【早川書房】
『エンディミオンの覚醒』

ダン・シモンズ著/酒井昭伸訳 

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 自分は何者で、どこから来てどこへ行くのか、自分は何のために生きているのか、なぜ、いずれは死ぬとわかっているのにこの世に生を受け、生き続けなければならないのか、生まれては死ぬという、けっして終わりのない繰り返しをえんえんと続けていったはてに、人類はどこへたどり着こうとしているのか――普段、どんなに生活していくのに忙しい人であっても、ふとした瞬間にこうした、けっして答えの出ないはずの問いを発している、という経験が、一度や二度はあるはずである。そしてそれは、人間が人間であるがゆえにけっして避けて通ることのできない、重要な命題のひとつ、業のようなものだと言うこともできる。

 広大な大自然、深遠な大宇宙、そして、はるか彼方でまたたく星々の光に思いをはせたとき、私たちは自分という存在――人間という、サルから進化してせいぜい数十万年しか経ていない種の存在が、いかにちっぽけで、脆く儚いものでしかないか、ということを意識させられることになるだろう。だが同時に、私たちは広大な大自然、深遠な大宇宙、はるか彼方でまたたく星々の光にまで想像力の手をのばし、相手の喜びや悲しみ、心の痛みを思いやることのできる存在であることも知っている。私たちが人間であることの最大の証明でもある想像力――ある意味、時と空間を一瞬で跳びこえ、他者と心を共感させる力でもある想像力を手に入れた私たち人間は、そんなにちっぽけで、脆く儚いものなのだろうか。「人はしょせん一人だ。個々に分断されてしまった存在でしかない」としたり顔で言う人もいるが、それはもしかしたら、私たちがたんに、個々が張りめぐらせた心の障壁から「一歩を踏み出す」ことを恐れているだけのことでしかないのかもしれないのだ。

 本書『エンディミオンの覚醒』は、前作『エンディミオン』の続編であり、『ハイペリオン』『ハイペリオンの没落』を含めた、壮大なシリーズのすべてに決着をつける真の完結編であり、そして何より、私たち人間の存在を肯定する一大賛美歌であり、想像力の偉大な力を再認識するための物語でもあると言えよう。

 老詩人マーティン・サイリーナスの頼みを引き受けて「時間の墓標」へと向かったロール・エンディミオンは、パクス軍の包囲網をかいくぐって救出した未来の救世主アイネイアーと、詩人の付き人であるA・ベティックとともに、そのまま星々をめぐる冒険の旅へと出発することになる。次々と迫りくる困難を乗り越え、パクスの追っ手を間一髪で振り払い、三人が辿りついたのは、地球――「詩篇」によると、「テクノコア」によって盗まれたとされていた――であり、アイネイアーはそこでついに、捜し求めていた建築家との邂逅を果たすことになる。
 それから四年後――三人はそれぞれの目的のために、再び転位ゲートをくぐって新たな冒険へと旅立たなくてはならなかった。

 その頃、「聖十字架」の力で死からよみがえり、ウルバヌス十六世となった新教皇は、宇宙の蛮族であり背教の徒でもあるアウスターとの戦いに決着をつけるべく、大天使型戦艦による機動艦隊を編成、アウスター討伐を実現する十字軍として、彼等の領域へと侵攻を開始しようとしていた……。

 地球にたどり着いたときは十二歳の子供でしかなかったアイネイアーも、今は十六の乙女に成長し、あの不思議な活気溢れる魅力は、そのまま悟りをひらいた導師のような精神的成熟へと変貌を遂げようとしていた。そんな彼女のたっての願いを受けて、エンディミオンはたったひとり、かつて惑星ハイペリオンを脱出するときに使った宇宙船を見つける旅へと出発する。あい変わらず、ヒーローというにはちょっとカッコ悪いような目に遭いながらも彼が旅を続けるあいだ、アイネイアーの教えとその力は着実に各惑星に、そして惑星を超えて全宇宙へと浸透しようとしていた。アイネイアーの救世主たる力――人間とAIとの橋渡し役となるべく生まれてきた彼女の力は、「聖十字架」の力を無効にし、「繋ぐ虚無」と呼ばれる深遠なる空間へとアクセスするための力であった。そしてその力は、パクスにとってはもちろんのこと、そのパクスを裏で操り、人類を自分たちに都合の良い演算機として隷属させておくことを望む「テクノコア」にとっても、恐るべき脅威であったのだ。

 少しずつ明かになっていく真相や、「詩篇」――前作『ハイペリオン』『ハイペリオンの没落』――に関する新事実の魅力はもちろんのこと、ストーリーそのものも、フェデリコ・デ・ソヤ神父大佐のパクスからの離反や、「テクノコア」の手先である恐怖の殺人マシーン、ラマダンス・ネメスとエンディミオンとの一騎打ち、また中国を模したとされる惑星「天山」における、仏教とキリスト教との息づまる心理戦や、アウスターたちが計画している銀河系クラスの超巨大なバイオスフィア「天界樹」、そしてそこで出会うことになる意外な人物の存在など、多くの見せ場を用意し、それらすべての要素が渾然一体となって来るべき大団円へと向かうさまは、さすが極上のストーリーテラーの産物だと言うべきだろう。もちろん、ある意味で読者たちの最大の関心事であるアイネイアーとエンディミオンとの仲がどのように親密になっていくかについても、著者は読者の期待を裏切らない。本書のラストに仕掛けられた最後のどんでん返しに、大いに驚いてもらいたい。

 ところで、本書のもっとも大きなキーとなるのは、やはり「繋ぐ虚無」の存在だろう。「繋ぐ虚無」とはいったい何なのか――本書のなかではメガスフィア、プランク空間、超越次元など、さまざまな呼ばれ方をされてはいるが、もっともわかりやすい説明は、ある意味私たちともっとも近い場所にいる老詩人の言葉を借りなければなるまい。

 作家や芸術家やクリエイターがやっとるのは、つまりはそれじゃ、若いの。<虚無>に耳をすまし、死んだ者たちの思考を聴きとろうとすること――その苦痛を感じとることじゃ。生きている連中の苦痛もな。そこに霊感を見いだす行為は、芸術家や聖人なりに、<繋ぐ虚無>の入口から足をつっこもうとする試みにすぎん。

 密教の考えのひとつに、マクロコスモスとミクロコスモスというものがある。マクロコスモスが私たちの外に広がる大宇宙であるなら、ミクロコスモスは私たちの内に存在する小宇宙のことを表すという。個々の体内にひとつの宇宙を宿して生まれてくる私たち人間に、いったいどんな可能性が秘められているのか、という点については、『ハイペリオンの没落』においても、アウスターの存在――人間の内にある多様性を容認し、宇宙に適応するために周囲の環境を変えるのではなく、自分たちの体を変えることを選んだ存在を通じてひとつの答えを見出してはいたが、本書のなかでは、その答えすら楽々と跳びこえてしまっている。その外見や考え方の違いにとらわれることなく、「繋ぐ虚無」という空間を利用して真の心の共感を得る過程を、その伝道者であるアイネイアーの存在を中心にして描いた本書は、まさにアイネイアー自身が語っているように、人間の愛を信じること、そして私たち人間がけっして行き詰まった存在ではなく、その気になればいくらでも時空を跳びこえて、爆発的に多様化する選択肢を持っているということを伝える、バイブルにも等しい物語なのである。

『ハイペリオン』『ハイペリオンの没落』において崩壊した転位ゲート――AIのもくろみのために「繋ぐ虚無」を悪用する形で利用されつづけてきた転位ゲートを、まさかこんな形で復活させるとは、まったくこのダン・シモンズという作家のキャパシティにはただただ脱帽である。本書のタイトルである『エンディミオンの覚醒』の真の意味を理解するためにも、ぜひこのシリーズを通して読んでもらいたい。たとえ一ヶ月かかろうと、読むだけの価値があると断言しよう。(2000.09.19)

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