【角川書店】
『彩雲国物語』

雪乃紗衣著 



 注1)本シリーズは完結した作品ではありません(2007.06.04現在)。
 注2)本書評はシリーズのうち「はじまりの風は紅く」「黄金の約束」「花は紫宮に咲く」の三作を読んだうえでのものです。

 この世の中を生きていくうえで、自分ひとりの力でできることはごく限られているし、どれだけ努力してもそれがかならず報われるというわけでもない。むしろ、報われることのない努力のほうが多いのではないかとさえ思えることもあるのだが、かといっていっさいの努力を放棄して、なお望むものが手に入れられるほど世の中は甘くないし、他人が自分の代わりに努力してくれるわけでも、欲しいものを与えてくれるわけでもない。もし欲しいものがあるのなら、それは自分の手でつかみとらなければならない。そしてそのために人は、ときに他人を傷つけたり、迷惑をかけてしまったりすることもある。

 人がかかえる欲望は、はたして醜いものだろうか。欲しいもの、かなえたい願い――それは、人間であれば誰もが何らかの形で影響されずにはいられない心の動きであり、それゆえに欲望は、ときに人の闇の部分をあらわにすることもあるが、同時にそれは人間が人間であるがゆえのものであり、それゆえに人間臭く、また人として生きるための原動力にもなる。そういう意味では、欲望というのはけっして醜いものではない。むしろ、そういったいかにも人間臭い欲望をもてないまま生きることを強いられてしまう状況のほうが、よほど人として醜いし、また悲惨極まりないと言うことができる。なぜなら、人の世を動かしているのは、良くも悪くも人々のさまざまな欲望なのだから。

「幸も不幸も、その人自身の問題だわ。だから、王様はそんなとこまで責任を持たなくたっていいの。ただ―― 一人一人が自分の人生を自由に生きられるようにしてほしい。望んでいるのは、それだけ」(「はじまりの風は紅く」より)

 本書『彩雲国物語』シリーズは、中国王朝に似た架空の国を舞台としたファンタジー小説で、そういう意味では小野不由美の「十二国記」を思わせるような世界設定ではあるが、本書の場合、私たちの住む現実世界との接点はなく、純粋に物語としての面白さを求めていける作品だと言うことができる。八つの州によって成り立ち、今は王家直属の紫州から各州に官吏を派遣するという統治方法をとる彩雲国――その紫州に居をかまえている紅秀麗は、その八州を収める名家のひとつ、紅家直属のお姫様でありながら、世渡りがとことん下手なうえに金銭感覚にも疎く、中央の役人でありながら閑職同然という父親ゆえに  家計は常に逼迫、実質彼女の選り好みしないアルバイトと、唯一彼女の家に仕えている静蘭の官給によってなんとかしのいでいるという、およそ高貴な身分とは思えない貧乏暮らしがつづいている。そんな彼女のもとに突如舞い込んだ仕事の依頼――金五百両という破格の金額に、一も二もなく飛びついた秀麗だったが、その依頼内容とは、即位まもない王様の教育のために、期間限定で王の后として後宮に入ってほしいというもの。

 八年前の王位争いで、ライバルたちが共倒れになった結果転がり込んできた王の座であるせいか、即位後半年になろうとしているのに、政治一切は臣下にまかせっきり、おまけに男色家で後宮には正妃すらいないという無気力な国王、紫劉輝のその根性を、はたして秀麗は叩きなおしてやることができるのか? およそ高貴な身分でありながら、とことん庶民感覚が染みついてしまっているという秀麗のまっすぐなキャラクター性と、深刻ななかにもまるで漫才のごとく笑いの小ネタを挟みこんでいく軽快な文章、そして何より、秀麗と劉輝の男女としての関係の進展具合に目を引かれがちな本書であるが、このシリーズをいくつか通して読んでいくと見えてくるひとつのテーマ性があることに気がつく。それは、人であることの不自由さと自由さ、というものである。

 たとえば、本シリーズの一作目「はじまりの風は紅く」において、国王である紫劉輝はいっけん無能な王をふるまっているが、そこにはそうせざるを得なかった理由がきちんと設定されている。この第一作において顕著なのは、秀麗の父親である邵可や静蘭、そして彼女に仕事の依頼に来た張本人である朝廷三師のひとり、霄太師など、主要な登場人物のほとんどが、じつは先王亡き後に勃発した後継者争いに深いかかわりをもつ重要人物であることがあかされるのだが、そうしたある種ミステリー的な物語構造が、ただたんに読者の興味を先につなぎとめておくための技術としてではなく、そうした秘密があきらかにされることによって、その人が絡みとられていたり縛られていたりしていた深いしがらみが強調されていく点にこそ注目すべきである。そして、そんな不自由さを抱えこまなければならなかった登場人物たちのなかにおいて、秀麗の存在がこのうえない自由の象徴として生き生きと輝いていることを。

 そう、秀麗という女性は、つねに自分ができる最大限のことをやり遂げる人物として描かれていく。一作目では期間限定の王の后として、二作目では臨時雇いの朝廷の雑用係として、そして三作目では女性でありながら正式な官吏として、自分が望む願いをかなえるための道をまっしぐらに走り抜けていく。それは、人としてはあまりにもささやかな、しかし彼女にとっては何よりも大きく、大切な願い――はじめから無理だとあきらめてしまうのではなく、たとえ小さなことかもしれないが、それでもなお自分にできる努力を怠らないという秀麗の姿勢は、ひたむきであるがゆえに読者の心を強く打つ。そしてさまざまなしがらみにとらわれていた人たちが、そのひたむきさに惹かれ、そして彼女の自由を守るために新たな一歩を踏み出していく。古い時代が終わりを告げ、新しい息吹がひとつの国を吹き抜けていくというダイナミズムは、ライトノベルという表現で片づけてしまうにはあまりにも惜しいものがある。

 人と人との関係のなかで、どうしても縛られてしまうしがらみや、特定の誰かへの強い思い――その最前線にいるのが紫劉輝であり、あくまで官吏としてともに歩んでいこうとする秀麗の自由意志と、彼女を自分だけのものにしたいという欲望との葛藤が、おそらく本シリーズをとおして決着をつけるべき大きなテーマであることに疑いはない。そしてそれは、紅家のひとりである秀麗にしても例外ではない。だが、これまで小さな家族のなかに守られていた彼女が、何より自由のために困難な世界へと旅立っていくというひとつの大きな流れを考えたとき、秀麗はいつも、どんなときもひたむきなまでに、そのときそのときに自分ができることを成し遂げていくのだろうという確信がある。それは彼女にとって、自由であり続けるための戦いでもあるのだ。

 努力はかならずしも報われるわけではなく、行動を起こした結果に深く後悔してしまうこともあるかもしれない。だが、そもそもその行動を起こす自由すらない、という状況にこのうえない理不尽さを感じずにはいられなかった秀麗――これまで認められていなかった国試の女人資格を経て、正式に官吏となった彼女はこれからも、選びとれる自由のためにひたむきに走っていくのだろう。これからの彼女の活躍と、国王との関係の行方におおいに注目していきたい。(2007.06.04)

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