【講談社】
『図書館の魔女』

高田大介著 

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 人類が発見したさまざまな事柄、人類が編み出したさまざまな法則、人類が生み出したさまざまな技術や芸術――今を生きる私たちは、そうした人類の、過去から延々と受け継がれてきた叡智の恩恵を多分に受けている。そして、そうした人類の知識や知恵、歴史の歩みといったものは、常に言葉として語られ、また文字として残されていく。私たちには言葉があり、文字がある。後世に受け継がれていく叡智は、すべて「言葉」に拠るものだと言っても過言ではない。「言葉」が情報を形づくり、また「言葉」によって私たちは自身の意思を主張する。そしてそれらの「言葉」は、多かれ少なかれ私たちの実存にも影響を与えずにはいられない。

 昨今、メディアでよく登場する「ビッグデータ」とは、大規模なデータ集積のことであるが、ひとつひとつは些末な数値や単語――それこそ、Twitterのような「つぶやき」にすぎないものでも、数が集まり、そこからの取捨選択や解析によって、それまで見えてこなかった新しい情報を引き出すことが可能になる。だが、そもそもの前提として集積されたデータがなければ、分析もクソもない。今回紹介する本書『図書館の魔女』には、「高い塔」と呼ばれる図書館が出てくる。そこは本書の世界における史上最古の図書館であり、設立以来、あらゆる災厄や施政者の横暴に耐え、時間を超えて過去のさまざまな情報を今に受け継いできた、まさに「知恵の宝庫」としての立ち位置を確保している。

 真に英知を究めようとする者たちが手に入る書物を渉猟しきった後で、さらなる一著を、さらなる一頁を、さらなる一言を探そうとしはじめたとき、彼が求める言葉はきっとこの「高い塔」に隠されていた。――(中略)――この図書館の中の図書館「高い塔」を統べ、その所蔵資料のすべてを把握していると言われる人物……その人物こそ「高い塔の魔法使い」、いや当代に言うなら「高い塔の魔女」である。

 本書の舞台となるのは、私たちが知る現実のそれとは異なる世界だ。東西に分かれたふたつの大陸、その東側に位置する「一ノ谷」と呼ばれる王国――物語の体裁的にファンタジーとして位置づけられる本書であるが、何より強烈で、かつ象徴的な要素としてあるのが、「高い塔」の存在だ。王国の真の象徴であり、王族や議会、さらにはその周辺国にすら隠然とその影響力を振るうのが、何より「図書館」であるというのは、考えてみれば不思議なことである。なぜなら図書館という権力には、国家のような軍事力がなく、それゆえに武力でもって攻め込まれてしまえば太刀打ちできないものであるからだ。だが、にもかかわらず一ノ谷やその周辺国がその存在を無視できないのは、ひとえにそこが「知恵の宝庫」であり、人類の叡智の守護者としての権威をたもちつづけているからに他ならない。この物語世界において、書物に象徴される知識や文献は、武力以上に大きな力を発揮する、ある種の魔法のような価値をもつものとなっている。

 とはいうものの、物語がはじまった時点において、「高い塔」は大きな転換点を迎えつつある。それは上述の引用からも推察できるように、図書館を統べる人物が近年になって交代したという事実である。本書のタイトルにもなっている「図書館の魔女」とは、先代の孫娘として「高い塔」を統べることになった少女マツリカのこと。先代だった「魔法使い」の業績があまりにも強すぎたがゆえに、マツリカの代になった「高い塔」の実力が試される時期でもあるのだ。

 その権威の程がいまだ定まらず、各種勢力がこれを機に少しでもその影響力を抑え込もうと画策する――いたるところに間者が跋扈し、権謀術数渦巻く一ノ谷において、はたしてマツリカは「高い塔の魔女」としての役割をはたすことができるのか、というのが、この物語の背景にはある。そしてここで述べたことは、あくまで「背景」でしかない、というのがひとつのポイントとなる。本書はファンタジーとしての体裁をもっていると書いたが、そこにはたしかな歴史の息吹があり、各地方独特の言語や文化があり、そして何より人々の生活があるという手ごたえがある。世界設定のつくりこみ、そのこだわりの半端なさに、まずは圧倒されずにはいられない。

 だが、それ以上に驚かされるのは、そうした重厚な世界設定が物語においてどのように生かされていくのか、という点だ。「高い塔」は世界の知識の集積、膨大なデータそのものである。そしてその叡智の象徴としてマツリカが君臨している。彼女が「高い塔の魔女」としての威光をしめすためには、ただ集められたデータを分類するという図書館司書としての勤めをはたせばいい、というわけではない。データは生かされなければただのデータでしかない。本書は言ってみれば、架空のファンタジー世界、私たちにとってはあくまで虚構にすぎない世界を、知識や知恵として形づくられる「言葉」でもってどのように読み解き、私たち読者に提示していくのかを物語る作品である。そしてそのために用意されたのが、キリヒトという少年である。

 この書評において、物語のあらすじを説明するのはできるだけ避けたい。じっさいのところ本書の魅力、その圧倒的な素晴らしさは、まさに読んでみてもらったほうがいいのだが、何よりその内容を語りすぎると、逆に本書を読むさいの新鮮さや驚き、興奮を損ねてしまうという懸念もある。たとえばキリヒトという少年、彼はある使命を帯びて、山賊ノ里から一ノ谷の「高い塔」に迎え入れられることになり、物語はまさにここが始点となるのだが、まずもって彼の正体がひとつの謎となっている。彼との邂逅をはたしたマツリカは、キリヒトが読み書きがまったくできない少年であることをすぐに見抜き、なぜ他ならぬ彼なのかといぶかしむのだが、それは図書館という性質を考えれば至極当然の疑問である。だが、キリヒトには人並みはずれた耳目の聡さ、状況把握の精確さがあり、言葉を話すための声をもたないマツリカは、手話の代わり、自分の声の代わりとなる可能性を少年に見出すことになる。

 時を失するということがマツリカには常に苛立ちの種となっていた。手話を十全に理解するものを相手にするのでなければ、一切の時間差も無く対話を進めることができない。――(中略)――ところがいま、一つの解決が、完全とはいえないが彼女のやるかたない憤懣をはらすにたる一つの方途が、北嶺の山村から訪れてきていたのである。

 声をもたない少女と、読み書きのできない少年――「高い塔」という「言葉」の集積された場所にいながら、それらを生かすために必要な要素を欠いているという矛盾が、そこにはある。だが、お互いの欠けたものを補うかのようにふたりが結びついたとき、まさに世界を読み解くための壮大な物語が動きはじめることになる。そういう意味では、本書は世界という謎を解き明かすためのミステリーだと言うこともできる。「高い塔の魔女」が、その随身となったキリヒトが、言葉という武器を手に、図書館の叡智を縦横無尽に駆使して隠された陰謀を、常人には見えない秘密を暴き立てていく――理不尽な運命を呪うのではなく、たしかな意思の力で運命をみずから切り開いていくさまは、王道ではあるが圧巻だ。何より知識がたしかな真実を紡いでいく様子が素晴らしく緻密で、まさにひとつの世界がそこにあるという実感があるのだ。

 言葉はただの情報伝達の道具ではなく、それ以上の大きな力を秘めている。それはときに人を動かし、ときに人のありようすら変えていく力だ。図書館に蓄えられた膨大な知識――いつか、誰かに紐解かれるそれらの知識を守るため、世界を相手にどんな立ち回りを見せてくれるのか、そして他ならぬマツリカとキリヒトが、そして彼らを取り巻く人たちが何を思い、どんな行動を起こすことになるのか、ぜひたしかめてもらいたい。(2014.11.30)

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