【角川書店】
『葬列』

小川勝己著 
第20回横溝正史賞受賞作 

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 あなたにとって、人生における成功とは、どのようなものを指すのだろうか。巨大な権力を握り、名声を得ること? 巨万の富を手に入れること? あるいは、愛する人とささやかではあるが、幸せな生活をおくること? 思うに、自分という人間を真正面から見据え、自分なりの夢を持って生きている人は、どんな状況に置かれたとしても幸福を実感できるのではないだろうか。自分にとって大切なのは何なのか、自分が本当は何を欲しているのか――それがはっきりと見えていない人は、あるいは権力を、あるいは金を、あるいはメディアが垂れ流している型にはまりきった愛や快楽を、自分が幸せであることを実感したいがゆえに安易に追い求めてしまう。

 だが、そういった価値観を追い求め、結果としてそれを手に入れることができたとしても、それが必ずしもその人の幸福につながるとは限らない。人間の野望や欲望ははてしなく肥え太るものであり、多くを持てば持つほどそれに対する人々の嫉妬や怒りもまた大きくなる。そうなれば、手に入れたものを守るために、その人はそれまで以上のエネルギーを費やす必要が出てくる。あるいは、と私は考える。人々が羨むような地位や名声、財産といったものを手に入れた人間こそが、もっとも不幸なのではないだろうか――本書『葬列』の、ある意味壮絶なラストをまのあたりにして私がまず思ったのは、そういったことだ。

 何の縁もゆかりもない――もっとも、三宮明日美と葉山しのぶとの間には、嫌悪で結ばれた深い因縁があったが――三人の女性と一人の男、ちょっとした偶然が重なって出会った四人がそれぞれに抱えている、どうすることもできない現状を憎み、それを打ち壊すために起こした、文字どおりの戦争を描いたのが本書である。四人が欲するものは、金。だが、たんに金のためだけに、最終的にはヤクザのアジトに乗り込み、命の危険をさらしてまで激しい銃撃戦を繰り広げてしまうのは、あまりにも割の合わないことだと言わなければならない。

 なぜ、四人はそんな無謀なことを実行する決意をすることになったのか――著者は四人の主要人物それぞれに、あるいは重すぎる現実を突きつけることで、あるいは何かを激しく欲せずにはいられない気性を持たせることで、物語そのものを破綻させることなく展開させ、ひとつの驚くべき謎解き、運命の皮肉とも言うべきラストへとその流れを持っていくことに成功している。そう、四人がそれぞれに抱える問題、そして思惑は、まったく異なるものであり、そんな彼らをあえてひとつの目標に向けて行動をおこさせるために著者が用意した綿密な状況設定、人物設定は、読んでいるときはけっして意識させることはないものの、だからこそ見事だと言わなければならない。

 けっして裕福ではなかった幼少時代の満たされない感情を抱え、その夢を巧みに刺激されて宗教まがいのマルチ商法にのめりこんだ結果、夫を自殺未遂にまで追いこみ、障害者にしてしまった三宮明日美、その明日美をマルチ商法に引き込んだ張本人であり、その後も大金を得るためにさまざまな商法に手を出しては失敗し、しかしそれでもなお世間を見返してやりたいという野望をあきらめないでいる葉山しのぶ、中学校のころから不良たちのていのいいパシリ役であり、なかば脅されるようにヤクザの世界に入れられてしまったものの、生来の気弱な性格が災いして堅気としても極道としても半端者である木島史郎、そして、アメリカにいた頃に巻き込まれた事件をきっかけに、自分が生きているという実感を、極限状態における命のやりとりのなかに見出そうとする藤波渚。この四人の主要人物に共通するのは、現実の社会がしばしば生み出してしまう不条理の犠牲者――断ち切れないしがらみに絡みとられ、身動きもできず、ただ流されるままにされているうちに、いつしか自分を見失ってしまった人間だということだ。

 借金を抱え、障害を持つ夫を世話しながら、ラブホテルの従業員として働く毎日、日々衰えていく自分の体を整形でなんとか押しとどめようとして、さらに借金を重ねていく毎日、いつ捨て駒にされるかもわからない半端なヤクザとしての、なんともうだつのあがらない生活――それは確かに、幸福とはかけ離れた人生だ。そして自分の存在に幸福を感じられなくなった人間は、容易に自分自身を見失っていく。しのぶは整形や豊胸処置という形ですでに自分というものを失っているし、渚にいたっては、そもそも自分が生きているという事実にすらリアリティを感じられない女性として描かれている。それに対して明日美や史郎はどうかと言えば、二人は自分以外の誰かの存在に、自分の幸福を重ね合わせることで生きていくたぐいの人間だと言える。そういう意味で、明日美も史郎も物語の当初は、たしかに裕福ではなかったが、けっして自分が不幸だと感じていたわけではなかったのかもしれない。だが、そのささやかな幸福の対象が永遠に失われたとき、彼らは劇的な変化を遂げることになる。とくに、それまでおどおどとした態度しか見せなかった史郎の変化には目を見張るものがあり、その驚くべき変わりようも、本書の読みどころのひとつだと言えるだろう。

 こうして、すべての舞台は整えられる。それぞれの思惑を胸に、完全武装を済ませた四人の「負け組」たちは、今のどうしようもない現状をひっくり返し、自分たちがたんに力ある者たちに踏み潰されるためだけに生きているわけではない、ということを思い知らせるために、世間そのものに対して戦争を仕掛ける決意をする。はたして、この文字どおり血みどろの戦いの果てに四人を待ち受けている運命は、どのようなものなのか、そして本書のラストで明らかにされる、驚愕の真実とは?

 桐野夏生の『OUT』も、どうしようもなく続いていく現状を打ち壊すために一線を越えてしまった中年女性の物語であるが、『OUT』があらゆる束縛からの自由を求めていたのに対して、本書で四人が求めていたものは、自由ではなく、いつのまにか見失っていたまぎれもない自分自身だったのではないか、と本書を読み終えて、私は考える。そのタイトルでもある『葬列』の意味――自分にとって本当に大事なものが見えないまま、現世の価値観をひたすら追い求めることで幸福が得られると信じた者、そして本当に大切なものを失ってはじめてそのことに気づいた者がたどった末路を、ぜひ見極めてもらいたいものである。(2000.11.26)

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