【実業之日本社】
『雪白の月』

碧野圭著 



 性別というものが、自身のアイデンティティにどんな形で絡んでくるのか、あるいは自己形成においてどのような影響を与えるものなのか、ということをふと考える。言うまでもなく私は男で、私のなかのアイデンティティも私の性別が男であるということと密接につながっているはずなのだが、私がふだんから「自分が男だ」ということをとくに意識することなく生活している、というのは、おそらく男であるというステータスが、社会においてさほど不自由を感じさせないもの、性差による理不尽な体験をさせられることが少ないということと無関係ではない。そういう意味で男と女、どちらがより性差というものを意識させられるかと言えば、それは間違いなく女のほうであろう。月に一度の下り物や妊娠、出産といった身体的特徴はもちろん、長年の社会のありかたは、けっして女性に有利なものとして機能していないという事実からも、ある程度は想像することはできる。

 男が「もし自分が女だったら」と考えることはあまりないかもしれないが、女が「もし自分が男だったら」と考えることは、それなりに多いのではないだろうか。もちろん、男である私に女のことがすっかりわかるというわけではないが、少なくとも本書『雪白の月』を読んだかぎりにおいて、女性が女性であるということについて、強く意識させられたことはたしかだ。

 少し挑戦的な気持ちになって、奈津子は試着室へと向かう。試着室の鏡には、キャリアウーマン然としたベージュのパンツスーツに身を包んだ自分が映る。
 これが仕事の時の自分。でも、それだけが私じゃないわ。

 本書に登場する雨宮奈津子は、大手出版社の編集に勤めている42歳の既婚女性。すでに高校生になる娘もいる身だが、同時に編集としての仕事もこなすワーキングマザーという立場でもある。長年担当していた雑誌が休刊となり、雑誌編集から書籍編集へと異動したばかりの奈津子は、まず作家ありきという書籍業務独自の仕事、とくに作家への接待に駆り出されるなど気を使うことも多く、まだまだ暗中模索という状態にある。そんな彼女が思わぬ恋愛の対象として意識するようになったのは、自分より八歳年下の営業課長である関口諒。大御所作家の榊聡一郎の接待の席で彼女をフォローするような言動を見せた関口は、その後その作家の新作イベントを通じて奈津子と仕事上のパートナーとして組む機会を得るが、その関口は仕事だけでなく、プライベートで何度か奈津子を食事やビリヤードといった娯楽に誘うようになる。

 奈津子はすでに中年といっていい歳であり、対する関口もまた家庭をもち、しかも若い妻は専務の一人娘であり、将来の出世を約束されたも同然の身。物語は、そんなふたりが道ならぬ恋に落ちるという展開となり、言ってみれば中年男女、とくに中年にさしかかった女性の恋愛というひとつのテーマをもっているのだが、本書が安易な不倫小説に堕することなく、ギリギリのところで女性の恋愛を描く作品としてとどまっているのは、中心人物たる奈津子の人物設定が絶妙であるところが大きい。

 奈津子の大きな特長のひとつとして、ひとつのことに一所懸命になれること、その真摯なまでのひたむきさ、というものがある。たとえば作家の接待の席では、大抵の場合、作家を良い気分にさせるために褒めることが基本となっているのだが、作家との付き合いに仕事として一途なところのある彼女は、きちんとその作家の作品を読み込み、自分なりの意見をもって作家に臨もうという意思がある。本書においては、そうした真摯な態度が榊を特別気に入らせることになるし、また関口が彼女に惚れる要素のひとつとなっていくのだが、おそらくそうした真面目さは、仕事だけでなく夫婦生活や育児といった部分においてもおおいに発揮されてきた部分がある。

 だが、奈津子の家庭はけっして円満というわけではない。第一希望の高校入試に失敗した娘の理沙は、ことあるごとに彼女に反抗的な態度をとり、家庭教師だった大学生と付き合っているし、夫の克彦は鉄道模型に夢中で妻と向き合おうとしない。夫の母多恵が家庭のことをやってくれているおかげで、奈津子は今の仕事をつづけることができたわけだが、家庭そのものは円満どころか、バラバラになりかけている状態だと言える。妻として、母親として、そして出版社の編集者として、それぞれの勤めを果たそうと懸命だった奈津子――だが、その努力はかならずしも実を結んでいるというわけではない。少なくとも、仕事以外の部分では。

 本書は奈津子の周囲にいる人物を通して、妻、母、キャリアウーマンと、女性が担うべきそれぞれの役割を浮き彫りにしていく。そして、そうした下地のうえに恋愛という要素が入ってくることで、そこにはじめて「女」としての雨宮奈津子というあらたな視点が生まれてくる。だが、彼女がそれまで担ってきた役割は、もともとはすべて「女」であることが元となっているはずなのだ。もういい歳をしたおばさんが新たな恋愛に目覚めること――それは母や妻という役割からすれば不実なことであるのかもしれないが、それ以上に女性本来の部分に立ち返ること、女性としての自分をあらためて見つめなおすという意味合いが大きい。

 本書のタイトルになっている『雪白の月』とは、昼間に見える白い月のこと。それは太陽の強烈な光の前ではあまりに儚く、注意深く見上げていないと見過ごしてしまうことになる。何かと障害が多く、また失うものも大きい中年の恋愛――はたして、その行方がどのような結末をもたらすことになるのか、注目してみてほしい。(2008.11.25)

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