【角川書店】
『天使の屍』

貫井徳郎著 



 かつて、私にも中学生だった時代があった。その頃の私はどんな生徒だったのだろう、とふと考える。地方の一公立中学校に、小学校で同級生だった奴らと一緒に入学し、とくに大きな悩みを抱えることもなく、ごくごく普通の中学生らしく勉強や部活に励んでいたように思う。第二次ベビーブーム世代ということで同級生の数はやたらと多かったが、少なくとも彼らを競争相手だと考えたことはなかった。
 あるいは、私はそうとう恵まれた環境にいただけなのかもしれない。だが、それでも本書『天使の屍』を読むと、ここに書かれた今の時代の中学生と、自分の過去とのギャップの大きさに戸惑いを隠すことができない。

 物語は、中学生の息子をもつ青木家の、ごく平凡な生活風景から始まる。だが、次の瞬間には、その息子が何の前ぶれもなく飛び降り自殺を図り、両親をショックのどん底へと突き落としてしまう。
 「なぜ、うちの子が……」こんな経験はできればしたくないものだが、おそらく子を持つ親がそのような事態に直面したときに、必ず頭に浮かべるであろう疑問。本書の父親は、それに真正面から立ち向かうことを決心した。だが、そんな父親の想いを嘲笑うかのごとく、ひとり、またひとりと息子の同級生が自殺していく……。

 本書に関して好感が持てるのは、中学生の自殺という問題に対して、あくまでひとりの父親という立場から描こうとしている点にあるだろう。安易な考えに納得することも、ただ無気力に陥ることも、また教育の荒廃などといった社会問題のひとつとしてすりかえてしまうこともなく、どうしても納得できない息子の自殺に自分なりの答えを見つけようと七転八倒する。ときにはチンピラに袋叩きにされ、ときには茶髪の女の子に白い目で見られながらも、必死になって今の中学生を理解しようともがく姿は、いかにも不器用でみっともないにもかかわらず、心打たれるものがある。

 それにしても、本書に書かれる中学生の、殺伐とした姿はいったい何なのだろう。自殺した生徒の担任だった教師は、次のように語る。

(中略)子供には子供の論理があります。それは大人の社会では通用しない、子供たちだけの論理です。その論理は大人の目からすれば理不尽にも、また正当性を欠くようにも見えるのでしょうが、子供には法律以上に大事なことなのです。(中略)それを私たち大人が理解しようとするのは、容易なことではないのでしょう」

 なぜ、生徒が次々と自殺をするのか。そこには何か、隠された謎や秘密といったものが存在するのか、あるいは、そんなものは何もないのか。いや、そもそもすべてを理解したところで、自分の息子が帰ってくるわけでもない……。そんな寒々しい気持ちと戦いながら、それでも父親が答えを見つけることをあきらめなかったとき、「今時の中学生」は、これまでひた隠しにしてきた自分の本当の気持ちを、ほんの少し、垣間見せてくれる。すべては遅すぎたのかもしれない。だが、本書の父親が見せてくれたような努力は、けっして無駄にはならないことを、読者は知らずに感じ取るはずである。

 ただひたすら殺伐とした人間関係や、情け容赦ない暴力ばかりに重点を置いた小説が多いなか、本書は今の社会の暗い部分に焦点を合わせながらも、そこになにかしらの希望を添えておくことを忘れていない。いかにも役割を演じている、といった感じの登場人物が多いのがちょっと気になるところだが、なかなか心憎い演出を見せてくれる作品であると言えよう。

 はたして本書は、袋小路にはまりこんでどうしようもない教育現場に、一筋の光を差し込むことになるだろうか。(1999.04.14)

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