【講談社】
『再会』

横関大著 
第56回江戸川乱歩賞受賞作 



 殺人事件が生じるミステリーにおいて、まず謎として読者に提示されるのは「誰が真犯人なのか」という点である。この骨子は、その殺害方法(トリック)を解明する本格ミステリーにおいても、その動機を問う社会派ミステリーにおいても基本的には揺らぐことはないし、私たち読者にしても、その真犯人の意想外さを常に期待してミステリーを読む。だがときに、私たちはこの「誰が真犯人なのか」という命題を、積極的に解き明かしたいと思わなくなるような作品とめぐり合うことがある。ひとつはあらかじめ読者には殺人事件の犯人がわかっていて、かつその殺害理由について、読者の同情を誘うに足るものが設定されている場合。そしてもうひとつは、殺された被害者が生きていてもしょうがないほどの人間のクズである場合だ。

 今回紹介する本書『再会』においても殺人事件が発生するが、この殺された佐久間秀之は、間違いなく後者に分類される人物である。佐久間家のごくつぶし、名ばかりの店長、若いときから素行が悪く、まともに働く気もないどころか、まわりの人間から金をせびったりして迷惑ばかりかけていた男――三ツ葉市で美容室を経営している岩本万季子もまた、ひとり息子の万引きの件で弱みを握られ、彼から金をせびられていた女性だった。ようやくこぎつけた息子の進学を、万引きのせいでフイにしたくないという思いから、仕方なく取引に応じることになったのだが、離婚した夫である清原圭介とともに指定された場所に赴いた彼女は、圭介から秀之が殺されていることを伝えられる。

 本書の冒頭だけでは、誰が佐久間秀之を殺した犯人なのかは特定できない。だが秀之による万季子脅迫が今回の事件にまったくの無関係だと思うには難しい状況である。しかも、今年になってこの町の警察署に配属された刑事であり、また万季子や圭介とは古くからの友人でもある飛原淳一から、被害者の死因が明かされたとき、彼らは23年前に起こったある出来事にふたたび目を向けなければならなくなったことに気づく。なぜなら、佐久間秀之は拳銃による射殺、それも、23年前に紛失したままになっていたニュー・ナンブM60、日本警察の制式拳銃で撃たれて殺されており、その拳銃のありかを知っているのは清原圭介、岩本万季子、飛原淳一、そして被害者の弟である佐久間直人の四人だけだったからである。

 このタイムカブセルは未来に繋がっているわけではなく、忌まわしい記憶を封印するためのもの。淳一自身はそう思っているし、おそらくほかの三人も同様だろう。未来永劫、このタイムカプセルはずっと埋まったままであってほしい。それが淳一の偽らざる思いだった。

 そんな淳一の願いも空しく、タイムカプセルから拳銃が持ち出され、殺人事件の凶器として用いられてしまったわけであるが、この特殊な状況がミステリーにおける謎を複雑なものにし、その真相についても俄然面白いものにしていると言える。ごくふつうに考えるなら、タイムカプセルを埋めた場所を知っている四人のうちの誰かが殺人犯、ということになるのだが、本書の流れが被害者に対して同情しづらい状況を生み出していることは上述のとおりである。とくに、容疑者である四人が子どもの頃からの知り合いであり、それぞれに深い思い出でつながっているとなれば、彼らへの感情移入はなおのこと高まってくる。

 状況的に、四人のうちの誰かが犯人である可能性が高い。だが心情として、お互いにそんな可能性は考えたくはない。そこで本書は、逆に四人のうちの誰かが犯人という想定を否定するような可能性を読者に提示することになる。つまり、「タイムカプセルを開けたのは誰か」「拳銃を持ち出したのは誰か」というふうに行為を細分化し、そのそれぞれに動機を設定することで、じっさいに銃で殺害した人物とのつながりを絶つ、というやり方である。たとえば、圭介はタイムカプセルを開けたかもしれない。だが、それ以前に誰かが銃を持ち出していれば、彼の行為は空振りとなり、今回の殺人事件の直接的なつながりがなくなる、という具合である。

 上述したように被害者はろくでなしの人間で、それゆえにその犯人が誰かという命題は、じつはさほど重要ではない。この殺人事件はあくまで、23年前に起きたべつの事件にふたたび光を当てるための前座にすぎず、そのとき四人がそれぞれ何を体験し、どんな思いを今日までもちつづけてきたのかが、本書のメインでもある。じっさい、この作品において探偵役をになうことになる神奈川県警の刑事、南良涼は、今回の殺人事件を解決するためというよりは、23年前に起こったことの真相を突き止めるために行動しているし、それが今回の事件もふくめ、隠蔽され続けてきた驚くべき真実を明らかにするものだという確信をもっている。

 ある小さな事件を引き金にして、より大きな事件の全貌にせまる、という展開は、けっして目新しいものではない。だが、本書はそうした謎の提示のタイミングや伏線の張り方、さらには個々の小さな謎に対する解明についてもきちんと整合性がとれており、その構成の丁寧さには舌を巻く思いだ。冒頭で起こる殺人事件がいかにもありがちなものであるがゆえに、その裏に隠された大きな謎がいっそう際立っているのだが、そのあたりの、いかにも虚構であるという違和感をほとんど感じさせないという点で、その完成度の高さがうかがえるというものである。

 タイムカプセルのなかに永久に封じ込めたはずの拳銃は、意図せずふたたび現実に姿を現すことになった。それは、その拳銃にまつわる過去の記憶――けっして思い出したくない記憶をもつ者たちにとって、けっして喜ばしいことではない。だが本書は、その忌まわしい拳銃に、物事の真実を突き止める光明としての役割をあたえた。そうすることによって必然的に生じてくるいくつもの人間ドラマもまた、本書の読みどころのひとつである。探偵役である南良刑事の意想外な秘密をふくめ、極上といっても過言ではない本書をぜひ楽しんでもらいたい。(2011.03.25)


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