【新潮社】
『リプレイ』

ケン・グリムウッド著/杉山高之訳 
第14回世界幻想文学大賞受賞作 

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 たとえば、夢中になって読んでいた本の世界から、ふと現実の、自分が生きて生活していかなければならない、しんと静まりかえった、深夜近くのアパートの一室に立ち返ったとき、私はときどき言いようのない寂寥感にとらわれてしまうことがある。
 もちろん、読書が好きなのは間違いのない事実であると充分認識してはいるが、それでもなお、今のままでいいのだろうか、という漠然とした疑問が頭をかすめるのを、とどめることができない。自分にはもっと、やらなければならないことがあるのではないか、これから先のことを、もっと真面目に考えるべきではないか、今勤めている会社に、本当に満足なのか、そして、そもそも自分は何者で、何のために生きているのか――有限の、ただ一回きりの人生というものに目を向けたとき、どうせ人はいつかは死ぬのに、先の見えない不安と、さまざまな悩みや苦しみが待ちうけているであろう人生を過ごすことに、何の意味があるのか、という思いと、それでもなお、ひとりの人間として存在している以上、限られた生を自分なりに有意義なものにしていこう、という思いとのせめぎあいに、決着がつけられることはけっしてなく、私はとりあえず、今の時点で生きることを選択することになる。そしてその繰り返しが、すなわち私の今の人生ということになるのだろう。

 もしあの時、別の選択をしていたら、自分の人生はどんなふうに変わっただろうか――人生をやり直すことができたら、という願いは、おそらく誰もが一度は夢みることだろうと思うのだが、そんな願望が、もし現実世界で本当に起こってしまったら、という仮想世界を描いたのが本書『リプレイ』の、一般的な解釈のようである。だが、私が本書を読み終えて思ったのは、まるで、ビデオテープを巻き戻すかのように、何度も何度も同じ生を繰り返すという、けっして尋常とは言えない出来事を扱っていながら、本書はじつは、何よりも明瞭に人間のありきたりの生――限られた人生について語っているのではないか、ということである。

 ニューヨークの小さなラジオ曲のニュース・ディレクターであるジェフ・ウィンストンは、一九八八年、オフィスで突然襲った心臓発作によって四十三歳で死んだ。だが、ふと気がつくと、彼はアトランタの学生寮の一室にいた。一九六三年、ジェフは十八歳という若さと、四十三年で手に入れた知識とを併せもって、人生を再開することになるのだが、記憶だけは以前のものがそのまま残っているために、ギャンブルでも株式投資でも面白いように金を稼ぐことができ、以前の人生ではけっして手に入れることができなかったもの――巨万の富、豪華な住まい、そして愛娘をすべて手に入れることができた。だが、せっかく築いてきたものすべてが、二十五年後に再び彼を襲った「リプレイ」によってすべてが無に帰し、また十八歳から人生をやり直さなければならなくなる……。

 本書がたんに、人生をやり直すことができたら、という仮定を物語にしただけではない、と感じたのは、じつにこの「人生を何度もやり直さなければならない」という設定によるところが大きい。よく考えてみてほしい。どれだけ首尾良く人生における大成功をつかんだとしても、またとんでもない大失敗を犯しても、ある一定の期間が過ぎればまたすべてがリセットされ、まるですごろくで言うところの「ふりだしへ戻る」状態になってしまうのだ。それはある意味、人生をやり直すことができるのではなく、ある時間より先へ進むことがけっしてできない、時間の牢獄に閉じ込められたという表現のほうが正しい。そして本書のなかで、何度も同じ人生を繰り返すジェフの生を見るにつけ、読者はきっと気がつくことになるだろう。なぜ、何度も人生が繰り返されるのか、というジェフの苦悩と、なぜ人生は一回きりでしかありえないのか、という私たちの苦悩が、じつは本質的には同じものである、ということに。

 ジェフは何度も同じ生をリプレイしながら、その度に違った人生を歩むことになる。あるときは、学生時代に別れてしまったガールフレンドと結婚し、つつましくも愛に溢れた人生を築き、あるときはひたすら肉欲とドラッグに溺れ、あるときは人との接触を避け、山奥で極度に禁欲的な暮らしをする。何度も繰り返される生――そこにはあらゆる可能性を試す機会があると言ってもいいだろう。だが、どの人生をとってみても、けっして当人の思うようにいかない。未来に起こりうることをあらかじめ知っており、それゆえに生活するのに苦労することはないものの、この「リプレイ」現象にとらわれている限り、ジェフはけっして以前と同じような生活をおくることはできない。なぜ、このようなことが自分に起こるのか、いったい自分に何をさせようとしているのか――あるときは世界をよりよいものとするために努力したり、あるときは自分と同じような体験をもっている「リプレイヤー」を探すことに勤めたりするが、その試みは必ずしも成功するとは限らないのである。

 なぜなら、ジェフはただの人間であって、神ではないからだ。だが、それでも何らかの行動をおこさずにはいられなかったジェフは、あまりにも人間的であり、そしてそこにこそ、本書の最大の魅力があると言える。何をしたってまたふりだしに戻されるのであれば、何をしても意味などない――それは、どうせいつかは死んでしまう生を与えられた私たちにとっても共通の問題であるからだ。

 すべての生命は喪失を含んでいる。この問題を処理することができるようになるまでに、僕は長い長い年月を要した。――(中略)――だからといって、世界に背を向けなければならないとか、自分の能力と存在の限りをつくして努力するのを止めていいということにはならない。

 そう、すべてはいつか失われてしまう。そのことを知りながらも、それでも私たちは今、この世界で生きている。何度も繰り返される人生のなかで、ありとあらゆる選択肢を選び、さまざまな人生を築いてはやり直していったジェフが、いったい最後に何を見出すことになるのか――あるいはそこにこそ、私たちがなぜ生きるのか、という究極の問いの答えが見つかるかもしれない。(2001.03.25)

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