【アーティストハウス】
『あなたになら言える秘密のこと』

イサベル・コイシェ原案/藤井清美著 



 私自身の小さい頃を思い返してみると、ふとした拍子に脳裏に浮かんでくるのは、自分のせいで自分以外の誰かが怪我をしてしまう、という何とも後味の悪いシチュエーションばかりだったりする。どうしてそんなことになってしまったのかはわからない。あるいは、状況が少し違っていれば、怪我をしたのは自分自身だったのかもしれない。だが、起きてしまった結果として、さまざまな状況において怪我をしたり不利益をこうむったりするのは決まって友人とか兄貴とかいった、自分の周囲にいる人たちであって、私自身はそんな様子を呆然と見ていることしかできなかった、という経験がずいぶんとあったりする。

 けっして意図してやったわけではなかった。だが、こうした状況に何度も遭遇してしまうと、なんとなく何の怪我もしていない自分の存在それ自体が、とんでもない罪であるかのような意識が芽生えてくるのをどうしても止めることができなくなる。幸いなことに、いずれの怪我もごく軽いもので済んだし、兄貴や友人は今もピンピンしているわけだが、これがもし後遺症が残るほどのひどい怪我だったり、あるいは相手が死んでしまったりするようなことになっていたら、私のなかのトラウマはどれほど大きなものとして、自身の今後の人生を歪めることになっていったのか、想像するだけでも恐ろしい。

「あなたが少し話をしただけの女性は、あなたやわたしには耐えられないようなことで苦しんできたのよ。もしかしたらハンナに必要なのは、ただそっとしておいてもらうことかもしれないって思いませんか?」

 何事もなく続いていく平凡な日々の生活が、じつはこのうえなく貴重なものである、というのは私のまぎれもない実感であり、その気持ちは今も変わってはいないが、本書『あなたになら言える秘密のこと』に登場するハンナ・アミランの生活ぶりは、そんな私でさえうんざりしてしまいそうなほど単調なものとして描かれている。大きな工場での単純な梱包作業、白米とナゲット、リンゴ半分というまったく変化のない持参の昼食。仕事が終わって部屋でとる食事も昼と同じ。唯一の趣味とも言える刺繍にしても、ただ時間を潰すために手を動かしているだけで、けっしてそのできあがりを楽しんだりしているわけではない。恋人も、家族もいない、ひとりぼっちの日々――いったい、何のために生きているのかと首をひねりたくなるような、なんの潤いもないハンナの生活は、何より自分がひとりであること、そしてそこから起きるはずの人間的な感情自体にさえ興味を失っているように見える、という点で、どうしようもない絶望感に満ちている。

 物語は、そんなハンナが工場長から無理やり一ヶ月の休暇をとらされることになり、何の当てもなくたどりついたホェランという海辺の町で、重傷を負った男の看護する人を必要としているという話を耳にし、海の真ん中にある油田掘削所へと赴く、という展開を見せる。ハンナにとって、男の看病という仕事は、ただたんに無理やり与えられた空白の時間を消化するのに都合がいい、という理由で引き受けたにすぎなかったのだが、彼女が看護するジョゼフをはじめとして、その油田掘削所に残っている男たちとの出会いは、ハンナの心に少しずつ変化をもたらすことになる。

 ジョゼフの火傷は、掘削所で起きた火災が原因だった。その火事で作業員のひとりが死んでおり、その死んだ彼は、ジョゼフの親友でもあった。数人の男たちを残して、ほとんど稼動を停止してしまった油田――まるで、世界から見捨てられたかのようなその場所は、ある意味でハンナ自身の心理にもつながるものがあり、それはそれで興味深いものがあるのだが、本書最大の読みどころであるハンナの過去にかんする秘密もふくめ、物語の全容をとらえたうえであらためて本書を読み直してみると、ハンナとジョゼフの関係における特殊な状況というのが見えてくることになる。

 私はあくまで男であって、女性であるハンナの気持ちについてどこまで理解できるのかについては、正直なところ微妙なところだと言わざるをえないのだが、それでも、ほんの数人とはいえ、男しかいないような場所というのが、女性にとってけっして好ましい印象をあたえるものでない、ということくらいは想像がつくし、それが他ならぬハンナであれば、なおのことだ。だが、ひどい火傷を負ってベッドから起き上がることができず、また目も見えない状態にあるジョゼフは、下の世話もふくめてすべてを看護師にゆだねなければならない立場にあり、そういう意味でハンナとジョゼフの関係は、ある種の逆転現象を起こしている。

 怪我が完治しないかぎり、ジョゼフがどのような人物であっても、ハンナに危害をくわえるようなことはない。ジョゼフはしきりにハンナの素性について詮索してきたりするが、それは彼の置かれたハンディーゆえのものであり、ハンナがその気になれば、いくらでも無視できるたぐいのものだ。それまでの、まるで自身の生そのものが罪であるかのような、極端に無個性なハンナの生活と比べて、彼女は常にジョゼフより優位な立場に身を置くことができるのであり、それはハンナにとっても重要な意味をもつことにある。何かを選択できるという状況――それがなければ、おそらくこの物語は成立しなかったに違いない。

 ハンナ自身はもちろんのこと、ジョゼフにしろ、腕のいいコックであるサイモンにしろ、海洋学者で波の測定をしているマーティン、清掃係をしている陽気なアブドゥルなど、油田掘削所に残っているのはいずれも何らかの事情をかかえた者たちばかりである。そして、ジョゼフの体調が好転すれば、いずれは正規の病院へと移されることになるし、そうなれば事故の起きた油田掘削所も閉鎖の方向で話が進むことになる。そこに、個人の選択の余地はほぼないと言っていい。そして、ハンナやジョゼフが抱えている過去の悩みや心の傷といったものを考えたとき、私たちの人生においてどれだけの選択の余地が残されているのか、ということについて、思いを寄せずにはいられなくなる。

「人は過去をどう背負えばいい?」というジョゼフの言葉に、「前に進むしかないわ」とハンナは返す。とんでもなく重く、人が聞いたら沈黙するしかないような過去を背負ったハンナにとって、過去の傷はいまだ血を流しつづけるほど深く、痛みをともなうものであり、そうであるかぎり彼女の時間は止まったままである。止まった時間を動かさないかぎり、前に進むことはできない。「前に進むしかない」という言葉は、ハンナ自身に向けた言葉でもある。期間限定の避難場所とも言える油田掘削所のなかで、生きることの痛みに耐えながらも懸命に前に進んでいこうとする人々の姿が、そこにはたしかにある。

 ある人の時間を止めるのが人間ならば、止まった時間をもう一度動かすのもまた人間である。そういう意味で、人と人とのつながりというものは残酷であり、また素敵なものでもある。誰かに必要とされること、誰かを必要とすること――人と人とを結びつけるあたりまえの、しかしこのうえなく大切なものを描いた本書をぜひ楽しんでもらいたい。(2007.09.20)

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