【メディアワークス】
『シャープ・エッジ』

坂入慎一著 



 普通の人々にはない特異な能力の持ち主というのは、えてして人々から怖れられ、またそれゆえに、ときに憎悪の対象となってしまうものだ。たとえば、ある会社内で重役からの覚えめでたいというただそれだけの理由で、周囲からいわれのない嫉妬を買ったりするようなこともある世の中である。だが、その特異な能力のせいで他ならぬその人自身が殺されなければならないというのであれば、それはそれで理不尽極まりない処遇だと言わなければなるまい。なぜなら、特異な能力というのは、しばしばその能力の持ち主の意思とは無関係に備わってしまうものであるからだ。

 「地球より重い」などと言うつもりはないが、人の死というのはたしかにこのうえなく重い。だから人は人を殺すときに、それ相応の理由を求め、その行為を正当化せずにはいられない。そして「死ねばいい」というのと「殺す」というのは決定的に違う。他ならぬ自身の手で、他人の命を奪うという行為は本来、想像以上の覚悟と意志の強さを必要とするものであるはずなのだ。

 本書『シャープ・エッジ』の舞台となる世界には、「魔女」と呼ばれる者たちが存在する。彼女たちはいわゆる特異能力者のことであり、おもに人間の変異体を指すものであるが、ときには「レプリカ」と呼ばれる人造生命体が能力をもつこともあり、彼女たちもまた「魔女」と称されることから、人にはない能力の有無が「魔女」の選別における重要な要素であることは疑いないところである。そういう意味で、本書は異能力バトルを主とするライトノベルという位置づけが妥当であるが、そのなかで本書の主役であるカナメの位置づけは、このシリーズをとおしてのテーマと直結する、非常に重要なものだと言える。

 カナメの職業のスイーパー、つまり殺し屋だ。それは、六年前に彼女を拾ったハインツという男の職業であり、彼が直々にカナメに教え込んだのが暗殺術である以上、必然というべきものである。だが、ハインツはけっしてそうした仕事をカナメ自身に回してくることはなく、彼女の技術は目的のないまま、ただまっすぐに研ぎ澄まされていった。

 物語は、ハインツの死からはじまる。彼を殺したのはシルビアという女。彼女は「魔女」であり、さらに街を仕切るファミリーのボスが持つ切り札だった。「魔女」を狩ることを生業とする教会の異端審問官シモンズからシルビアのことを知ったカナメは、「魔女」を殺すという目的のために行動を開始する。その研ぎ澄まされた暗殺術のように、ただまっすぐに。

 カナメをはじめとする登場人物たちの心情描写を極力廃し、ハードボイルドのような乾いた表現を目指すいっぽうで、あたりまえの事柄に対して妙に哲学的な言い回しを多用することが多く、それゆえに文章表現という点では読者を選ぶところのある本書であるが、このシリーズのなかで重要なのは、カナメ自身もまた「魔女」としての特異能力の持ち主であるという点、そしてハインツはもともと、「魔女」としてのカナメの暗殺のために動いていた、という点である。つまり、状況が状況であれば、カナメはとっくの昔にこの世からいなくなってしかるべき運命だったということだ。そしてカナメ自身、自分の能力のこと、ハインツの当初の目的のこと、そして自身の奇妙な運命のことについて、薄々ながら気がついている。

 本書は異能力バトルを主するライトノベルだと述べた。そしてカナメが戦うことになる相手は、いずれも強力な能力をもつ「魔女」たちであるという意味で、私の指摘は間違ってはいない。だが、カナメが他の「魔女」たちと決定的に異なるのは、彼女はけっして積極的に自身の「魔女」としての能力――電磁を操る能力――をもちいることがない、という一点にある。むろん、カナメ自身が驚異的な身体能力と冷静な判断力を有しているということもあるのだが、影を使って空間を直結させるシルビアにしろ、驚異的な人体強化を有するキラにしろ、あらゆるものを分子単位で切断してしまうエミリアにしろ、「魔女」としての能力を最大限利用して戦っているのに対し、カナメはけっしてその能力に頼った戦い方をすることはない。彼女がその能力を使うのは、どうしても致命傷になるような攻撃を防ぐとき程度であり、相手を攻撃するときにその能力を使うことは、シリーズを通じて一度もない。そして、そんなカナメの戦い方におけるひとつのスタイルを考えたとき、彼女に暗殺術を教えながら、彼女がスイーパーとしての仕事をすることにけっしていい顔をしなかったハインツの隠された思いが浮かび上がってくることになる。

 おそらくハインツは、カナメに「魔女」としてではなく、ひとりの人間として生きてほしかったのではないか。そしてだからこそ、彼の唯一のスキルである暗殺術をカナメに叩き込んだのではないか。それはハインツという人間がなしうる、最大限の「保護」だったに違いない、という確信が私にはある。

 過去に一度発現した「魔女」の力を見たハインツの「今のようなことは、これから二度とするな」という言葉は、今もなおカナメのなかで効力を発揮しつづけている。だからこそ、ハインツの暗殺術で戦うことが、彼女にとっての生きることと直結している。そして、過去に死ぬべき運命にあったという事実をねじ曲げて、生き残ってしまったカナメは、何より意味のない死というものを憎んでいる。

 カナメがシルビアと戦ったのは、ハインツの死に明確な意味をもたせるため。
 カナメがキラと戦ったのは、キラの心を侵食する野獣の魔力が、意味のない死を大量に生み出すことを防ぐため。
 カナメがエミリアと戦ったのは、彼女が殺人という行為に何の意味ももたせない「殺人鬼」であったから。

 人を殺すという行為にこのうえなく重い意味があることを、おそらく誰よりも自覚しているのがカナメという人物であり、だからこそ、言い訳も弁明もなく、自分が人間として生きるために戦い、躊躇なく相手を殺す彼女の行為にはこのうえない価値が生じる。

 生きることと死ぬこと、そのギリギリのエッジをシャープに走り抜けていくカナメの生き方は、彼女以外の登場人物のほとんどすべてが、したいと思うことをねじ曲げて生きているのとは対極に位置している。教会に「魔女」であると宣告され、しかし教会の勢力に組みこまれることも拒否したカナメは、これからも自身の生のためにまっすぐに、ためらうことなく駆け抜けていくのだろう。(2007.08.08)

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