【講談社】
『連鎖』

真保裕一著 
第三十七回江戸川乱歩賞受賞作 



 あなたは普段、何気なく口にしている食品について、いったいどれだけの注意を払っているだろうか。スーパーやコンビニエンスストアに並んでいる食品や、外食産業の提供する料理を、何の疑いもなく食べてはいないだろうか。

 少し前に発行された『買ってはいけない!』という本は、私たちの周りにあたりまえのようにある食料品や生活必需品が、いかに人体に有害な物質を含んでいるかを暴露し、これまで私たちが抱いていた商品への意識を考えなおさせるきっかけをつくった、という意味で、非常に意義深い本であったことは間違いないのだが、こと食品ついては、昨今の健康食や無添加物志向、あるいは有名ファーストフード店に一時期流れた怪しげな噂など、自分たちが摂取するものだけに、以前とくらべてもその関心はけっして低くはないと言うことができるだろう。だが重要なのは、『買ってはいけない!』の発行においても、その後に反論本が次々と出たことからもわかるように、ぞくぞくと生まれては消えていく情報に対して、何が正しく何が間違っているのか、私たち一般市民ではその判断能力に限界があり、注意しようにも注意しようがない、ということなのだ。

 一九八六年四月に発生した、チェルノブイリ原発事故――原子力発電の危険性はもちろんのこと、事故によって世界中にばらまかれた放射能、そしてその放射能によって汚染された食料品の問題という点でも深刻な影響をおよぼしたその事故を題材にして書かれた本書『連鎖』は、たんなる社会小説であることを超えて――というよりも食品汚染というテーマを隠れ蓑にして、一個の人間として何が正しく何が間違っているのか、犯してしまった過ちや誤解に対して、どのような態度で臨むべきなのかを描いた、壮大な人間ドラマなのである。

 厚生省の東京検疫所に勤務する羽川の部屋にかかってきた、真夜中の電話――それは、彼の友人でジャーナリストでもある竹脇史隆が、車ごと海に突っ込んで自殺をはかり、意識不明の重体で病院にはこばれたという衝撃的なものだった。かつて、食品Gメンこと食品衛生監視員として腕をふるいながら、そのあまりにお役所的な仕事内容にどうしてもなじめず、逃げるようにして検疫所勤務に移った羽川とは異なり、「週間中央ジャーナル」のジャーナリストとして、日本に輸入されてくる牛肉やハーブ茶が、実はチェルノブイリ原発事故で放射能汚染されたものであり、第三国を経由した偽りの国の輸入品として日本に上陸されつづけていた、という大スクープをものにした竹脇は、まさに羽川にないものをすべて兼ね備えたうらやむべき人物だった。その後、放射能汚染食品の横流しの事実について調査することになった羽川は、その過程において竹脇もまた、自分と同じ疑惑を追っていたという事実に気づくにいたって、竹脇の自殺未遂は、何者かによって仕組まれた殺人未遂だったのではないか、という疑惑を深めることになる。新たな不正を不屈の闘志で追いつづけていた竹脇が、それを途中で投げ捨てて自殺などするはずがない、と。

 まるで法の網の目をかいくぐるかのように、巧妙な手口で輸入されてくる放射能汚染された食品の一連の流れ、その汚染値の検査体制における、検疫所のずさんな調査、その結果としての、ベトナム戦争でも使われた枯葉剤――奇形を生み出す毒薬であるはずのそれと同じ成分の除草剤が、何の規制もなく市販されているという現実など、日本の食品汚染に関する現状や、商品の輸出入に関する知識の豊富さに、まずは圧倒されることだろう。しかも、チェルノブイリ原発事故の話など、あくまで現実世界をリアルに演出しながら物語が展開していく本書は、これまで私たちが知りえなかったもうひとつの現実を垣間見せてくれるという点で、まさに竹脇のスクープにも匹敵する、センセーショナルな内容だと言うことができるだろう。食品Gメン、ダメージ屋といった業界用語なども、私たちの住む世界でもけっしてありえない話ではない、と思わせるのに充分な説得力と重厚なリアリティーを持たせるためのものとして、うまく機能している。そして、羽川が追っている放射能汚染食品の横流し疑惑についても、疑惑が疑惑を生み、その利害関係をめぐってさまざまな団体が複雑にからみあい、何重にも伏線を張って謎に深みを与えているところなど、ミステリーとしても充分な読みごたえのある作品として仕上がっている。

 だが、本書の魅力はなんといってもその登場人物たちにこそある、と言わなければなるまい。昔からの無二の親友であり、世を拗ねていた自分を心から気遣って、けっして驕るところのない竹脇の存在を誇りに思う一方で、自分には持ち得ない良いところだらけの竹脇を疎ましく思わずにはいられない、屈折した感情を抱えた羽川はもちろん、自分がつまならい人間だと思われたくないがゆえに、気の強い、我を押し通すもうひとりの自分を演じつづけていた、竹脇の妻である枝里子、自分が紹介した生命保険のために、結果として親友をひどい目にあわせてしまった自分を許せずに、保険金殺人の防止に執念を燃やす、保険調査員の倉橋真希江や、竹脇のスクープがきっかけで廃業寸前に陥った会社の重役――自殺してしまった桑島哲のひとり娘の癒されない心の傷など、著者は食品汚染というテーマをとおして、繊細で傷つきやすい人間の心を、そして厳しい現実を目の前にして、それでもそこから目をそむけることなく進んでいくことを選んだ人たちの勇気、強い意志を描こうとしているのだ。いや、むしろそれこそまさに、著者が書きたかったものである、と言っても過言ではあるまい。なぜなら、そんな彼らの心は、さまざまな欲望や打算の渦巻く食品汚染の暗い現実のなかで、ひときわ明るく輝いて見えるのだから。

 横流し調査の過程で、羽川は何者かによる暴行を受ける。恐怖と痛みで震える体を抱えながら、彼はそれでも調査をつづけることを決意する。

 私がここで調査から手を引き、竹脇が息を引き取ってしまえば、間違いなく自殺として処理されるだろう。調査を続けて、危険に身をさらして、何ができるという保証もない――(中略)――それに自分が耐えられるだろうかと考えた。傷をなめ合い、自分たちのふがいなさを嘆き、それしかなかったのだと慰め合うことに。

 本書のタイトルでもある『連鎖』には、ふたつの意味がある。ひとつは、竹脇の正義感がすっぱ抜いたスクープから「連鎖」していった一連の事件の流れである。そしてもうひとつ――これは、本書のラストを読むことによってはじめて明らかになる「連鎖」である。はたして、竹脇を自殺に見せかけて殺そうとしたのは誰なのか? そして人間の負の感情が引き起こしてしまう、もうひとつの「連鎖」とは何なのか? その答えを、ぜひ本書を読んで確かめてもらいたい。(2000.08.22)

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