコ社が極秘に研究開発したものという設定になっているし、インドを舞台とする『富豪の眠れない夜』において、特異な才能を発揮するサプナとイムランは、そもそも人工授精という科学技術の恩恵によって生まれている。そのくせ、同作品では「塔に囚われたお姫様」と「それを救いだす勇者」的な、昔からよくある物語の流れが組み込まれて、そうした新旧ないまぜな要素が、読者に先の展開を読ませない要因のひとつとなっている。そもそも『地下室の取引』で人々に魔法のベッドカバーをつくっていたキャティアが、倒錯した富豪たちを相手に秘密SMクラブでS役を担うなどと、誰に想像できるだろう。

 旅行者が何者でもなくなってしまう中継点としての空港で、それぞれがもつ物語を語って明かす夜――物事が万事ぬかりなく動いているはずの世界において、まるでエアポケットのように生じた時空間は、あらゆる境界線を曖昧にするのに充分な特異性をもっている。そんな状況の中で語られる物語は、たんなる物語として片づけてしまうには真実以上に真実味をもち、私たち読者もまたいつも以上に物語世界に飲み込まれていく。科学技術と人間の理性によって成り立っているはずの現代において、それでも何か物語を語るということが、はたしてどのような意味をもつことになるのか、ぜひとも確かめてもらいたい。(2009.09.09)

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