【東京創元社】
『折れた竜骨』

米澤穂信著 



 魔法というものに対する私の個人的な印象は、けっして悪いものではない。というのも、小さい頃からテレビゲームと慣れ親しんでいたゲーム小僧の私が、とくに熱をあげていたのがファンタジーRPGのゲームであり、それこそ『指輪物語』を髣髴とさせるような世界観、敵を攻撃する火の玉や暗闇を照らし出す光の玉といった、スキルとしての魔法は定番のものであったからだ。

 だが、世に言うところの「魔法」とは、必ずしもそうしたものではない。この世界の理からはずれた、異形の力――人を動物に変えたり、誰かを呪いで不幸にしたりといった、どちらかといえば悪い印象とともに語られるものであり、そんな力を振るう魔法使いはもっぱら人々から忌み嫌われる存在となっている。魔法とは「魔」の「法」、つまり、人間の常識や知識のおよばない、それこそ悪魔が振るうような力を総称するものであるが、その大半は、無知な人間の恐怖が生み出した誤解でしかなく、それこそペストを悪魔の仕業だと信じてしまうことと似ている。

 これまで経験したことのない未知の脅威に対して、人々はあるいは「幽霊」、あるいは「呪い」、あるいは「魔法」という言葉で概念づけ、そのことで心の不安と折り合いをつけようとしてきた。ゆえに、人間の手で操ることのできる魔法というものがあるとしたら、それは厳密な意味での「魔法」ではなく、むしろファンタジーRPGに出てくるスキルとしての魔法と言うべきものである。今回紹介する本書『折れた竜骨』では、魔法が登場する。だが、それはたんにその不思議な現象がなぜ発生するのかがわからないだけで、こうすればこうなる、という因果がはっきりしているという意味で、一種のスキルと見なすことができる。そして、それゆえに本書はミステリーとして機能することが可能となっている。

『何も見落とさなければ真実は見出せる。理性と論理は魔術をも打ち破る。必ず。そう信じることだ』

 北海に浮かぶソロン諸島――その領主エイルウィン家の娘であるアミーナは、父への面会を求めている二人連れと出会う。東方から来たというその男、ファルク・フィッツジョンは聖アンブロジウス病院兄弟団の騎士と名乗り、彼らの宿敵である暗殺騎士のひとりが領主の命を狙って、このソロン諸島に入り込んでいると語る。折りしも領主ローレント・エイルウィンは、来るべきデーン人の襲来に備え、腕の立つ傭兵を集めているところだったが、ファルクの忠告を聞き入れたその次の日の朝、館の作戦室で剣を突き立てられて殺されているのを発見される。

 忌まわしい人殺しの魔術の使い手である暗殺騎士――その力と対抗する術を心得ているファルクの調査は、領主の殺害が暗殺騎士のもちいた魔術によるものであることを明らかにした。<強いられた信条>と呼ばれるその魔術は、目星をつけた人間を<走狗>として自分の配下に置き、それが当然であるかのごとく暗殺を実行させる、しかも術をかけられた当人は、自身の犯罪行為のいっさいを忘れてしまうという恐るべきものだ。

 舞台こそ十二世紀末の西欧となっているものの、ソロン諸島は架空の島であり、また不死である「呪われたデーン人」の存在や青銅製のゴーレム、持ち手の姿を透明にする<盗人の蝋燭>など、魔術や呪いといった不思議な力が実在するという意味で、ファンタジーに近い世界観をもつ本書において、魔術で殺された事件の真相を究明するというのは、いっけんすると大きな矛盾をはらんでいるように思えるが、この書評の枕で少し触れたように、ここでいう魔術とは、不思議な力というよりは技術、スキルの一種に近い。つまり、それを知らない人からすれば魔法のように見えることでも、それをよく知る者にとってはありふれた技術のひとつにすぎないのだ。それゆえに、暗殺騎士を滅ぼすことを目的とし、その魔術に対抗するため自らも魔術をもちいるファルクと、その従士であるニコラが活躍する余地が出てくる。そして彼らのもちいる魔術もまた、スキルのひとつにすぎず、万能というわけではないことが、本書を読み進めていくとわかってくる。

 じっさい、<強いられた信条>は恐るべき魔術であるが、その魔術の発動には、<走狗>となる人間の生き血が必要という前提条件がある。そして何より、<走狗>は命じられれば暗殺も実行するが、物理法則を無視することはできないし、戒律といった当人にとって禁忌となる行為を強いることもできない。そうした魔術に対する特性を知っているからこそ、ファルクたちは暗殺騎士の魔術と対抗することができる。そしてこの「知る」ということが、本書の大きな鍵であり、また本書をほかならぬミステリーたらしめているものでもある。

 アミーナにとっては父の敵となる暗殺騎士、そしてその<走狗>となった人物を、はたして見つけ出すことができるのか。そしてファルクは、長年の宿敵であり、かつては同志であり、そして血を分けた弟でもある暗殺騎士エドリックとの戦いに、どのような決着をつけることになるのか。絶海の孤島というシチュエーションや、密室であるはずの牢獄からの脱走など、ミステリーとしての要素を随所にちりばめている本書であるが、読み終えてみてわかるのは、「呪われたデーン人」との戦いやさまざまな魔術、そしてファルクという人物を特徴づける顎の傷跡にいたるまで、どこまでもミステリーとしての面白さをその土台に置いているということである。

 そして本書を特徴づける点があるとすれば、探偵役を担うことになるファルクが、たんにすべての謎を解き明かすだけの存在であることよりも、聖アンブロジウス病院兄弟団の騎士としての使命をはたすことのほうに重きを置いている、ということである。その使命感は、何より<走狗>が誰であるかを明らかにするという一点を最優先事項とすることへの正当性へとつながる。物語のなかで敵の罠にかかって毒殺されかかるものの、特殊な薬を用いることでもちこたえるという展開も、薬の効き目という時間制限によって余計な回り道を避ける手段として機能している。ここでいう「余計な回り道」というのは、たとえば魔術のひとつである<強いられた信条>がはたらくメカニズムがどのようなものであるかとか、「呪われたデーン人」がなぜ不死であるのかとかいった点だ。そしてそれは、犯人が誰なのかを特定するために必要なことではない。ただそうであると「知る」こと――こうした点からも、本書の色合いが見えてくる。

 魔法の存在を特殊設定とした、バリバリに硬派なミステリーであり、またただひとつの使命に文字どおり命をかける騎士の物語でもある本書は、それゆえに「理性と論理」を賛歌する小説として完成されたものだと言うことができる。はたして本書が見せる結末に、あなたはどのような感想をいだくことになるのだろうか。(2012.03.23)

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