【東京創元社】
『配達あかずきん』

大崎梢著 



 インターネットの普及とともにAmazonやBK1といったオンライン書店(Amazonは正確には「書店」ではないが)が運営されるようになって、平日は仕事でなかなか営業時間中に本屋に寄れない身の私としては、時間を気にすることなく、欲しいと思った本の在庫状況が確認でき、家にいながらにして本を購入することができるという、なんとも便利な時代になったという感慨がある。とくに、私自身もネット上に本の書評サイトを立ち上げ、面白そうな本の情報もネット上で集めることが多くなったここ数年は、買いたい本がはっきりしている目的買いについてはオンライン書店に頼ってばかりになっているが、ではリアルな世界での本屋は必要なくなったのかと言えば、けっしてそんなことはない。ネット上にしか存在しない仮想のオンライン書店とは違い、リアルな本屋にはとくに目的があるわけでもないが、それでも立ち寄ってみたいという独特の魅力を備えている。

 人は本屋に何を求めて足を運ぶのだろう。本屋があつかっている本という商品の性質を考えれば、何らかの必要な「知識」を求めて、というのが大きな要因のひとつである。そのさいに、人々はどこどこの出版社の何というタイトルの本が欲しい、ということまでは考えてはいない。たとえば同じ資格試験のための参考書にしても、その数は膨大なものとなる。資格試験合格のための知識を得るのに、当人にとってどの参考書を選ぶべきなのか、納得のいく判断をするには、やはり現実の参考書がそろっていて、その内容を確認できるリアルな本屋がものを言うことになる。

 そこに何がそろっているのかはわからない。だが、そこへ行けば何らかの答えが見つかるはずだ、という想い――それは、どれだけオンライン書店が隆盛し、全国にチェーン展開する新古書店が猛威をふるってもけっして廃れることのない人々の願いでもある。そして、そんなふうに考えたとき、そうした人々の願いに真摯に、そして的確な答えを返すことのできる書店員の存在は、まさにその人にとっての「探偵」に匹敵すると言っても過言ではないのだ。

「わかりました。本屋の謎は本屋が解かなきゃ、ですね。任せてください」

 本書『配達あかずきん』は、表題作をふくむ五つの短編を収めた連作ミステリーであり、その舞台となるのはいずれも駅ビルの六階にある「成風堂書店」という名の本屋、つまり、本書は他ならぬ本屋と本にまつわるちょっとした不思議をあつかったミステリーという位置づけであり、それだけで本好きな方々にとってはたまらない設定なのだが、本書の最初を飾る短編「パンダは囁く」の冒頭を読めば、著者が本屋という空間にどのような思いを抱いているかがわかってくる。タイトルはおろか作者も、出版社もわかっていない本を探しているお客に対して、その作品のフィーリングをたくみに引き出し、目的の本を推察する書店員――それはまさに、本屋に対して「何らかの答え」を求めている人々の願いを叶えることこそが本分なのだという、本屋としての理想の姿に他ならない。

 短大時代のアルバイト期間もふくめると、成風堂書店には足掛け六年の勤務となる杏子は、読書家というよりは本に対する好奇心が旺盛で、およそ本であればジャンルを問わず興味をしめさずにはいられないというタイプ。法学部所属の現役女子大生である多絵は、アルバイトに入ってまだ半年、手先の器用さにかんしては絶望的ながら、豊かな発想力と勘の鋭さで、突発する難問・珍問の解決にかけては絶大な信頼を置かれるタイプ。本書において探偵役が誰なのか、と問われれば、迷うことなく多絵の名前をあげることになるのだが、この多絵という「探偵」を、他ならぬ本屋にかかわる謎へと多少強引でありながらも引き込んでいく、という意味において、杏子というワトスン役はこのうえなく重要な役割を担っていると言える。

 謎めいた暗号文と出版社が「パンダ」だという情報から、その人が見つけてほしい本を探り当てていく「パンダは囁く」、源氏物語をコミック化した「あさきゆめみし」を購入後に失踪してしまった夫人の行方を追う「標野にて 君が袖振る」、成風堂が配達した定期購読の雑誌に盗撮写真をしかけ、お得意様の美容室を窮地に陥れた犯人を推理する「配達あかずきん」――本書の短編に仕掛けられる謎は、いずれもその気になれば放っておいても直接的には害のないものばかりである。謎をもちこんだ馴染みの客にしても、もし杏子が「わからない」と放り出してしまえば、それはそれであっさり身を引き、それで終わっていたであろう事柄でもある。そして、ご存知の方はご存知であろうが、本屋の仕事というのはけっして楽なものではない。一冊一冊の本はたいしたことはなくとも、ダンボールにぎっちりつまって送られてくる本というのは、想像以上に重い。その重い新刊本の山を毎日毎日仕分けし、棚から出し入れし、不要なものを返品するというのは重労働であり、正直言えば体力勝負の仕事場なのだ。それゆえに、現実における本屋の従業員というのは、日々の業務に追われてしまい、商品である本の知識を学ぶこともままならない、というところもけっして少なくはない。

 だが、にもかかわらず杏子は、それらの謎をけっして放り投げたりはしない。それはもちろん、そうしなければ物語として成立しないからだと言われればそれまでだが、その最大の理由は、杏子が著者にとって理想の本屋、理想の書店員を体現しているからである。彼女にとって、成風堂に持ち込まれた謎というのは、それこそタイトルも著者もわからない本を探し出すことと同義であり、その謎を解き明かすことは、等しく人々が本屋に求める「何らかの答え」へと直結する行為なのだ。

 事件の謎を推理する探偵役としては決定力不足である杏子だが、書店員としては理想形であるがゆえに、こと成風堂書店という場において、彼女の存在は真の探偵役である多絵よりも当然上に来ることになる。それゆえに、個性的な探偵という要素では他のミステリーに一歩およばない部分があることは事実であるが、それを補って余りある本屋の魅力が、本書にはたしかに詰まっている。

「本屋さんって、私の知らない世界が詰まっている場所でした。今まで、とっても狭い視野しか持っていなかった。そんなことも、あの五冊の本で思い知らされました。」

(「六冊目のメッセージ」より)

 今も知らない土地に出向いたとき、そこで本屋を見つけると嬉々として立ち寄ってしまったりする私だが、文芸書の棚などを眺めていて、ふとこれまで知らなかった、しかしどこか惹かれるものがあるタイトルや装丁の本と出くわしたり、妙なジャンルの棚で思いがけない本を見つけたりするのは、やはりこのうえなく楽しいし、そうした楽しみはオンライン書店のトップページを眺めているだけではけっして味わえない、まさにリアルな書店ならではの醍醐味でもある。すべての本屋好きな人に、ぜひオススメしたい作品である。(2007.09.26)

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