【メディアワークス】
『ビブリア古書堂の事件手帖』

三上延著 



 私は本を読むのが好きな読書家ではあるが、愛書家というわけではない。読み終えてしまった本はわりとあっさりと手放してしまうことが多いし、また手に入れた本は比較的早めに読んでしまうほうで、本棚が積読本に溢れかえってしまうということもあまりない。これは、私が本という形態よりは、あくまでそこに書かれた物語のほうを重要視する人間だからであり、そこに物語を感じさせるものであれば、その形態がどのようなものであってもさほどのこだわりがない、ということなのだろうと思っている。じっさい、私が子どものころに熱中していたのは、読書ではなくもっぱらテレビゲームのたぐいであり、なかでもRPGのような壮大なストーリーを感じさせるものがお気に入りだったのだ。

 物語を楽しむのに、本という形態にこだわる必要はない。だが、他ならぬ自分自身が、その物語をたしかに楽しんだという思い出は、記憶だけではいずれ色褪せ、忘れないまでも思い出しにくくなってしまうものだ。何らかの形あるもの――たとえば写真といったものは、しばしばそうした記憶を再構築する手助けとなるものであるが、ページを開くという単純な動作で物語を展開してくれる本という形態は、体験した物語が大切なものであればあるほど手元に置いて、いつでも追体験したいと思わせるに充分なものがあるのは理解できる。本書『ビブリア古書堂の事件手帖』は、本のなかでも古書をこよなく愛する古書店店主の物語であるが、彼女が愛しているのはその本に書かれた内容だけでなく、本そのものがたどってきたであろう遍歴にもおよんでいる。そしてそのある種の愛情は、じつは本書を語るうえで大きなポイントでもある。

 人の手に渡った古い本には、中身だけではなく本そのものにも物語がある。人からの受け売りだが、正しい言葉だと思う。ただ一つ付け加えるなら、その「物語」が美しいものとは限らない。目を背けたくなるような醜い内容もあるかもしれない。

 北鎌倉駅のホーム沿いの通りに並ぶ古い家並に混じって鎮座する、ひときわ年季の入った木造の建物――「ビブリア古書堂」という名のその古本屋に、語り手の五浦大輔が訪れたのは、死んだ祖母の遺品である本の鑑定をしてもらうためだった。岩波書店の新書版「漱石全集」、その八巻目である「それから」に、作者本人の直筆らしきサインを見つけた大輔の母が、もしかしたら値打ちものかもしれないということで、大学卒業後も就職できずにいる彼を向かわせたのだ。ところが、妙なことから足を怪我して入院中の店長に直接本を鑑定してもらうことになった彼が、その病室で目撃したのは、長い黒髪の若い女性だった……。

 去年亡くなったという父の跡をついでビブリア古書堂の店長となった篠川栞子は、ふだんの妙に人見知りのする、おどおどした態度とは裏腹に、古書の話となるとうってかわって強い光を瞳に宿し、いかにも嬉しそうにその薀蓄を語り出す「本の虫」だった。しかも、その古書の状態や古本にかんする知識、また持ち込んできた人の話してくれたちょっとした情報から、当人でさえわかっていなかった数多くの事実を見通してしまうだけの、鋭い本の洞察力の持ち主でもあった。

 大輔が幼少のころに、ふだんの忠告を破ってその本を手にとったがゆえに、祖母から凄まじい剣幕で怒られたという記憶のある古書――はたしてその本にどのような秘密が隠されているのか、というふうに、もっぱら栞子のもとに持ち込まれる古本に絡んだ謎を明らかにしていくというスタイルで展開する本書は、言うなれば「日常の謎」に分類されるミステリーということになるのだが、重要なのは栞子という人物の視点が、たんにその古本にかんする知識一辺倒というわけではなく、その古本を手にすることになる人物のほうにも向けられているという点である。

 本書を読んでいけばおのずとわかってくることだが、栞子は本のことであれば堂々と自分の意思を押し通す強さをもっているものの、純粋な対面での人づきあいについては極端な内気さで、なかなか思うようにしゃべることができない性格だったりする。だが、彼女がけっして人間嫌いというわけではなく、むしろ本を通じて人とのつながりをこのうえなく大切にしていく女性であることは、何より古書に対する探偵のような洞察力が物語っている。いっぽう、「漱石全集」の件をきっかけに、ビブリア古書堂の店員として働くことになった大輔は、活字の並んだ本を読むことに対して恐怖症に近い拒否反応をしてしまう青年であり、またその身長の高さと体格のいい体つきゆえに典型的な体育会系と周囲から思われているのだが、じつは本の内容について強い関心をもちつづけているという側面をもっている。

 本のことを語りたい人と、本の話を聞きたい人――本書は古書にまつわるミステリーであると同時に、その古書に何らかの形でかかわることになる人たちの物語という側面ももっている。言ってみれば、栞子の謎解きは、その本を手にすることになった人の秘めたる思いに迫る行為ということでもある。だが、秘めたる思いというのは、秘められているからこそ意味を成すこともある。ただたんにすべての真相を明らかにすることが、必ずしも良いことにつながるとはかぎらないのだ。しかしながら、こよなく古書を愛する栞子は、その本がもつ物語への愛ゆえに、その秘密にうかつに入っていこうとするような一種の危うさをもっている。

 それでも、栞子ひとりであれば、さほど問題はなかったかもしれない。たとえその真相にたどりついたとしても、自分ひとりの胸にしまっておけばいい話なのだ。だが、本書のなかで彼女は大輔と出会ってしまう。本を読むのがこのうえなく苦手で、しかしその本に何が書かれているのかについて、このうえなく興味をもっている青年――古書をこよなく愛する栞子の洞察力は、五浦大輔という媒介を経て、まさにミステリーにおける探偵の謎解きのように、物語を促進させる力を得たことになる。

「あの姉ちゃんの手際がよすぎるのが、かえって心配なんだ。頭が切れるのも度を越すと問題だぜ。あの姉ちゃんはそういうことに気が回りそうもねえし、お前が注意した方がいいんじゃねえのか?」

 まるで、互いの足りない部分を補うかのように知り合うことになったふたり――古書をあいだに置いたその関係は、はたして栞子と大輔にとってどのような結果をもたらすことになるのか、そして栞子の推理と大輔の行動力が、どんな本の秘密を私たちに見せてくれるのか、ぜひともたしかめてもらいたい。(2012.08.10)

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