【新潮社】
『後宮小説』

酒見賢一著 
第一回日本ファンタジーノベル大賞受賞作



 今更ながら、という感があるのだが、私の友人が最近、ホームページ上で紹介していたのを見て、あらためて本書『後宮小説』を読み返す機会を得た。そして、素乾国という、かつての中国王朝を彷彿とさせるもののあくまで架空の王朝でしかないひとつの国を、歴史に載っていてもけっしておかしくないと読者に感じさせてしまう著者の筆力、周到な舞台設定、そして人物設定の巧みさに、あらためて舌を巻かざるを得ない。

 東西、東〜西(バンバン)。時は腹英三十四年、時の帝王急逝に伴い、弱冠十七歳の皇太子が王位を継承することとなる(バン)。王朝の繁栄のためにも、何百という后を住まわせる後宮の存在は必要不可欠なるに、新しい帝王のためにも速やかに新しい後宮をつくらなければならぬ(ババン)。さっそく宦官たちが各地へ宮女狩り――と言うと物騒に聞こえるが、実際は宮女募集である――に趣くこととなるが、選ばれてきた宮女候補のなかに、本書の主人公、銀河なる女子が登場する(バンバン)。銀河、齢十三にして、いまだ初潮も迎えていない童であるが、その神秘的瞳をもて宮女候補となるものの、生来の快活で物怖じしない性格に、選んだ宦官もはなはだ手を焼くばかり。しかも銀河は後宮を「いい服が着れて、三食に昼寝がついているところ」という噂を頭から信じ込んでいる始末(ババンバン)。はてさて、銀河は後宮にていったい、どんな騒動を引き起こすことやら(ババンバンバン)。

 思わず講釈師風の語り口になってしまったが、本書の語り口は講釈師というよりも、むしろ中国史の権威○×博士というイメージが強い。というのも、本書がひとつの物語を語るのに小説というよりも、歴史研究書を思わせるような文体を使っているからであろう。たとえば、こんな感じである。

 銀河は凄い勢いで挙手したという。(中略)
『強ヒテ望ム、ソノ答ヲ出ダサレンコトヲ。判然トセザルハ心気安セザルナリ』
 と銀河が叫んだことになっている。
「ちゃんとした答を教えてもらわないと、夜も気になって眠れなくなるじゃないの」
 師に対するには不躾すぎる物言いであろう。さらに『卑怯ナリ』と言ったともいわれるが、どうだろうか。

 語り手は、これから紹介する物語があくまで実在した歴史の一部である、という認識のもと、さまざまな参考文献や研究書(あるいはこれらの書物も創作なのかもしれない)といったものを引用し、さらには自分の意見まで取り入れることによって、虚構の王朝、そして虚構の歴史に確かなリアリティーを持たせることに成功している。
 そして何より、その歴史を織り成す登場人物たちが、みんなひとくせもふたくせもある者ばかりで、非常に魅力的なのである。天真爛漫、といった言葉がよく似合う、好奇心旺盛で身分や権力にけっして物怖じしない銀河の魅力はもちろんのこと、貴族出身であるゆえに高飛車で、いつも銀河と対立する世沙明(セシャーミン)や、常に無口で無表情、何を考えているのかよくわからないがやたらと頭のきれる江葉、尋常でない美的迫力を備え持つ玉遥樹(タミューン)、そして謎の美女双槐樹(コリューン)――彼女たちが素乾国というひとつの国家の趨勢にどのように関わりあい、そしてどんな運命をたどることになるのか。歴史の流れというダイナミズムも手伝って、登場人物たちの個性はかつてないほど大きなものとなり、きっと多くの読者を引きつけるに違いない。

 後宮というと、私たちの感覚ではハーレムの同義語として理解し、やたらと俗で淫靡なイメージを持ってしまいがちなのだが、本書にかぎって言えば、後宮の存在はひとつの哲学にまで昇華されており、けっしていやらしい感じはない。ひとつの国家を象徴する皇帝、その皇帝が国家の永続のために築く後宮、そして、跡継ぎを孕むための后たち――そこでは、セックスの技術でさえ健康法のひとつであり、また不老長寿の術でさえありうる。そして、さらに皮肉なことには、国家の衰退を招いてしまうことさえある。そんな後宮の存在を、あくまでファンタジーとして書き上げた著者の力量は、十年経った今もなお色褪せることはない。(1999.07.25)

ホームへ