【新潮社】
『面白南極料理人』

西村淳著 



 以前紹介した小川一水の『第六大陸』には、苛酷な環境下における建築を得意とする後鳥羽総合建築という日本企業が登場するが、彼らが成し遂げた事業のなかには、南極大陸での建築という実績が含まれていたことをふと思い出す。だが、その南極大陸について、私たちが知っていることはあまりにも少ない。せいぜい「とてつもなく寒い」という印象――それこそ「バナナで釘が打てる」という、某エンジンオイルのCMを思い出す程度なのだが、あれが-40℃の世界の話だとすると、そんな気温が日常的となっているのが南極大陸、ということになる。まさに何もかもが凍りつく世界であるが、驚くべきことにそんな世界にも人間は進出し、日々調査や研究に励んでいるという厳然たる事実がある。

 今回紹介する本書『面白南極料理人』は、そんな南極大陸の基地に第三十八次越冬隊として一年間暮らし、隊員のために料理をふるった海上保安官の話であるが、その過ごした場所がすさまじい。昭和基地から1,000kmも離れた場所にある「南極ドーム基地」がその舞台であるが、そこは標高3,800m、平均気温-57℃、動植物はおろかウイルスさえ生存が許されないという、おそらく世界一苛酷な場所なのだ。

 じつは著者は、第三十次越冬隊としても参加しており、昭和基地で越冬生活をおくった経験をもっている。だが、そのときは何もかもがはじめての体験だったゆえに、南極を楽しむ余裕がなかったというのが心残りだったらしく、今回の越冬ではなによりも南極での生活を満喫することを自らに課しているところがある。南極ドーム基地での越冬に参加するのは、極地での調査や研究を行なう研究者四人と、医療やメカニックといった隊員の生活をサポートする設営要員五人の計九人。著者はそのなかでも隊員たちに料理をふるまう設営要員として参加することになるのだが、コンビニも娯楽施設もない南極での一年を、せめて料理の面では精一杯彩ろうと材料調達をはじめるものの、はたしておでんや肉ジャガの材料となる冷凍野菜は南極のような環境でも大丈夫なのか、卵はどうなのか、それも、カツ丼にかける半熟状態を保てるような卵は、あるいはゆで卵をつくれるような冷凍用の卵があるのか、牛乳は冷凍でも大丈夫なのか、などなど、ふだんならなんでもないことが大きな問題として立ち上がってくる。

 ふつうであれば、南極でカツ丼やおでんをつくることなどはなから問題外とし、とにかくもっていって問題ない材料だけをもっていくという考えになったとしてもおかしくはないのだが、これはおそらく著者だけの考えではなく、代々越冬隊として参加したコック役の人たちに共通するもののようである。そしてそこには、何の娯楽もない閉鎖空間で、同じメンバーが一年を暮らすという状況において、かならず生じるであろう人間関係の摩擦やストレスを解消する方法として、とにかく食を満たすことの重要性が認められていることを示している。じっさい、著者は料理の材料としてフォワグラやトリュフ、キャビア、ロブスターといった高級食材を採算度外視で購入しているし、それがふつうに申請を通ってもいる。

 平均気温-57℃の世界において、人間の日常がどのように営まれているのかを知る、という意味でも非常に興味深い本であり、とくに水の確保やトイレの問題といった水に関わる部分については、その原料だけは周囲にいくらでもあるだけに、私たちの想像をおおいに刺激してくれるものがあるのだが、本書を読んでいて気づくのは、とにかく何かのイベントを企画しようという隊員たちの意思である。南極といえば、ただたんに「ものすごく寒い」というだけでなく、日照の問題――ずっと昼だけだったり、逆にずっと夜だったりするのが極地の世界なのだが、一面真っ白なだけの世界、何日も昼や夜だけがつづく世界の単調さが、ともすると人間の体調を大きく崩す要因になりかねないと想像するのは、それほど難しくはない。本書のなかで越冬隊員たちは、だれかの誕生日にはかならずそれを祝うというイベントをおこなっているし、誕生日がないような月には、誰かの怪我が治ったとか、ちょっとした雪洞をつくったとかいった事柄を無理やりイベントに結びつけて宴会にしてしまう。それは言い換えるなら、そうしたイベントを繰り返すことによって、あまりに単調に過ぎていく日常から生じるストレスを解消するという、いわば人類の知恵だとも言える。

 こんなふうにいたって真面目に書評を書いていくと、いかにも「数々の困難を乗り越えてきた隊員たちの記録」みたいな感じに思われるかもしれないが、その筆致はいたって軽妙かつ多少のブラックさが混じっていたりするような感じだ。とくに著者は研究者ではなくサポート要因であり、とにかく場を盛り上げることを至上命令と受け止めているようなところがあるためか、南極でソフトボールとか、野外ジンギスカンとか、花火とか、露天風呂とかいった無茶なイベントを敢行したりして面白い。

 もちろん、そうした能天気なイベントばかりではなく、雪洞の天井が落盤してしまったり、運搬の要となるブルドーザーや雪上車のラジエターが凍りついて動かなくなったり、そのせいで燃料の運び込みが不可能になって生存の危機に陥ったりといった、相当にヤバそうな問題も発生しているし、そのたびに隊員のあいだに険悪なムードが生じたりもするのだが、さすがに生存の危機を目前として、責任問題がどうとかいう時間も余裕もなく、とにかく九人が意見を出し合い、できると思うことをやっていくしかないという状況は、何気に今の平和な日本ではなかなか想像できないものであろう。

 ある集団において、その全体が生き延びるという喫緊の課題を解決するためには、個人同士が足を引っ張りあって、全体の競争力を落とすような真似をしていてはあっという間に全滅してしまう。逆に言えば、今の日本の集団は、多かれ少なかれ相手の能力を落とすことで自分の能力を相対的に上げるという手法が有効なほどには平和だということである。「南極ドーム基地」の面々は、もちろんそれぞれの分野でのエキスパートではあるのだが、それ以前の問題として、生存のために必要なことは全員が必然的にやらざるを得ない状況に置かれている。個人のレベルを上げることで、全体の生存率を上げていくという、ある意味で理想的な集団のあり方が、まさに南極という極限の地で実施されているというのは、なかなか感慨深いものがある。

 料理担当ということもあって、とにかく短期間で材料をあまさず使い切ることを念頭においた料理のレシピが紹介されているのも、個人的に非常に助かる一冊。夏の暑いさなかに読んでみるのもまた一興かもしれない。(2013.07.18)

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