【新潮社】
『葬送』

平野啓一郎著 



 歌を唄う、楽器を奏でる、絵を描く、彫刻を彫る、物語を書く――人間のはてしない想像力が生み出すこうした芸術活動が、多くの人たちに感動をもたらす素晴らしいものである反面、たとえばひどい貧困で飢えている人や、重度の病に犯されている人にとって、実質的には何の役にも立たない、という事実をまのあたりにしたとき、いったい人は、なぜ芸術というものに惹かれてしまうことがあるのか、人間と芸術とのあいだにどんな関係が成り立っているのか、ということを考えずにはいられなくなる。食料を生産し、空腹を満たしてくれるわけでもなく、また病気を治してくれるわけでもない芸術は、私たち人間が生きていくという行為に対して、何ひとつ貢献することのない、言うなればあってもなくてもいい程度のものでしかないように思える。だが、私たち人間の生が、ただたんに自らの種の保存のために、生物学的な生の本能にしたがって生きていくだけであるとするなら、私たちは他の動物たちと何ら変わりがない、ということになる。それならば、私たちはなぜ意識を持ち、想像力をはたらかせるという能力を授かったのだろうか。いや、もっと単純に言うなら、ただ食べ、眠り、生殖して生きるだけの生に、いったい何の意味があるというのか。

 私たちは学校に行くようになると、国語や算数といった教科のほかに、図工や音楽といった授業も受けることになる。それらの授業は、生徒たちの学年があがり、そして否応なく高校受験、大学受験といったイベントに巻き込まれていくにつれて、一部の例外を除いて受験勉強の技術とは直接的に関係もないがゆえに、たんに内申書の点数以外の何の意味もないものと化していく。だが私たちはそもそも、歌を唄うにしろ、絵を描くにしろ、自分の手で何かを作り出すという行為にある種の楽しみがあることを、図工や音楽の時間を通じてはじめて意識したのではなかったか。人間だけが享受できる「創造」という行為――もし芸術が、人間がただの動物ではなく、笑い、泣き、怒り、そして何かに深く心を打たれ、感動する心を有する「人間」でありつづけるために必要不可欠なものであるとするなら、それは人間としての美質というよりも、むしろ私たちが、まぎれもない人間であるがゆえに逃れられない病のようなものだと言えないだろうか。なぜなら、そもそも私たちが生身の血肉をそなえた生物の一種、偉大な自然を構成する一要素でしかない、というのは圧倒的な現実であり、そうした現実から目を背けるようにして文明を築き、自然をねじふせるように科学技術を発展させてきた人間の歴史は、一面ではたしかに偉大な歩みであるいっぽうで、ときにひどく滑稽なもののようにも見えるからである。

 芸術家とは、その意味では植物と人間とを半分々々に継いで作ったような何か異様な化けものめいた存在なのかもしれません。彼は人のなりをしていながら、自分の意思に反してからだのあちこちから止処なく咲き出る花々を、抑える術も知らずただ咲かせるに任せて激しく消耗してゆく奇矯な生きものなのでしょう。

 天才であること、人として生まれ、有限な肉体を持つ卑小な存在でありながら、ときに人であることを圧倒的に突き抜けてしまう天賦の才能によって、人間らしいささやかな幸福のすべてを犠牲にせずにはいられない芸術家としての生と死――本書『葬送』を通じて私たちが出会うことになるふたりの天才、音楽家フレデリック・ショパンと画家ウージェーヌ・ドラクロワの生き様は、たんに歴史上の人物をまぎれもないひとりの人間として活躍させるような歴史小説とはあきらかに異なった趣きを漂わせている。そこにあるのは、一個の人間であると同時に、芸術家という名の「化けもの」としての生という、言うなれば二重の生を生きていかなければならない者たちの苦悩と不遇であり、そんな彼らが「咲かせるに任せて」生み出す芸術の、底知れぬ美しさである。

 人間としてのささやかな幸福がどういうものであるかということについて、人それぞれだと言ってしまえばそれまでであるが、それはけっきょくのところ、愛する者と一緒になり、平凡ではあるがみんなが健康で幸せな家庭を築く、ということに尽きるように思える。幼い頃から「モーツァルトの再来」と呼ばれ、ピアノの演奏とその作曲に関してたぐいまれなる才能を発揮し、パリの社交界においてもその才能によって成功を収めた天才音楽家ショパン――だが、いっけん誰もがうらやむような華やかな人生をたどったように思える彼の姿を、本書では病弱で、失われた故郷ポーランドに思いを馳せ、そしていかにも芸術家らしい繊細で、複雑で、どこか子どものように無邪気で純粋なところのある人物として描き出す。けっして誰かを愛さなかったわけではなかった。また、結婚して自分の家族を持ちたいと願わなかったわけでもなかった。だが、作家ジョルジュ・サンドの愛人として9年間も交際をつづけながら、けっきょくは彼女の娘の結婚問題を機に、決定的な破局を迎えてしまうことになるショパンという人物は、常に社会的にどのような位置づけをされることのない、しいて言うなら「芸術家」という肩書きのみで語られる存在だと言える。

 ブルジョワジーでもない、労働者でもない、そして貴族でもなく、夫でも父親でさえもない微妙な位置にいるショパンに対する「芸術家」という肩書きは、本書においてはけっして羨望の眼差しでもって語られるものではない。芸術家になるべくしてなったというより、むしろ芸術家にしかなり得なかった、あるいはなることを許されなかった、という雰囲気がある。それは、ショパンの親友のひとりであり、自身もまた絵画における天賦の才で数多くの傑作を残したウージェーヌ・ドラクロワについても同じようなことが言える。彼の場合、そうした意識はより論理的だ。画壇でははなはだ悪名高い異端児であることにいつも不満をいだき、二月革命のさいには先駆けて自身の絵を臨時政府に売り込むといった世俗的な打算をはたらかせる一方で、常に自分のからだを食い破って出てこようとする、けっして尽きることのない創作への意欲のために、ときに他人に対して冷たいと思われる態度をとってしまう自分をもてあまし、苦悩する姿は、奇しくもジョルジュ・サンドが「あの二人は、似た者同士で馬が合うのよ。」と語ったように、同じ芸術家であるショパンの代弁者としての役割をはたしている。

 彼がショパンを巡る人々の関係に見出だすのは、いわば愛情の不遇であった。そのいずれもが極めて切実で、しかも互いにちぐはぐであった。――(中略)――それは彼がショパンの死の前後に経験した様々な出来事の場違いと――その調子外れと、何処かで連絡を有しているように思われた。

 自分がけっきょくは何者ともつながっていない、という孤立感――天才であるがゆえの不幸や孤高という言葉はよく使われるが、その苦悩をけっして嫌味ではなく、切実な生の苦悩としてここまで昇華させた作品も珍しい。この1200ページにもおよぶ長大な物語は、まさに芸術としての絵画を、芸術としての音楽を、そしてそんな芸術に魅せられ、芸術をとおしてしか自分の存在を知らしめる方法を知らなかった天才の生と死そのものを表現するためにこそ書かれたのではないだろうか。ドラクロワが下院図書館の天井に描いた、22の作品によって「秩序と無秩序の対立」を表現する壮大な、驚嘆すべき大作。滅多に公の場でピアノを演奏することのないショパンが、実に6年ぶりに行なった演奏会における、繊細でかつ毅然としたピアノの旋律。そしてショパンを容赦なくむしばんでいく結核が、徐々に彼の命を奪って死にいたらしめていく様子の克明な描写――これらの、どれひとつをとっても生半可なことでは書けない主題を、ものの見事に読者の前に提示してしまう平野啓一郎という「天才」の技量に、私はある戦慄すら覚える。彼はいったい、何者なのか、と。

 偉大なものは、嘗ては天から齎された。それが即ち人の営みに意味を齎していた。しかし、今は違う。偉大なものは、ただこの地上にしかない。そして、それを担い得るのは独り人のみである。その孤独に耐えて何事かを成し遂げるということ。それが即ちそのまま行為の意味になるということ。人間の偉大さへの尊敬の念とは、この地上から発して天へと至る道に違いない。

 神という唯一絶対の存在に疑問符が投げかけられ、それまで揺るぎないと思われていた社会が、革命という野蛮な行為によって一夜にして覆されてしまうという、19世紀のフランスという場は、あらゆる価値観が揺らぎ、人々が生きることの意味そのものに疑問を抱きつつある現代の日本と、状況としては似たものを感じる。芸術とは何か、芸術が人に何をもたらしてくれるのか、という疑問――かつての「天才」たちによって、人が人であることを越えて生み出されていった芸術が、人間に死をもたらす時の制約をも超えて現代にまで受け継がれ、人々を感動させることができる、という事実にあらためて気づかせてくれる本書は、あるいは芸術こそが私たち人間が最後に拠るべきものなのではないか、という訴えでもある。

 この世に生を受けた人間の大半は、想像力を有する人間でありながら、その想像力を「創造」にまで高めることもなく、他の動物のように食べて、寝て、生殖して生き、そして死んでいく。だが、もしショパンやドラクロワのような「天才」の存在が、彼らの生み出した芸術という「病」が、私たちが動物ではなく「人間」であることをあらためて思い知らせてくれるのであれば、ただそれだけでも、私たちは人として生まれたことを誇りに思うことができるのかもしれない。その揺るぎない信念によって書かれたこの大作に、ぜひ一度は目を通してもらいたい。(2003.05.05)

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